朝から楽しみで、一度出社してから甘露寺さんと取材許可を貰っている保育園に向かうのだった。
「ふふふ。煉獄さんてばいつの間にこんな可愛い子と付き合っていたなんて」
余っ程甘露寺さんの方が可愛い。性格も良さそうだし人当たりもいいし、こんな素敵な人が傍にいてよく恋に落ちなかったなぁなんて思う。それでも杏寿郎と並んで歩くのは甘露寺さんでも私でもなく、愛莉しかいないと数ヶ月前の私は思っていた。
「実は今日が付き合って一ヶ月記念なんです。こーゆうのってやっぱり何かプレゼントした方がいいと思います?」
「勿論よ!じゃあ今日は早く済ませて二人の時間を邪魔しないようにしなきゃね」
「邪魔なんて。今日は精一杯勉強させて頂きます」
笑顔の甘露寺さんにそう伝えて私たちはお世話になる保育園へと脚を運んだ。
実は子供があまり得意ではなかった。
というか、ほとんど子供と接する機会もなく、街で見かける子供といえば、スーパーやショッピングモールで騒いで走って喚いている印象しかなく、一度子供に食べかけのソフトクリームを服にべちょりとつけられた事があり、それ以降良い印象がない。だから少し不安だった。
園長先生と先生方に挨拶をし、取材の内容を伝える。
私と甘露寺さんは手に玩具を沢山抱えて子供たちのいる教室に顔を出した。
「わー!!!かみのけながーい、きれーい、かわいい!」
すぐに女の子達が甘露寺さんに寄っていく。あっという間に囲まれた甘露寺さんは嬉しそうに一人一人と挨拶を交わしている。すごい…秒で差をつけられポツンとした私に「おねーちゃんカレシいる?」そう声を掛けてきた子を見る。私の脚にぎゅっと絡みつくその男の子の頭にポンと手を乗せてその場にぺたりとしゃがみ込んだ。目線を同じにすると男の子は恥ずかしそうに私を見つめる。
「彼氏いるよ。なにか悩みでもありますか?」
「うん。ボクすきなおんなのこがいる」
頬を赤らめてそう言う彼の胸についた名札をふと見るとドクンと胸が音を立てる。
【しなずがわしゅうや】と書いてあるチューリップ柄の名札。しなずがわって、あの不死川?え、主任の子?まさか…ね。
「しゅうやくんは、何人家族ですか?」
「え?ボク?えーっと、パパとママと、さねみにーちゃんと、げんやにーちゃんと、…」
弟さんだ!!まさか不死川主任にこんな年の離れた弟さんがいたとは知らなかった。指折り数えている就也くんが可愛くて私はにっこりと微笑む。
「就也くん実弥お兄ちゃん好き?」
「うんすき!だいすき!さねみにーちゃんたまにしかおうちにかえってこないけど、いつもおかしかってきてくれるし、いっぱいあそんでくれるの。さねみにーちゃんはすっごくかっこよくてやさしーんだよ」
「そっか。私は実弥お兄ちゃんと一緒にお仕事してるんだ」
「そうなの?もしかしておねーちゃん、さねみにーちゃんのカノジョ?」
とくんと胸が高鳴る。できれば実弥お兄ちゃんの彼女です…と名乗りたい。でもそんな嘘は子供についちゃダメだし、人として許されない。でも目をキラキラさせている就也くんをがっかりさせたくもない。
「実弥お兄ちゃんの彼女は、愛莉ちゃんって言うの」
「じゃあおねーちゃんは愛莉ちゃんだ!」
否定しないといけないのに、私は否定しなかった。…いや、できなかった。嘘でもいいからそんな風に思われたい…なんて、杏寿郎との一ヶ月記念日に思うなんて最低だ。でもこんなになってでも、不死川主任への気持ちがまだ心の奥底に残っているのだと知ってしまう。
すっかり就也くんに気に入られてしまった私は、それからずーっと就也くんと恋バナをしていた。子供だとはいえ、好きな女の子に対してすごく誠実な就也くんになんとか頑張って貰いたくて一生懸命2人で色んな策を練った。そして明日は偶然にも就也くんの好きな女の子の誕生日らしく、絵をプレゼントする事にした。玩具で遊ぶ就也くんの好きな女の子を盗み見して似顔絵を画く真剣な就也くんの顔は、少しだけ不死川主任に似て見えた。きっと不死川主任も子供の頃は就也くんのようだったのかもしれないなんて、そう思うとなんとも就也くんが愛おしく思えるなんて。
「就也くん、明日頑張ってね!応援してるから」
