「戻りましたぁ」
行きと同じく、敬礼のポーズをして3階の編集部に入った。出て行った時とさほど変わりない不死川主任。
ただ私のデスクにあったパソコンをカチカチと見ていたようで「いいんじゃねぇか、この企画。来週にでもカメラマン寄越すから撮りに行ってこいよ」なんてまさかのOKが降りた。散々ダメだしされていたから泣く泣く絞り出した案件だった為、危うくたこ焼きを落としそうになる。とりあえずデスクに置いて私は隣に座った。
「あの、ほんとですか?」
緩んだ頬のまま不死川主任にたこ焼きを差し出す手はほんの少し震えている。毎日頭を抱えても夏の風物詩と女がなかなか結び付かず、色んな夏をイメージする単語でググッてみたけれどどれも同じだった。そもそも女が楽しみにしている夏なんて、だいたいは同じで。
花火大会、海、お祭り、浴衣、プール、出てくるのはこの程度だ。それだと他の雑誌となんら変わりはない。
それじゃあダメだと不死川主任に突き返されて、夏前にスパで綺麗になる事をテーマにしたものと、ラブホ女子会が流行りつつあるという事で、女子が好む女子会向けのラブホを紹介という2つのテーマに絞った。ちょっと品がないかなぁ?とも思ったけれど、ラブホに興味のある女子はいがいと多いんじゃないかとも思えて。
「あぁ悪くねぇ。カメラマンは煉獄辺りに声掛けといてやるから、来週から早速行ってこい」
「はいっ!!」
なんとも言えぬ高揚した気分だった。そんな私の気分を一気に現実に戻す不死川主任の手。私の顔の前で先程の私と同じように手の平を翻して待っている。あぁお釣りね。返しますよ、分かってますよ。機嫌のいい私はちょっと調子にのって、不死川主任の手にお釣りも持たずに自分の手だけを重ねた。すると当然の事ながら彼の視線がこちらに飛んでくる。三白眼の黒目がジロリと睨んだ時だった。ブブッとデスクに置いてあった不死川主任のスマホが着信を知らせる。
「オイ釣り返せェ」
へへへって笑いながらも反対の手でお釣りを渡そうとするも、「はい」えっ!?まさかの私と重なった手をキュッとその場で握りしめると反対側の手でスマホを持って耳に当てると喋り始めた。
えっとこれは、なに?どゆこと?
不死川主任の手の上に私の手が重なって、キュッて何度か握りしめられていて…
え?なに?罰ゲーム?
「あァそうだな、来週にでも動けると思うからそれまでそっちで頼む。まぁ大丈夫だろォ。あァじゃーな。気をつけて帰れェ」
たった数秒の事なのに私の右手はまだ不死川主任の手の平の上でそろそろ手汗がヤバそう。
この人、わざと?え?欲求不満!?なに!?
「オイ」
「はいいいいっ!!!」
「釣りよこせェ」
なんて事ないって顔。別になんでもないって顔。こんなの全然痛くも痒くもねぇって顔。このフロアに今二人きりなのに、どうでもいいって顔。昼間の雑音すらないシーンとした空間で、私だけがドキドキしていた。そんな事知る由もなく不死川主任の手は私の下から離れていく…
細長く見えたその手は触れると見栄えよりずっと太く骨張っていてとても大きくて、何よりすごく温かかった。
「電話、誰ですか?」
「玄弥だ」
「そうですか。あのゴチになります!」
「あァ。食ったら送ってくからさっさと食え」
私の前に置いてあるたこ焼きを強引に奪い取るとビニール袋から出して備え付けのマヨを上手にかけた不死川主任。その手で少し長めの爪楊枝で丸いたこ焼きの真ん中を刺して口にほおり投げた。いやそれ絶対ベロ火傷するヤツ!なんて笑いながら不死川主任を見ると案の定口を開けてアフアフしている。あの強面が涙目でもぐもぐする姿に見惚れてしまいそうになったのは、この手に彼の手の温もりが残っているからではない。
ーーないはずだ。