噂の代償
「大丈夫か、行沢」
「うん。ねぇ煉獄くん、この事はみんなには言わないで」
「だがしかし、」
「お願い。心配かけたくないの」
「…分かった。それならもしまた同じような事があったのなら、必ず俺に言うと約束してくれ」
「うん。ありがとう」
天元と奈々が付き合っているという噂が流れて3日目。あからさまに見てとれる天元の事を好きな女子からの嫌がらせ。生徒会で唯一同じクラスの奈々と杏寿郎。奈々が呼び出された事に気づき隠れて着いていくと脅しのような言葉を浴びせられた挙句、突き飛ばされて尻もちをつかされた。手を先に着いてしまった奈々は、ほんのり顔を歪めてそれでも陰険な女子たちを睨み上げる。と、そこで杏寿郎がその場に姿を表したのだった。
「君たち、何をしている」
突然現れた杏寿郎に吃驚して女子たちは走って逃げて行ったけれど、後味が悪すぎる。奈々に手を差し出して引き上げた杏寿郎はサラりと揺れた奈々の髪から香るシャンプーの香りにほんのり目を細めた。
本当なら天元に伝えたい所だった。そもそも奈々への嫌がらせを
「手を捻ったのではないか」
スッと奈々の小さな手に触れて軽く捻ると、案の定奈々が顔を
「あの、煉獄くん?」
「家に帰ったらそれの下に湿布を貼ればいい。そのリストバンドはサポーターの役目も果たす奴だ。君の怪我が治るまで貸してあげるから」
「いいの?」
「あぁ、これぐらいしかできなくてすまんな」
「十分だよ。ありがとう!でもこれ煉獄くんもつけてるからさ、ペアルックみたいだね」
ニッコリ微笑む奈々に、杏寿郎の胸は熱くなるのを感じていた。けれどその正体がなんなのかを突き詰めるつもりもなかった。何故なら奈々は天元と一緒に居る事を、少なからず嬉しそうだと思うから。嘘の恋人宣言だけれど、満更でもなさそうだと直感で思ったからだ。わざわざそこに入り込む隙もないだろうし、そんな無駄な事など必要ないと、そう思い込むしか無かったんだと。
「俺とペアルックなんて嬉しくないであろう」
「え?そんな事ないよ。大事に使わせてもらいまーす」
行こう!と、天元のいる生徒会室へと歩いて行く奈々を守るように杏寿郎は隣を歩く。ただ、頭では分かっていても行動が伴わない事もあり、気づくと杏寿郎はサポーターのされていない左手首を掴んで奈々の足を止めた。
「煉獄くん?」
振り返った奈々が不思議そうに杏寿郎を見上げている。どうしたの?と、続ける奈々に、杏寿郎の心臓は爆音を鳴らす。自分でも分かっていなかった。なぜ不意に奈々の手首を掴んでしまったのか。
「行沢は宇髄の事を本気で好きになった…違うだろうか」
そして飛び出た言葉もそんな事聞くつもりのない言葉で。
「もー煉獄くんまで変な事言わないでよ。そんな事あるわけないでしょ、ゆきみと不死川くんじゃあるまいし」
「そう、だな。すまない、変なことを聞いた」
照れ隠しで自分の髪に触れた杏寿郎は前を歩く奈々から一歩離れて小さく息を吐き出す。
それでも鼻腔を掠めた奈々の甘ったるい香りはいつまで経っても杏寿郎の記憶から消えてはくれないんだ。