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愛の言霊


「今日は絶対絶対早く帰ってきて!!日付が変わる前に必ず帰ってきて下さいね!!」


出掛けにしつこくそう言われた。
いつも朝が早い時は寝ているというのに、一体なんなんだろうか。
これから行く任務が上弦相手だったら…生きて帰って来れるんだろうか、なんて珍しくそんな事が脳裏を過ぎったんだ、実弥の。
少し前までは自分が死ぬ事なんて怖くもなかった。この鬼殺の世界に入ったならば、いつ命を落としても構わないと。いや、玄弥の幸せの為にそれでも生き続けてはいるけれど、それでも死に対する恐怖なんてものなは放っからなかったというのに。

…名前に出逢ってからの実弥は、死んでしまったら誰が名前を守るんだ?って事ばっかりが頭を過ぎってしまっていて、死に対して少しばかり弱気になってしまっていたのかもしれない。

馬鹿馬鹿しいと思う。自分の母親殺してる実弥が、それでも名前と一緒にいるとどうにも温かく優しい気持ちになれて、それが心地よくもあり、こそばゆくもあり、変な気分でいられる事が。

そんな事を考えていた実弥が任務地に着いた時、異様な気配を感じ名前の事が綺麗さっぱり脳内から消えた。

「風の呼吸 弐ノ方 」

あっさりと鬼の首を切り落としたまではよかった。だが、最後に崩れゆく身体から出した鬼の血鬼術が実弥目掛けて飛んできた。首を切った事でほんの一瞬隙ができてしまったんであろう実弥は、まんまとその術に掛かってしまったんだ。

「クソがァ…、」

こんな身体で名前のとこになんて帰れるか。
そう思うものの、何がなんでも帰ってこいと言ったからには、きっとなにかがあるんだと。
明日は非番だし、できるのなら名前と過ごしたいなんて欲がほんのり芽生えていた。

「どうすっかなァ…。」

足取りは重たいものの、それでも名前の所に帰りたい、なんて気持ちすら生まれてた。
この気持ちが何なのか考えないようにしてきた。
鬼殺隊士として生きていくと決めたあの日から人と距離を詰めることは一切しなかった。
親しくなればなるほど、いつ来るのか分からない別れに怯えるのは御免だった。
極力人が近寄らないように、寄せ付けないようにしてきたけれど、そんな壁をあっさりと飛び越えてきた名前は、日に日に実弥の中でその存在の大きさを物語っている。

本当ならしのぶのいる蝶屋敷に行った方がいいのかもしれない。けれど行ったところでこの術を治せる事もなく、それなら大人しく名前の待つ風屋敷へ帰ろうと重たい足を前に一歩一歩踏み出したんだ。


「帰ったぞ、」

そんな声をあげて玄関の引き戸を開けたものの、残念なくらいその中は真っ暗だ。
もしかして寝てんのか?なんて思いながらも寝室の方へと行った実弥。
ふぅと一つ息を吐き出して寝室の戸を開けるとポウっと灯された灯りと、その前に正座している名前が目に入った。

「あ、お帰りなさい。つい見とれちゃってました。実弥さん?」

こちらを向いて微笑む名前が蝋燭の日に照らされて少しばかり眩い。
ほんのり瞬きを繰り返す実弥の手を名前が不意に掴んで引き寄せた。
柱でもある実弥がこんなにも簡単に女の力で引き寄せられてどうしたものか、と。

「もしかして血鬼術ですか?」
「…あァそうだ。だからこれ以上俺に触るんじゃねェ。」

ぶっきらぼうにそう言うと触れていた名前の腕をゆっくりと外した。
ぱちくり瞬きを繰り返した名前が真っ直ぐに実弥を見つめる。

「どうすれば楽に?」

まさかのこの術を解放しようだなんて。専らそんな事は考えてなかったからか、実弥は顔を歪ませて苦笑い。
楽になる方法なんて一つしか無かった。でもそれを実行する程の事を名前にさせるつもりはさらさらない。
少し名前から距離を取った実弥は「どうにもならねぇ。時間がたたなきゃ無理だァ。もう寝るからお前も自室に戻れや。」それしか方法が無い。

