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「行くなッ!!」
そんな言葉を言う資格はないと言うのに、一体どうしたいのかも自分で分からないくらい、乱されていた。
けれど時に、覚悟を決めなければならないこともある。
◆
よく聞くだろう、もっと早く出会っていたら。
彼女と出会うより前に、名前と出会えていたのなら。
そんな御託を脳内で並べているリヴァイは、職場の部下である名前と2人、夜道を歩いていた。
自分たちの仕事が一区切り着いた今夜は部下を引き連れてみんなで飲んでいた。
その帰り道、リヴァイと最寄り駅が同じであった名前はほろ酔いでへらへらと笑いながらリヴァイの隣を弾むように歩いていた。
「ぶちょー見て見て、月が綺麗です!」
車道との境目に柵はあるものの、酔っているせいでフラつきながらも空を指差す名前に苦笑い。すぐにその手首を握ってやる。
「あぁそうだな。分かったからフラフラすんじゃねぇ」
「むぅー。せっかく愛の告白したのに何その返し!ぶちょーは女心を分かってないですねぇ」
あまりにとんちんかんな名前の言葉に一度短く溜息を着いた。告白されていたとは気づくわけもない、こんな酔っ払い相手に…そう思うリヴァイだけれど、どうしてかこの名前には多少なりとも甘さが出てしまっている事に気づいていた。
「悪かったな」
「えー今のフラれたの、わたし。えええ、無理ぃ!ぶちょーにフラれたら生きていけないですぅッ!」
年齢よりずっと幼く見える名前は、その童顔な外見とは裏腹に仕事に関してはしっかりと丁寧で、ミスも少なかった。
強面なリヴァイに対しても、最初から好意的に話しかけてきて、そーいう外見や役職だけを見て話しかけてくる女とはどこか違っていて、名前の気持ちは素直に受け止めてしまいたくなる程だった。
「くだらねぇ事言ってんな、お前にはちゃんといい相手ができるから、心配すんな」
「ぶちょーに言われとうないです。好きな人にそんな事言われたら、死にたくなる…」
急に真面目な顔になった名前は繋いだ手をスッと振り払った。離された手が一人空を舞うけれど、不意にリヴァイのジャケットの裏ポケに入っていたスマホが着信のバイブ音を静かに鳴らした。
見なくても誰だか分かるその相手に大きく溜息をついた。
「んな事で死なれちゃ困る。言えよ、どうされたいんだ?」
馬鹿げた言葉だと思う。そんな事を聞いた所でリヴァイには叶えてあげられるわけじゃないのに。
だけど名前はキラキラと輝く瞳でリヴァイを真っ直ぐに見て、小さく言ったんだ。
「リヴァイさんの一番にして」
背伸びなんてしなくとも届くその距離。一歩近づいた名前が、止まっているリヴァイの唇に自分のをそっと重ねた。まさか名前からキスされるなんて思ってもみなかったリヴァイは、トンと勢いで後ろの電信柱に背中を着く。その間もずっとバイブ音は鳴りっぱなしだ。
「オイ、」
「はーい」
「なんのマネだ」
「自分の感情に素直になった結果…です」
それを内心嬉しいと思ってしまうリヴァイ。今すぐこの場で名前を抱きしめて自分だけのものにしてしまいたいという願望が心の底から沸き起こってくる。
「お願い。電話、出ないで…」
チッと舌打ちをしたリヴァイは裏ポケから出したスマホの電源をその場でオフにした。
見つめる名前を引き寄せてそのまま唇を味わう。
誰も知らない月夜だけが、2人の影が重なり合うのを静かに見ていた。
「悪い、仕事が立て込んでいて、急な出張が入って連絡できなかった」
翌朝、名前の部屋のベランダでそんな電話をかけるリヴァイを、ベッドの中でシーツにくるまったままただボーッと見ていた。
ずっと恋焦がれていたリヴァイとそうなったものの、心の中は満たされている訳じゃなかった。
手に入ったなんて言ってはいけないこの関係に、身体だけが繋がった事で余計に虚しくなったのはどうしてだろう。
欲しいのは、身体だけではなくリヴァイの心。