「うん。ボクがんばる。こんどさねみにーちゃんかえってきたら愛莉ちゃんもいっしょにあそびにきてね」
「うん。もちろん!」
そう言うも、実際に遊びに行く愛莉は私ではないけど。ごめんね、こんな純粋な子に嘘ついて。就也くんに愛莉ちゃんと呼ばれる度に胸がぎゅっと苦しくて、結局私は最期まで就也くんに自分の名前をゆき乃だと名乗れなかった。
「ゆき乃ちゃん、今日はありがとう。本当に助かったわ!それにゆき乃ちゃん子供とすごく仲良くなってたし、案外保育士さんとか向いてそうね」
「たはは。私精神年齢低いので、対等になっちゃうんです」
「あら、それでいいのよ!子供扱いするより対等になって一緒になんでもする事が子供にとって一番だと思うわ」
「甘露寺さんこそ、保育士さん向いてます。…実は今日ここに来るまで子供に対して少し苦手意識があったんです。自分の周りに小さい子がいないというのもあるかと思いますが。でも実際接すると子供たちから教わることってすごく沢山あるんだなぁ〜と思いました。…また取材に連れて行ってください。いつでもお手伝いしますので!」
ぺこりと頭を下げる私を、甘露寺さんは笑顔でふわりと抱きしめた。それから耳元でこう続けた。
「勿論よ。でも今夜は、煉獄さんの為のゆき乃ちゃんでいてね。もう約束の時間でしょ?早く行ってあげて」
ポンっと背中を押されたけど、まるで男の人みたいな腕力の強さで思わず前につんのめりそうになったけれど、辛うじて堪えた。
「不死川さんにはわたしから伝えておくから。ほら早く!ね!」
「すみません。ではお言葉に甘えてお先に失礼します」
手を振る甘露寺さんを後に、私は杏寿郎との待ち合わせ場所へと急いだ。
5分程過ぎてしまったものの、杏寿郎の前に辿り着くと怒りもせずニコリと微笑んで「お疲れ様」そう声を掛けてくれた。
「伊黒が教えてくれたんだ、ここの韓国料理が絶品だと」
てっきり和食だと思っていたら、まさかの韓国料理で驚いた。というか、韓国料理を食べている杏寿郎が全く想像できない。だけど思い出した。先日見ていたテレビ番組で、最近流行りの韓国料理が放送されていてそれを見ていた私は一言ポツリと「食べたい」なんて呟いた事を。まさかそれを覚えてくれていたなんて。
「杏寿郎、ありがとう」
「俺も一度食べてみたいと思っていたのだ。行こうか」
手を差し出す杏寿郎に、指を絡めると私を誘導するようにお店の中へと案内してくれた。
カメラマンの杏寿郎は自分のスマホで出てくる料理を沢山撮影していて、これは職業病なんだろうなぁなんて笑ってしまう。だけど気を抜いていると、そんな私をカシャっと撮る杏寿郎が、私の画像をロック画面にしているなんて知る由もなかった。
「あ〜お腹いっぱい!美味しかった。ご馳走様でした」
「うむ。俺もだ」
杏寿郎は腕時計を確認すると私の手を引いてタクシーを掴まえる。一駅だから歩ける距離なのにタクシーを使う杏寿郎の意図なんて私には見えずにいた。お酒も入ってついハイテンションになっていた私は、昼間保育園で不死川主任の弟さんと遊んだという話をベラベラと杏寿郎に話していて、それを笑顔で聞いてくれる杏寿郎の気持ちなんて全然考えもしなかった。
「ゆき乃、泊まっていくだろう」
「あ、うん」
「ならば、」
「え、」
玄関に入るなり、杏寿郎が私の手首を掴んで壁に押さえつけるようにして唇を塞いだ。突然のキスに吃驚したものの、こんなに感情むき出しの杏寿郎は初めてでトクンと胸が脈打った。黙ってキスに答えようと思ったものの、情熱的でもどこか優しさを含んだいつものキスとは違う。
「きょ、じゅろっ、待って、どうしたのっ」
なんていうか、この人は強引にこういう事をする人じゃない。困惑している私の頬を杏寿郎の金色の髪が掠めて肩にトスッと顔を埋めた。くぐもった杏寿郎の言葉が小さく
「まだだめなのか、ゆき乃…。まだゆき乃の心には不死川がいるのだろうか、」
「え?」
「いや、すまない。先にシャワーを浴びてくる。頭を冷やしてくる。悪かった」
自己完結して私を離した杏寿郎は、こちらに背を向けて洗面所へと消えていく。掴まれた腕がジンジンと痛い。
