最優先事項
「どうしたらリヴァイ兵長の一番にしてくれますか?」
そんな告白をされた事はあるだろうか?
女なんてどれも同じだと思ってきたリヴァイは、この日を堺に彼女、名前を意識するようになったなんて。
「リヴァイ兵長!これハンジさんからです!署名し終わったらエルヴィン団長の所に私がお届けするのでここで待っていてもいいですか?」
「好きにしろ」
「はーい!」
笑顔でソファーに座った名前はおもむろにリヴァイに視線を移した。
一番にして欲しい…と言われてから既に半年が過ぎていた。新兵の分際で気安く話しかけてきたと思ったらそんな色恋だった為、リヴァイはこっぴどく名前をフッた。
「この世界から巨人が一匹もいなくなっても、俺がお前を一番にする事はない。くだらねぇ事を思ってるなら今すぐ兵団から出て行け。それができねぇなら二度と俺にその気持ち悪い声で話しかけるな」
名前は心底泣きそうな顔をしたけれど「分かりました、心を入れ替えます」そう言って深く頭を下げるとリヴァイの前からいなくなった。
今までそーいう事がなかった訳ではない。
リヴァイが兵士長という役職についた途端に、女が寄ってきた事も多い。けれど兵士長だからこそその手には乗らなかった。勿論ながら女に興味がない事ではない。ただ今のリヴァイには女よりも巨人を討伐し、この世界を変える事が最優先だった。
そもそも、最優先になるような女と出逢えてなんていなかった。
「なんだ?見てんじゃねぇ」
ド低い声でそう言うと名前はちょっとだけ肩を透かしてバレたか、なんて笑う。その顔にリヴァイの心は少なからず癒されていた。
確かに名前はこっぴどくフッてからしばらくはリヴァイに近寄っても来なかった。けれどある時から急にこうしてハンジの使いをするようになって、最初こそはガチガチに緊張していたものの、いつの間にかこうしてリヴァイの部屋で少しだけ気を抜くようになっていたなんて。
「じゃあ紅茶淹れてもいいですか?」
リヴァイのデスクには空になったカップが一つ。それを覗き込むようにして名前がニッコリ微笑んだ。小さく舌打ちをした後、リヴァイは「頼む、」そう言った。
「どうぞ」
「あぁ」
飲むのを待っているかのよう、名前はジッとリヴァイを見つめていて、仕方なくリヴァイはカップを指先で持ちズズッと紅茶を啜った。
続けて三口程飲んでから視線を名前に移す。
「うめぇ。悪くねぇな」
リヴァイの言葉に一瞬歓喜の顔をしたものの、名前はすぐに真面目な顔になる。
「なんだ?なんか言いてぇ事があるなら言え」
「…いえ、壁外調査が近いので、生きていたらまたこうして紅茶を淹れにきてもいいですか?」
調査兵団に入った時からその命はいつ失ってもおかしくない。これまでもたくさんの人の命が奪われてきた。命を脅かされた兵士達は五万といる。その中でもこうして今ここで生きているのはある意味奇跡なのかもしれない。
人類最強と呼ばれているリヴァイですら、その瞬間は訪れてしまうかもしれない。
後悔せずに生きる事なんてきっと誰にもできない。
「名前、ここに来い」
「え?あの、」
手を伸ばしたリヴァイは戸惑う名前の細い腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
