呼び捨て


「後ろ乗ってもいい?」

自転車置き場に向かう実弥の横を歩くゆきみが実弥の腕を掴んでそう聞く。がに股で踵を潰したローファーをカタカタと鳴らして横を歩く実弥の視線がゆきみを捉えるとフッて笑って「あァ」ポスッと頭を撫でる。そーゆう顔、誰の前でもして欲しくない…なんて思ってしまうゆきみは、実弥の自転車の後部座席に横向きで座ると彼の大きな背中に寄り添うようにして腰に腕を回す。

「…不死川くん、彼女いる?」

「は?いたら乗せねぇだろ新城のこと」

「そっか、よかった」

なら存分に抱きつこうとゆきみは実弥を横からぎゅうっと抱きしめる。

「あ、今腹筋に力入れたでしょ!」

「うるせェ、黙って捕まっとけ」

ほんの一瞬実弥の手がゆきみの手に上から触れると、それだけでゆきみの心臓は途端に爆音を鳴らす。でもそれはすぐに離れてしまって、それを寂しく思うゆきみは、それでもこのふわふわした感情がたまらなく嬉しくて、終始緩んだ頬が下がらずにいる。
そして先程の奈々との会話を思い浮かべてまた微笑む。実弥に彼女がいないという事実を知れた事がとにかく嬉しくて、この喜びを早く奈々に伝えたいと思うんだ。


「あった、あった、ビニールテープ!何個買う?てゆーか2人で持てるかなぁ」

「チャリに乗せて押してけばいい。持てるだけ買うぞ」

「うん」

ホームセンターに着いた2人は目的のビニールテープを大量に籠に入れていく。手持ちの小型扇風機で涼むゆきみの腕を急に実弥が掴むと、小さな扇風機の向きを変えて自分に当てる。

「ちょっとー!暑いよ〜」

「へぇ、こんな小せぇのに風くんだなァ」

「とか何とか言いながら涼みたいんでしょー」

「分けろよォ」

実弥が笑いながらゆきみの髪をクシャッてするからそれがまたむず痒い。傍から見れば高校生のカップルかもしれない。でも心の奥底にある気持ちは言葉にしていない。触れたくても触れられない距離がもどかしくて、ゆきみは実弥の垂れたワイシャツの裾をそっと掴んでいた。
重たい籠も片手で軽々持ち上げる実弥に一々キュンとしながらもゆきみは軽い足取りでレジへと進む彼の半歩後ろを歩くのだった。


「不死川くん、抜け駆けしてあれ食べない?」

指差す方向にはソフトクリームの屋台。陽が落ちていない夕方は蒸し暑いとは言わないもののそこそこ暖かい。
ブレザーを腕まくりしている実弥はポケットから500円玉を出すと「一緒に食おうぜェ」そう言って不意にゆきみの手首を掴んだ。

「どれがいいんだ?」

「ミックス」

「んじゃそれ一つくれ」

「不死川くんの奢り?」

「あァ」

「えへ。嬉しいなありがとぉ」

「…その代わり、その不死川って止めろ。実弥でいい…ゆきみ」

顔は正面を向いたまま。けれど銀髪の下に見えている耳は真っ赤で。言われたゆきみですら、真っ赤になっているのが分かる。思わず頬に手を添えて照れを最大限隠すも、その胸のドキドキはおさまることを知らない。こんな会話誰かに聞かれていたら?なんてキョロキョロと視線を泳がせるも、特に誰も自分たちになど注目はしておらず、誰に見られている訳でもないけれど緩んだ顔を必死で引き締めようとする。

「分かった、実弥」

「おぅ」

学校に戻ったらどう思うだろうか。急に下の名前で呼び合う2人を。奈々は気づくだろうか。
ソフトクリームを受け取ったゆきみは嬉しそうにそれを一口ペロリと舐める。すぐに目を逸らした実弥は大量のビニールテープの詰まった袋を自転車の籠に乗せて歩き出す。ゆきみは右手にソフトクリームを持って左手で実弥のワイシャツの裾を掴みながら「実弥」小さく呼びかけた。振り向くことなく「あァ?」そう自転車を押す彼にドキドキしながら聞いたんだ。

「LINE教えて欲しい」

めちゃくちゃ勇気がいる一言だった。
スっと実弥がポケットから出したスマホ。LINEの画面でスマホを震わせる実弥にゆきみは自分のスマホを重ねて同じように震わせる。

「きた!え、カブト虫?」

「俺のペットだァ。今度見に来るかァ」

「いや、カブト虫は遠慮する。でも実弥の部屋は行きたい」

「ばーか」

クシャっとゆきみの髪を撫でた実弥はゆきみの差し出すミックスソフトをパクっと口に含む。目の前でソフトクリームを舐める実弥に強烈に色気を感じたゆきみは実弥の顔をガン見する。

「見すぎだァばーか」

もう一度伸びてくる実弥の手を掴みたいと願うゆきみだった。