昨日不死川主任にも同じように掴まれたその場所が、杏寿郎の腕の力でほんのり赤くなっていた。
そして今初めて杏寿郎の心根を知ってどうすればいいのか分からなくなってしまう。
そりゃそうだ。この人は待つよと言ってくれたけれど、一ヶ月経っても何も変わらないなんて馬鹿げてるよね。
少なくとも、不死川主任を忘れようとして杏寿郎との時間を増やして来た。杏寿郎に抱きしめられると安心できるし心が温かくなる。でもだからとって、それ以上を望んだことはただの一度もなかった。
杏寿郎がいつもキスだけで満足しているとは思ってなかったけれど、こんなに追い込まれていたなんて…気づきもしなかった。
セックスぐらい余裕でできると思っていた。歴代の元カレとだって普通にしてきた。それなのに、杏寿郎がキスより先にいこうとすると身体がそれを拒んでしまって進めずにいた。最もたった一度しか先へ進もうとしなかった杏寿郎にただ甘えていた私。こんなんじゃ杏寿郎に愛想をつかれても文句など言えない。ちゃんとしなきゃ、前に進まなきゃ。
杏寿郎と入れ替わりでお風呂に入った私は全身くまなく綺麗に洗った。バスタオルを身体に巻いたその姿で杏寿郎の前に行く私を杏寿郎はそっと抱きしめた。
「すまなかった。君に嫌な思いをさせて。分かっているんだまだ無理だと。だからそんな格好、しなくていいよ。ちゃんと服を着ておいで。俺は待つから…」
言葉の代わりに私はタオルをストンと絨毯の上に落とした。目を見開く杏寿郎は眉毛を下げて私を抱き上げると、そのまま寝室のベッドへと横たわらせた。ガバリと片手で着ていたTシャツを脱いだ杏寿郎が私の上に乗っかるとキシッとベッドのスプリングが小さく鳴いた。
「いいのか?」
無言で目を閉じる私に杏寿郎の腕が顔の横に置かれて生温い舌が唇を割って入り込んだ。ほんのり目を開けると、目を閉じた綺麗な杏寿郎の顔が見えて胸がきゅんと音を立てる。まっ更な私の身体を杏寿郎の左手が行き来している。ハァッと甘く吐息を漏らした杏寿郎が私の耳朶を舌で縁どって口に含むと「ンッ、」小さく声が漏れた。
「もっと聞かせてほしい、ゆき乃の声…」
そんな言葉と共に胸元に置かれた杏寿郎の手が円を描くように胸に触れて、先端の突起を指でグリグリと弄り始める。耳には杏寿郎の舌が入り込んで音を遮断される。ジュジュっと舐め上げる音が卑猥に鼓膜を刺激してより一層感度が上がる。
「ゆき乃は耳が弱いのか、可愛いな。ならば反対側も…」
「んうっ、」
腰が浮きそうなくらい杏寿郎に耳を舐め回された私は乱れる呼吸で肩を大きく動かしながらも杏寿郎の金色の髪に触れた。ゆっくりと耳穴から出ていった舌が、顎の下を通って首筋にちゅっと甘い音をたてる。そのまま鎖骨を舌でなぞって、ピンク色の突起を口に含むと一気に快感が身体を過ぎる。ビクンと背中をほんのり浮かせる私に杏寿郎はすかさずそこに腕を入れてぎゅうっと抱きしめるやいなや、胸を執拗に舌で愛撫した。
「ああああっ、」
指が不意に太腿を割ってそこに入り込む。ほんのり指先を入口に宛がった杏寿郎はそのまま指を奥まで挿入する。
「ツッ!!!…」
…どうしよう。どうしたらいいのだろう…。
これだけの事をされているというのに、身体は気持ちよくなってきているはずだというのに…心が追いつかない。ふとした瞬間に脳裏に浮かんでしまう不死川主任に、私のそこはほとんど濡れていなかった。
だから杏寿郎に指を差し込まれて痛さを覚える。覚醒し出していた杏寿郎のスエットのそこは既に硬くなっていてちゃんと反応している。それなのに私は…
「ごめんなさい…」
涙が溢れる。顔を手で隠しても次から次へと涙が溢れてしまう。土壇場まできてやっぱりできません、なんてないよね。ここまできて無理だなんて、ないよね。
今日は杏寿郎と付き合って一ヶ月記念日だというのに、絶好の日だったというのに、私の身体はそれでも杏寿郎を受け入れようとはしなかった。
「…急かしてすまなかった。今夜はこのまま眠ろう」
それでも優しく服を着せてくれて、いつも通り腕枕をしてくれる杏寿郎を、どうにか好きになりたいと願うしかできないなんて、残酷すぎる。