もしも次の壁外調査でどちらかが命を落としてしまったら、こうして触れ合う事などもう二度とできない。
一度ぐらい素直になってもいいんじゃなかろうか…
「約束しろ、絶対に死ぬな。決して諦めるな、必ず俺がお前を助ける。俺を信じろよ、名前」
「リヴァイ兵長…」
「戻ったら…ちゃんと言ってやる、それまでお預けだ」
頬をやんわりと撫でると名前が目を細めて笑う。そんな風に笑う名前を、願わくばずっと見ていたいーー呆れるくらいにずっと…
リヴァイは胸に生まれたその気持ちにそっと手を当てた。心臓の動いている今のこの気持ちを忘れまいと。
◆
「ナナバさん、ミケ班長!!奇行種です!右から一体きます!」
赤い円弾を打ち上げた名前は大声でそう叫んだ。瞬足でこちらに近寄ってくる13メートル級の巨人に思いっきり恐怖を感じずにはいられない。
「俺が行く!ナナバは援護してくれ!!」
「了解!」
名前にはとてもじゃないけれど討伐も補佐も難しいであろう奇行種。普通の巨人と戦う事すらままならないというのにこんなの相手にはとてもじゃないけど生きて帰れる自信がなかった。
ミケ班所属の名前とリヴァイ班のリヴァイとの位置はすこぶる離れていて、ここからリヴァイを呼んだとしても到底届く距離ではない。けれどあの日を思い出して名前はキッと自分を強く持とうと瞬き一つしないで見ていた。先輩の精鋭たちの活躍を。
「名前!気をつけろ、正面から一体くるぞ!」
言ったのはコニーで、視線の先、正面から15メートル級の巨人が気色悪い顔で近づいてきた。
ナナバもミケもまだ奇行種と戦っている。この巨人はコニーと名前でやるしかない。
「俺が行くから名前は援護しろ!」
「了解!コニー死なないで!!」
「縁起でもねぇこと言うなよお前、」
苦笑いでコニーが立体機動で走り出す。その後ろ、見失うことなく名前も着いていく。
コニーが巨人の背中に飛び乗ると大きな手で払い除けられて指先がほんの掠めた程度だったけれど、バランスを崩してドタンと地べたに転がった。
「コニー!!!」
そう叫んだけれど既に巨人の視線は名前をしっかりと捉えていて…
怖さと緊張で臓器が口から飛び出しそうになるのを必死で堪えて名前は立体機動で巨人の腕に飛び乗った。
「コニー待っててね、必ず仇を取るから!!」
狙うはうなじ。まずは巨人の身体を走ってうなじに到達しなければならないのに、ブンブン腕を振るから振り落とされそうになってまた立体機動で逃げる。うなじを取れなきゃ討伐はできない。このままだと犬死にしてしまう。諦めてたまるか!と、名前は空高く飛んで巨人の後頭部に着地する。
ほんの一瞬見えたチャンスを逃すことなく名前は立体機動をうまく使って巨人のうなじを削ぎ落とした。
途端に倒れて蒸気をあげる巨人に、急いで下で倒れているコニーの所に行く。
「コニーコニー!死んじゃやだよっ!」
「いや死んでねぇよ。助かったぜ名前、ありがとうな。でも俺生きてるから」
「うーよかった!!」
ギュッとコニーの腕を握って引き上げるとふわりと身体が中に浮いた。おかしいなぁなんて名前が不思議顔をしていると、コニーの顔面蒼白な顔が見える。
「名前っ!!!!」
大声で叫ぶコニーに、自分が今、巨人に摘まれているんだと気づいた。動くこともできずに足元で巨人が大口開けるのが分かった。
食べられる、死んじゃう!!!
