最初は至って普通の先輩だって思っていた。特に他の人と何も変わらない…と。
「うーん」
水曜日の午後6時。私はいつも通りジムにいた。先週いつものメンバーとの定例会で飲み過ぎたせいか、顔の
「煉獄先輩、お疲れ様です」
「ああお疲れ。精が出るな川谷。俺も負けていられん」
人の倍の仕事量をこなすこの煉獄先輩こと煉獄杏寿郎さんは、我が営業企画部のエースであって、敏腕リヴァイ部長のあとがまと呼ばれる程のやり手であった。同じ部署であるものの私は事務要員の為、煉獄先輩達が外回りで取ってきた仕事を私達事務が専用システムに登録して初めて顧客として受発注の注文を承れることになる。
個人ごとに担当する顧客管理があり、私の管轄エリアは煉獄先輩が営業をかけた所がほとんどだった。
普段さほど話す訳ではないものの、トラブルがあった際にはすぐに対応してくれ、顧客からも私達事務からの人望も厚かった。
そんなすごい人が、こうして毎週水曜日私と同じジムに通っていて、企画部で話すよりここで話す事の方が多くなりつつあるのは、煉獄先輩がこんな私にもその明るい性格で気さくに話しかけてくれているからだろう。
スーツを脱ぎ捨てた煉獄先輩の黒タンクウェアは正直眩しい。ジャケット越しの見た目じゃそれ程分からないけれど、今真横にいる煉獄先輩は身体中どこもかなりの筋肉がついていて、見慣れない姿にただドキドキしてしまうのだった。
「どうだ、一緒に走らぬか?」
大きな目をぎょろりとこちらに向けて、それでも優しく問いかけてくれるその仕草も声も、私の胸を熱くするのに理由なんてなかった。
身体に巻いていたタオルを使用されていないマシンにかけた私は、煉獄先輩を見て「はい!お供します」ちょっとだけ声を張ると同じようにまたランニングマシンのスイッチを押して軽快に走り込む彼の横で、再度走り始めた。最もその速さは比べ物にならないけれど。いつかはこのスポーツジムを抜け出して、休日に走るマラソンコースを肩を並べて走れたらどれ程いいだろう…なんて淡い期待を胸に抱かずにはいられないんだ。
そんな事から始まる水曜のアフタージム。
ランニングマシンで身体を温めた後は、それぞれ好きに機械を使って身体を解す。私は機械はそれほど使わないけれど、煉獄先輩はありとあらゆる機械をほとんど全部こなしていく。正直それを見ているだけでも嬉しいと思ってしまう私は結構重症かもしれない。
真剣な眼差しでノルマをこなしていく中で、ふと目が合うと「川谷もやってみるか?」と声をかけてくれ、遠慮がちながらも頷く私の傍に来て、教えてくれる煉獄先輩からは、汗と微かに鼻腔を
うちの商品を使っているのは分かる。私達社員も格安で買えるから使用している者も多い。密かに煉獄先輩と同じ香りを使ってしまうのは、どうか許して欲しい。
「川谷はもしや俺と同じ物を使っているのだろうか?」
「!!!!え、あの…」
「いやすまない。君からの香りが俺と同じのような気がして」
え、バレた?というか、近い。
クロストレーナーのやり方を教わっている最中だった、ハンドルを握ってペダルと共に前後に動かすこのマシン。煉獄先輩がハンドルを握る私の横に立った時、急にそんな事を言われ、背中に汗が滴り落ちる。
「あの試作品の使ったんですが、ご一緒でしたか?」
つい先日発売されたシャンプーの試作品を煉獄先輩に分けて貰い、それを使用した私。「俺も使っている」って彼の言葉を真に受けて使ったけれど、こんな形でバレてしまうなんて。
「やはり!いやちょっと男には香りが強いかと思っていたのが、女性からほのかに香るのは悪いものではないな」
同じシャンプーを使っているからと、社内では当たり前のような事でも、好きという気持ちが入るだけでこんなにもドキドキしてしまうものなのかと、私は置いてあったポカリをゴクリと飲んで落ち着かせた。