けれど、そんな事で食い下がるような名前では無い事も勿論分かっている。
だから実弥が離れた距離を埋める名前にほんのり心の中が温かくなる想いだったなんて。

「ダメです!せっかくのお誕生日なのに!」

そんな言葉と共に瞳を揺らす名前が実弥の首の後ろに腕を回してふわりと抱きついた。
途端に身体中に走る快感に「クソッ、」小さく舌打ちを零す実弥。
それでも抱きついた名前を片腕で抱き留めて息を漏らす。

「いいよ、実弥となら。お誕生日プレゼントは名前って事でいいですか?」

少し距離をとって実弥を見つめると、苦虫を噛み潰したような引きつった顔を見せる。
言いながらも実弥に触れている名前。
どこもかしこも熱くて堪らなくなってくる。
さすがの実弥もそろそろ限界を迎えそうだった。

「馬鹿な事言ってんなァ。プレゼントなんていらねェし、」
「だめよ!せっかく玄弥に聞いたんだから!いい肉の日生まれだなんて、実弥さんっぽくて笑っちゃったけどぉ。本当は肉食なんでしょ?名前いいよ、実弥さんの血鬼術うけてあげる!ね?」

未来の言葉を使われてさっぱり理解できなかったけれど、名前が何をしようとしているのかは分かっている。
それを阻止しようと思うものの、毒のせいで身体に力が入らない。

「実弥がいなかったらこの世界で生きていけなかった。貴方がいるからわたしはここにいられる。これから先もずっと、あなたと一緒に生きていきたい…。生まれてきてくれてありがとう…」

こんな時に何言ってんだ…いつものようにそう言えばいいのに、今の実弥にはそれすらできずにいる。
単純に嬉しいと思っていた。
名前のくれたその言葉が。

ーーふと縁側を見ると、そこに居るはずのない親友の姿が見えた気すらする。

〖いいんだよ実弥。たまには甘えろ。その子なら大丈夫だ。俺も見守っててやるから。俺も実弥が生まれてきてくれてよかったと思っているよ。お前は俺の大事な弟だ。素直になりやがれ、いい加減。〗

人に甘える事なんてただの一度もした事がない。
少なくとも物心ついた時からは。
常に下の兄弟と母を守るのが自分の役目だと思ってきた。
その実弥がこんな女に甘えろと言われてもそれができる程甘ったるしくは生きていない。
けれどーー…


「好き。実弥が好き。」

甘ったるい名前の声に思考が止まった。
この女が欲しい…そう、ずっと欲しかった。
いつしか名前のいる場所が自分の居場所なんだと、思うようになっていた。
名前の態度、言葉、全てが今の実弥を支えるものとなっていた。

「もう分かったから、」

泣きそうになるのを隠すように名前を目一杯抱きしめてその身体に顔を埋めた。
トサッと名前の後頭部を抱えたまま布団の上に押し倒した。
迷いも躊躇いもなく、そこにあるのは名前の大きな愛。

「余裕ねェんだ、悪い。けど…名前だから任せたいと思えた。お前がいねぇと、」

生きていけない身体になっちまいそうだ…

その言葉は口には出さなかった。
実弥を見上げる名前はとても優しい。
自分よりずっと年下の女なのに、こんな風に甘えられると思えたのは実弥にとって、生まれて初めてだった。

「実弥が好き。」
「何度目か、それ。…言葉にするのは苦手だ。心根を見せるのは弱さに繋がっちまう。…けどお前は特別。レイワだかなんだか知らねぇが、その時代で一緒に生きれたらいいだろうなァ…。」

トクンと名前は実弥の言葉に胸を鳴らす。
同時に叶うことの無い切な願いに胸が痛くなる。
鬼のいない現代で実弥と出逢って恋をしていたらどれだけいいのか…
そんな事、何度も何度も考えた。
けれど名前がここにいる事も含めて有り得ない。