ポロリと涙が溢れた瞬間「諦めるなっ!!!リヴァイとの約束を思い出せ!!」聞こえた声はナナバで。どうしてナナバがリヴァイとの約束事を知っていたのかは分からない。けれどその一声で名前はハッと我に帰り、口に放り込まれる寸前、剣を顔にぶっ刺してそこに降り立つ。
そうだ、生きて帰らなきゃ約束は果たせない。
死んでたまるか!!と、名前はありったけの勇気と力を振り絞って巨人の顔面から飛び降りた。
パキンと足が折れた音がしたけれど、そのまま立ち上がる。激痛が足に走って立ってられそうもない名前をナナバの立体機動がシュッと通り過ぎざまに抱えてそのまま逃げた。
「ナナバさん、」
「間に合ってよかった。名前を失ったら私がリヴァイに殺されるからな!もう安心しろ、よく頑張ったな」
ナナバの言葉に名前は安心して目を閉じた。
疲労と骨折で意識が遠のいていく中、遠くに見えたのは、馬に乗ってこちらに来るリヴァイの姿だった。
◆
眩い光で目が覚めた。
壁外調査を終えた兵団は壁内に戻って来て1日が経っていた。
ベッドの上、名前を覗き込んでいるのは大好きなリヴァイで。
「起きたか」
「兵長、私…」
「まだ動くな、肋骨2本と、右足首が折れていやがる。それでも生きててくれりゃ何とでもなる」
クシャっと髪を撫でてくれるリヴァイにトクンと名前の心臓が脈打った。
目が覚めて最初にリヴァイと会えるなんて奇跡以外の何物でもないんじゃないかとすら思えた。
少し目の下に隈のあるリヴァイにそっと手を伸ばすと、空中でその手をリヴァイにギュッと掴まれた。
「もっと傍に…」
「あぁ」
トスッとリヴァイが名前のベッド脇に腰掛けた。両手でリヴァイの手を掴んで握る名前の姿は痛々しいけれど、それでもやっぱり生きている事が全てであるこの世界で、またこうして2人が再会できてよかったと思える。
「あの時ナナバさんが、諦めるな!って言ってくれて、リヴァイ兵長との約束を思い出したんです。だから生きて帰ってこれました。リヴァイ兵長…また会えてよかった、」
言い終わるかの所でふわりとリヴァイが名前を抱きしめた。
思ってもみないそれに名前の心臓は爆音を鳴らす。
本当によかった…その思いでリヴァイは強く自分の胸に名前を抱きしめた。温かい体温が名前の生きている証であって、その温もりにリヴァイもそっと目を閉じたんだ。
「それならナナバに頼んでおいたかいがあったな。名前、こっち向け」
リヴァイに両頬掴まれて顔を上げられる。こんなに間近でリヴァイに見つめらるなんて誰が想像しただろうか。何もかも初めてのこの展開を、それでも怖いなんて思うことはないんだ。
「この世界にいる限り、俺たちはいつでも死と隣り合わせだ。だが不幸に思うな。こんな世界にも希望はある。俺はお前を絶対に死なせない。ーー名前、お前が好きだ。ずっと俺の傍にいろ」
「…一番にしてくれるんですか?」
「そうだ、喜べ。いつの間にかお前は俺の一番になってやがった。…訂正してやるよ、あの時の言葉。いいか、約束だ。どんな事があっても俺はお前を諦めない。名前が最優先事項だ」
「リヴァイ兵長ッ、」
堪らず抱きつく名前をリヴァイはまた強く抱きしめた。夢にまで見たリヴァイからの最優先事項発言に心が踊るのは言うまでもない。
「あの兵長、もう一つお願いしてもいいですか?」
「なんだ?」
「その、…もっと触れてくれませんか?もっと、」
リヴァイの三白眼がほんのり見開く。無言で名前の頬に手を添えると、ゴキュッと唾を飲み込む音が響いた。けれど止める気もなく、リヴァイは名前の後頭部に手をかけてそのままゆっくりと自身に引き寄せた。
んちゅっと触れ合う唇が緊張の熱を帯びてそっと離れるも、「もっと」不意にもれた名前の声にクッて喉の奥で笑いを噛み締めたリヴァイがグイッと腕で引き寄せて乗っかるように名前に覆いかぶさった。
誰もいない病室で開いた窓からは桜の花弁がヒラヒラと舞落ちている。
さらさらと心地よい風がカーテンをユラユラと揺らす中、リヴァイは名前の唇を何度も甘く重ねていた。濡れた唇を舌でなぞると「ンウッ」って名前から甘ったるい声がもれる。
口内で名前の舌を捕まえると存分に絡ませるから水音と混ざって舌が絡まるなんとも言えない音がこの部屋に充満する。
それでもこの行為を止められないのは、恐怖を知ってしまったからなのかもしれない。
せめて今この
