社内の噂

ーー明けた、月曜日。
本当にただの知恵熱ならすぐに下がるだろうが、風邪を長引かせていたら可哀想だなんて思っていた俺に、名前はいつもと変わらぬ姿で挨拶をしに来た。

「リヴァイ室長、おはようございます。その節は色々とすみませんでした。」

深々と頭を下げる名前を真っ直ぐに見ていた俺に、特に気まずい様子もなくニコリと微笑んだんだ。

「あぁ、全くだ。知恵熱はもう下がったのか?」
「はい!お陰様で。元気だけが私の取り柄なので、これからもよろしくお願いいたします。」

また他人行儀に頭を下げる名前が気に入らなかった。それでも感情的になるガキみてぇな事ほど嫌なもんはねぇ。元々感情を殺して生きてきたからそんなものは屁でもなかった。
無言で名前から目を逸らした俺に、話は終わったのだと理解した名前は静かに室長室から出て行った。

その日は無心で仕事をこなした。出張の報告で午後からずっと会議室に篭もりっぱなしだった。
エルヴィン、ハンジ、ミケ、ナナバと幹部が集まって俺の報告を聞いた。
そのまま飲みに行こうって話になって、乗り気じゃなかった俺は帰ろうと思ったが途中でハンジに見つかって仕方なくいつもの行きつけのバーへと召喚された。


「名前とはどうなんだ?リヴァイ!」
「は?」

乾杯の後、開口一番俺を見据えたハンジに思わず溜め息が盛れた。
残念なことにエルヴィンとミケ、ナナバの視線も俺に注がれている。なんならちょっと口端を緩めているように見えるエルヴィンに殺意すら覚えた。

「うちのアルミンと取り合ってるんだろ?」
「誰がんな事言ったんだ?」
「いや、専らその噂だよ社内は。知らないのは君だけなんじゃないか?」

ハンジが噂好きなのは知っているが、ミケやナナバまでうんうんと相槌を打っているのを見て反吐が出そうだった。

「あの、リヴァイ室長が負け気味って噂までついてな、」

ミケの言葉にチッと舌打ちが漏れた。

「悪いがどうにもなってねぇ。噂だかなんだか知らねぇが、クソメガネ達が喜ぶよーな事は一つもねぇ」
「よーするに、負け気味は本当って事なんだ、リヴァイ。残念だなぁ。」

ニタニタしながら嫌味を飛ばすハンジを後ろから蹴り飛ばしてやった。「あいたた、何するんだ全く!」なんて腰を押さえながらこっちに寄ってくるハンジをもう一度蹴ろうとしたらエルヴィンに止められた。

「まぁまぁいいじゃないか。リヴァイが本気になるなんて初めてなんじゃないか?私の知る限りではリヴァイはあまりいい付き合いをして来なかった印象がある。」
「余計なお世話だエルヴィン。」

ポケットから煙草を出せば最後の一本しかなく、ストックも切れていた事に今更気づいて余計にイラついた。

「ちょっと煙草を買ってくる」

そう言って俺は決してこの場から逃げた訳でもねぇが外の空気を吸いに地下のバーから地上に出た。ついてねぇことに雨まで降ってやがって、仕方なく数メートル先のコンビニまで走っただけで、髪から滴が落ちる程度に濡れてしまった。

傘を買おうか迷いながらも仕方なく水を一本手にしてレジに並んで煙草のボックスを注文した時だった、スーツのポケットにあったスマホが振動を鳴らして着信を知らせる。
どーせ、ハンジだろうと無視していたらすぐにそれは止まったがまたすぐに同じように振動が伝わる。
会計を終えてからと思ったけれど、その場でディスプレイを見るとそこにあったのは名前の名で、慌てて通話ボタンを押した。

「どうした?」
【リヴァイ室長ッ!!あの、あの、今どちらですか?】

外にいるのか聞こえたのは雨音と名前の靴音。妙に呼吸が荒くて、声色が怯えている。

「煙草を買いにコンビニに、」
【どっ、どこのっ!?】
「駅前のだが。なにかあったのか?…名前?答えろ、どこにいる?」
【誰かにつけられてて、怖いですっ、助けてッ、】
「クソッ、」

俺はスマホを耳に当てたまま、店員に「キャンセルだ」そう伝えると勿論傘もささずに表に出た。
微かに聞こえた名前の居場所はこの駅の反対側で、一目散にそっちに向かって走り出した。
行き交う人が無駄に邪魔でそれを避けながらも駅のロータリーに着く。

「しつちょ、」

ザワつく駅のロータリーなのに、名前の蚊の鳴くような小さな声が俺の耳に入る。全身震えている名前が目に入ってそのまま迷うことなく抱きしめた。

「もう大丈夫だ。安心しろ」

ギュッと俺の背中に腕を回す名前を抱きしめて、俺は心底安心したんだ。



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