たられば事情
どれもこれもが胸を熱くする想い出だった。思い返すと苦しんだ過去さえ今は愛おしいと思える。
あの頃描いてた夢はもう今は追いかけていない。現実とはそんなものだ。
ゆきみは、毎日満員電車に揺られごくごく普通のOLとなっていた。高校を卒業してそれなりに社会経験をつんだ。実弥以外の男も知った。みんなそれなりに好きだと思ったけれど、結婚という終着点までは到底行き着くことができず、今は独りの時間をそれなりに楽しんでいる。だからといって寂しくない訳では無い。
「いい加減、独りは嫌になってきた。奈々はさ、もし天元にヨリ戻そうって言われたらどーする?」
レストランの雑音に紛れてゆきみの言葉が鮮明に奈々に届く。ガヤガヤとしたフロアの照明は少し暗めで、ここはいつもの唯一の個室席になっていて、周りの声はさほど入ってはこない。
いつものたらこスパゲティをフォークに巻き付けていたゆきみが、ナスを口に含んだ奈々を真っ直ぐに見つめた。噛み砕いたナスをごくりと飲み込んだ奈々は、少し遠い目でフロアの内装を見たけれど、答えなどでるわけもない。
サラリとセミロングの髪を揺らしてほんのり小首を傾げる。それはそう…「どうだろ。再会してみないと、分からない…でも、会ってみたい気もする」…別れた原因は天元の女癖の悪さ…というよりかは、女にモテすぎた天元を信じきれなかった。幼き乙女のすれ違いだ。奈々も幼かったけれど、天元だって同じ年齢で確かに一生懸命に奈々に真実を口にしたけれど、若さゆえに信じきれなかった。
今ならもっと上手くやれる…なんて思っているのだろうか。はたまた、別れた事を悔やんでいるのだろうか。
「なんであの時天元のこと信じてあげられなかったんだろうって思った事は何度もあるけど、まぁ今更だよね。正直、今の天元に相手がいないなんて思えないし、なんなら結婚しててもおかしくない」
「確かに!天元程の色男なら嫁が3人ぐらいいてもおかしくないねぇ」
「ぶっ!!さすがにそれは引く!3人も嫁がいたら引くわぁ!てかゆきみは?ゆきみは実弥がヨリ戻そうって言ってきたらさ、どーする?」
ねぇねぇって興味津々に奈々がゆきみの肘を小突く。その顔から笑みを消したゆきみは、次の瞬間視線を泳がせた。顎に手を当てるゆきみを見て、奈々はそれがゆきみが考える時にする仕草だと微笑ましく思い、ピーチティーをストローで一口飲んだ。
腕を組んでめちゃくちゃ考え込むゆきみにクスリと笑った奈々は、二人で食べようと頼んだフライドポテトの先端をケチャップにつけてパクリと口に含んだ。
「…わっかんない。今ならあの頃みたいな事に惑わされたりはしないけど、わたしも会ってみないとなんとも言えないなぁ」
「ふふ、だよね。でも実弥の優しさは変わらないでいて欲しいね」
ゆきみと実弥の別れた理由は、実弥の元カノが何かにつけて実弥を頼りにしてくる事に嫌気がさしたからだった。ゆきみとしては元カノと連絡も取って欲しくなかったけれど、実弥の性格上放っておく事ができず、それが原因で喧嘩になって呆気なく終わりを告げた。
「結局わたしも奈々も、相手の事信じてあげられなかったんだよね、あの頃。今思うと馬鹿だな…なんて笑えることもさ、あの頃は一々苦しかったよね。実弥の優しさはちょっと狡いんだけど、あの顔で実はめっちゃ優しいってギャップにやられてたもんなぁわたし」
「だね。その優しさをゆきみだけに向けてくれればよかったのかなぁ」
「どーかなぁ。どっちにしても、今はもうどーにもできないけど」
「そもそも2人って何キッカケで付き合ったんだっけ?」
奈々の問いかけにゆきみはゆっくりと瞬きをすると、紙ナプキンで口元を拭くと優しく目を細めて語り始めたんだ。