繋がった手の温もり

意識が遠のく前、運ばれていく腕の中から見えたのは私を心配そうに見つめる七海店長の顔だった。
凄く苦しくて気持ち悪いのに、心だけが温かく軽やかだった。


目が覚め瞼を開けると、そこに映る天井がお店ではなくマンションのいつもの自分の部屋だと認識するまで少し時間が掛かった。
お店で倒れたのは覚えている。あのまま眠ってしまったなんて、いくら体調不良とはいえ黒服として問題だ。クビになったらどうしよう。
不安が押し寄せる中、身体を動かそうとした私の左手に違和感を感じて視線を移し、そこにいた人物に驚いて更に頭は混乱する。

「え、な…、え?!」

私の手を握りながらベッドに突っ伏して眠っていたのは七海店長だった。なんで、どうして。状況が飲み込めなくて何も考えられなくなる。
反射的に動いた手。だけど私の手を包み込むように繋がったその手は離れることなく、その反動で七海店長が小さく呻いて顔を上げた。
眼鏡を外している七海店長を初めて見た。突然放り込まれた爆弾に、心臓が破裂しそうなくらいに強く脈打つ。
寝起きでいつもより細くなっている目を私に向けた七海店長は、数秒で意識を取り戻したようで、数回瞬きをした後はいつもの七海店長だった。

「すみません、私も寝てしまってましたね」
「あのえっと…これは一体、」

説明が欲しいと顔に書いてあったのかもしれない。七海店長がこの状況を柔らかな口調で説明してくれた。
レイラがアフターで帰れるか分からないから、七海店長が私を送ってくれたのだと。
その間も、七海店長は私の手を離さない。

「レイラさんから泊まるように言われまして。貴女が心配だからと」
「泊まるようにって…。あ、あの…リンさんの送りは?」
「それはジャンに代わってもらいました」

なんて事ないという顔で答える七海店長。私にとってそれがどれだけ嬉しいことなのか、きっとこの人は分かっていない。
レイラに言われたからだったとしても、それでも私を送ってくれた事が何よりも嬉しい。

「ずっと、居てくれたんですね」
「えぇ。お陰で変なところが筋肉痛です」
「すみません…」
「いえ、手を離したくなかったのは私の方なので」

ドクンと心臓が大きく動く。
その意味を考える間もなく、熱くなった私の顔を身体を起こした七海店長が覗き込み、繋がっていない方の手で私の額に触れた。

「少し熱いですね…でも顔色は悪くない」
「あ、あの…」
「藍沢さん」

名前を呼ばれ見つめられ、言葉を忘れてしまったかのように何も言えなくなる。
額に置かれた手がスルッと頬から首筋へと動く。ひんやりするその手がくすぐったくて身を捩ると、私を見下ろす七海店長がクスリと笑った。

「今日は店休日です。しかもまだ朝だ…もう少し寝てください」
「七海店長は?」
「そうですね…私も、もうひと眠りします」

そういうや否や、ベッドが少し沈む。私が何かを言う前に、七海店長が私の隣にゴロンとその身体を横たえたのだ。
何が起こっているのかもう思考回路が爆発している。都合のいい夢を見ているとしか思えない。
ようやく繋がっていた左手が離れる。だけど、今度は背後から伸びてきた手が身体に巻き付くように私に回された。

「おやすみなさい、藍沢さん」

七海店長の低音が鼓膜を揺らす。そばに感じる吐息が私の髪を掠める。
こんなの眠れるはずがない!そう思っていたけど、七海店長の温もりにいつの間にかまた眠りに落ちていた。