どれが真実で、どれが偽物で、どれを信じればいいのかなんて今でもよく分かってはいない。
けれど、目の前にいる実弥の事だけは、どんな事があっても信じられる。
それだけは、曲げることのできない真実だ。

「連れてってあげる、名前が。実弥を令和に。一緒に生きよ。」

名前の言葉に実弥がその顔を寄せて熱い唇を塞いだーー…



ーー鬼の血鬼術で媚薬を身体に浴びせられた実弥は、その欲を全部出し切るまで激しく名前を何度も抱いた。

師範と継子という関係を一時忘れて、まるでただの恋人同士の様、実弥は名前を求めた。
それに迷うことなく応える名前。

「待って、名前が口でシてあげる!」
「はァ!?」

何度目か分からぬ目交いの後、それでもまだ硬さを増している実弥のソレを見て名前が開脚させた実弥のそこに入り込んで顔を埋める。

「お前、何してやがる!」
「大丈夫、噛まないから!すぐ気持ちよくしてあげるから、ね?」

根元まで口に含んでそれを吸い上げる名前に実弥は身体中の血管がそこに集まるんじゃないかってくらいに熱くなる。
汗だくで流れ落ちる滴がシーツに染み込んでいくけれど、この行為を止められずにいる。

「ねー実弥。こーいうの令和じゃ普通だよ!みんなやってる!だって女ばっかりされてるより、二人一緒に気持ちよくなった方がいいでしょ?」
「…お前、喋りながらすんなァ…息がかかって変になりそうだ。」
「ふふふ、カッチカチだねぇ。」

全く話を聞いていない名前は実弥のそそり立つそれを何度も口に含んで甘く咥える。
軽く音を立てて舐め上げる名前の奉仕に堪らなく高揚している実弥。
女にこんな事されたのは当たり前にない。
手持ち無沙汰な手がそっと名前の頭に触れると、名前は実弥のを握っていない方の手を実弥の指と絡めた。
ギュッと握られてトクンと実弥の胸が音を立てる。

「名前…。」
「んー?」
「…明日非番だ。…櫛でも買いに行くか。」

顔を上げて真っ直ぐに見つめる名前の瞳が真っ赤になっていく。
口を離してそろそろと体勢を整えるようにムクリと起き上がった名前を、実弥が迷うことなく抱き上げた。
ぎゅうっと温もりを感じるように、確かめるように抱き寄せる。

「実弥さん?」
「なんだァ?」
「令和だとそれ、プロポーズって言うの。でもね、今日は実弥さんのお誕生日で、プレゼントを貰えるのは実弥さんの方で。だからわたし、一生懸命手料理も作って待ってたの。それなのに、そんなサプライズ、ずるいよ。名前が貰うんじゃお誕生日にならないよ。」

所々聞いた事のない単語を発する名前だったけれど、実弥がもしも本当に令和の日本にいれたのなら、きっと今名前が言った言葉をちゃんと理解できたんであろうと。
大正のここにいる実弥には分からない事もあるけれど、それでも名前の言いたい事はなんとなく分かるし、きっとあっているはず。

この時代で櫛をプレゼントするのは、求婚している事。それを実弥は名前に伝えたのだから。

「俺の欲しいものはもう手に入ったからなァ。後は好きなだけお前に与えてやりてェんだ。」

実弥の頭を抱えるように抱きつく名前が少し距離を作って実弥を見つめる。
愛らしい瞳からはやっぱり涙が零れ落ちていて。
女に泣かれる事を面倒だと思っていた実弥は、それでも名前の涙を美しいと思えてしまうなんて。

「…愛してる、名前。」

小さくでも、ハッキリとそう言って実弥が笑うと名前の瞳からまた大粒の涙が零れ落ちた。
真っ赤な瞳で実弥の髪をやんわりと撫でた名前は、「名前も好き。実弥のこと、愛してる。離さないで…。」ギュッと抱きつく名前をまた、布団の上に押し倒した。

夜は長いーー
愛を覚えた風柱、不死川実弥は、またきっと強くなる。
愛する弟、玄弥を守るために。
何より、愛する女ーー名前との未来のために。



-完-