麻痺した脳

次に目が覚めた時、カーテンの隙間から入る日差しが強くなっていた。恐らく昼頃だろう。
寝返りを打つとそこにあったはずの七海店長の温もりはなく、本当に夢だったのではないかと思った。
身体を起こすと、しっかりと掛けられていた布団が落ちる。そういえば制服のまま眠っていたのかとふと胸元に視線を落とせば、シャツのボタンは開き、キツく巻いていたはずのサラシは緩まってほぼ意味を成していなかった。

「え、」
「藍沢さん、目が覚めましたか。すみませんがシャワーをお借りしました。事前にレイラさんからは勝手に使って構わないと許可は貰っていたの……藍沢さん?」
「ああ、あの…これ、サラシ……」
「……」
「もしかして、七海店長が…」
「…緩めないと苦しいでしょう。それが原因で貧血になってしまったのですから。次からはもう少し緩めに巻いた方がいいですね。あ、食事を作りましたので先にシャワーをどうぞ。サッパリしますよ」

畳み掛けるように七海店長が言葉を連ね、寝室の扉を静かに閉めた。
七海店長がいたのが夢ではない上に、サラシを緩めてくれたのが彼で、しかもこのベッドで一緒に寝て、手を繋いで…もう感情が混乱して爆発しそうだ。
居てもたってもいられなくなり、私は冷たいシャワーを頭から掛けて火照った身体を冷やした。

濡れた髪を拭き、何も考えずに部屋着を着てリビングへと行く。キッチンに立つ七海店長を見て、しまった!と思ったが時すでに遅し。
完全に私を見たであろう七海店長が目を見開き、フライパンを手に持ったまま動かない。

「す、すみません!七海店長がいるのを忘れてて、いつもと同じ格好に…すぐ着替えてきますっ!」

慌てて部屋に戻りクローゼットを開くも、仕事着以外にある服なんて知れている。この部屋着もゆき乃さんから貰ったものだ。その中でも一番地味なものだが、それでもショートパンツだ。
白シャツにズボンを履き、もう一度リビングへと戻る。七海店長がホットコーヒーを入れダイニングに運ぶ所だった。
卓上には向かい合って並ぶ食器。まさか、七海店長も食べるのだろうか。

「出来ましたよ。大したものではありませんが」
「いえ、ありがとうございます。誰かに作ってもらうのなんて久しぶりなので…嬉しいです」

目の前に座る七海店長が、いつも以上に柔らかい表情だからだろうか。スルスルと素直な気持ちが口を割って出てくる。
同じ空間で向かい合って食事をしているなんて、信じられない。本当に七海店長なんだろうか。

「藍沢さん、今日の予定は?」
「何もないです。ゆき乃さんも帰りが遅いでしょうし…休みはいつもこんな感じです。無駄使いはしたくないので」
「…返済のためですか?」
「はい、まぁ…」
「では私に付き合ってもらえますか?」

コーヒーを喉に流しカップを置いた音がやけに大きく聞こえた。
はい、とすぐに答えてしまった私はきっと、七海店長が送り届けてくれたと知った時から脳が麻痺をしているに違いない。