だから私はその場でべコンと体育座りしていた膝に額をくっつけて「すみません冗談です」顔を埋めた。恥ずかしすぎて顔があげられない。こんな汗だくな女の髪なんて触りたくないだろうに、なんて事言っちゃったんだろ私ってば。いくら煉獄先輩が優しいからって、それとこれとは話が違うのに。
「川谷…その、いいのか?」
「…ーーえ?」
くぐもった煉獄先輩の声に、右半身が彼とくっついてる訳ではないのにめちゃくちゃ熱く感じる。
思わず顔を上げて隣の煉獄先輩を見ると、ちょっと遠慮がちに身体をこちらに向けていた。それからゆっくりと手をこちらに向けて伸ばしてくるから、途端に緊張が走って目を瞑る。
「柔らかいな、川谷の髪は。それでいてしなやかで、サラサラだ。やはり女性は髪がすごく綺麗だ。俺の毛はごわごわで1本が太いから川谷のような髪に憧れる」
息をするのも忘れそうになるくらい煉獄先輩の大きな瞳が私を捉えて離さない。大きなその手が私の後ろで一本に束ねた髪の先に遠慮がちに触れている。腰まで伸びたロングヘアーが自慢だった。髪には自信があった。だから今こうして、煉獄先輩に触れられている事実が堪らなく愛おしくて、泣きそう…。
目が合うとニコッと微笑んだ煉獄先輩が、「すまない、あまりに綺麗でつい調子に乗った。許して欲しい」離れていく手が寂しくて、もっと触れて欲しくて…ーーでも言えない。そんな事言えるわけない。
「私でよければいつでも使ってください」
「こらこら、そんな物騒なことを言うではない。川谷の様な見た目も中身も美しい女性には、相応しい男が現れるだろう。これ以上触れていたらその男に怒られてしまうな。ありがとう、参考になったよ」
ポン…と、一つ頭に手の平を優しく乗せると、煉獄先輩の手は今度こそ自分の置き場に戻っていってしまった。
ーー「それは、煉獄先輩じゃダメですか?」
なんて、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
言えるのなら言いたい。けれど今の私では煉獄先輩と釣り合う女ではないという事も分かっている。だからこうして少しでも見栄えもよくなるようにと毎週ジムで汗を流している。
「煉獄先輩は、そーゆう人、いないのですか?」
「俺か?いないよ残念ながら」
即答してくれてほっとする。自分に気持ちが向いて居なくとも、特別な人がいるといないじゃ全く違う。
「リヴァイ部長みたいに仕事ができる方でもゆき乃の様な心に決めた人がいるの、すごく素敵だと思うんです。…煉獄先輩モテるのに」
「買い被り過ぎだ。俺はモテた事などないよ。確かにリヴァイ部長を見ていると憧れるものはある。だがまだ人としても男としても未熟な俺には目の前の仕事をしっかりこなす事が大事だと思っている。川谷は女の子なんだからそんな固くならずともいいと思うが」
女の子なんて言われる歳でもないけど、煉獄先輩に言われるとキュンとする。それでもなんだか早く相手を見つけて幸せになれ!と言われた様な気がして少し胸が痛かった。
悪気がないのは分かってるし、煉獄先輩なりの優しさだって事も分かっている。
でも私が煉獄先輩を好きな以上、それ以上の事は聞きたくなかった。
「そろそろ帰りますね」
煉獄先輩を見て上手く笑えているだろうか。立ち上がった私はタオルで身体を包んで煉獄先輩に一礼するとそのまま振り返ることなくシャワールームへと移動した。
とぼとぼと歩く足音が何とも覇気がなく、今更ながら恋人のいるアイスとゆき乃が羨ましいと思えた。ハルも、気になる人ができた様で、自分だけがここに取り残されたように思えてしまった。
ほんの数分前まで、めちゃくちゃ幸せだと思っていたのに。熱い湯で頭の中にあるモヤモヤを全て洗い流して欲しいものだ。