それが手に入らない限り、名前の心のモヤはとれないんだろう。
「自分から誘ったのに、馬鹿みたい」
胸が痛くてリヴァイが一人で帰り支度をするのも、眠ったまま気づかないフリをした。
◆
「は!?リヴァイ部長と!?」
「シー!!声がデカいよ、ジャン!!」
慌ててその口を手で押さえた。
仕事終わり、同期のジャンと2人飲み屋で先日のリヴァイとの事を話した名前は苦笑いでジャンを見つめた。
完全に呆れた顔のジャンだけれど、「まぁなんとなく分かってたけど、」なんて言ったんだ。
ジョッキビールをごくごくと飲み干すとジャンはすぐに店員におかわりを頼んだ。
カウンターの隣、「え?分かってた!?は?」真ん丸の目でジャンの言葉を待っている。
小皿に乗った枝豆を一つ口にほおり投げたジャンがカウンターに肘をつきながら名前に視線を向けた。
「あぁ。お前ら好きあってんのが周りにもダダ漏れだったからな」
「…うそぉ、」
「いやでも、他の奴らは部長もお前を好きかは定かじゃねぇと思うが、俺はまぁ分かってた」
「…そっかぁ」
「で、どーすんだ?お前分かってんよな?リヴァイ部長は、ピクシス専務の娘さんと婚約中だ。壊すなんてことしたら首だぞ、お前も、たぶん部長も」
ギュッと太腿に乗っている手を握りしめる名前。
ジャンの言っている事は事実で、それが現実。
自分のしてしまった事に後悔はない。気持ちに従ったまでだ。けれど、気持ちだけで解決できない事のが世の中は多い。
「どうして私の方が先に出会えなかったんだろう」
泣いても仕方がない。泣いた所でなんの解決にもならない。でも零れ落ちる涙を止められないでいる。
自分が恋愛で泣くなんて、思ってもみなかった。
「泣くぐらい好きなら腹くくれよ、名前。お前がそんなんじゃリヴァイ部長も動けねぇだろ。あの人が何も考え無しで行動を起こすなんて俺には思えねぇ。名前との未来を見たからそうなったんだろ?信じろよ、自分の好きな男を」
バシンと背中に一つジャンの喝が入った。勿論涙も止まった。
「ジャンありがとう」
「べつに」
リヴァイを信じようと心から思った矢先だったーーーー
「よかったら皆さんで召し上がってください。作りすぎちゃって。リヴァイさんの好物なんです、紅茶によくあって美味しいって…」
ニッコリと微笑むその人はピクシス専務の娘さんで、リヴァイの婚約者のユリア。
綺麗にデコレーションされたアップルパイを両手にここに乗り込んできた。
「どうぞ、名前さんも」
完璧な笑顔で手招きされるけれど、何故名前を知られているのかを思うと恐怖しかない。
背中を無駄に冷や汗がつたう。
「…すいません後でいただきます。私打ち合わせがあって、失礼します」
デスクに置いてあった書類を全部抱えてフロアから飛び出した。
リヴァイは会議でもうすぐ戻る頃だから顔を合わせたくない、そう思って小走りで移動するも、「名前?そんなに急いでどうした?」すぐに捕まってしまった。
タイミングがいいのか悪いのか、ここにはリヴァイと名前しかいない。
「あの、あの私…」
「リヴァイさん!こんな所にいらしたの?」
2人の後ろから聞こえた声にリヴァイが目を大きく見開く。
「ユリア、何してんだ、お前」
「アップルパイ作りすぎちゃって。貴方の職場見てみたくて。あら名前さん、打ち合わせじゃ?」
スッとリヴァイの掴んでいた腕を抜いて「失礼します」頭を下げてその場から去った。
チッと小さな舌打ちが聞こえたけれど、名前は足をとめなかった。
バチが当たったんだと思えた。
人様のものに手を出したから。
もうダメだと、恋の終わりを覚悟するしかなかった。
それから一週間後、リヴァイに呼び出された。
もう2人では会えない…そう言われるんだろうと思うと胸が痛くて足が動かなくて待ち合わせ場所になかなか辿り着けずにいる。
既に散ってしまった桜の木。緑色の葉をチラつかせていて足元には落ちた花弁が沢山あって、ピンク色の絨毯のようだった。
こんな気持ちでなければもっと素敵に見えるのだろうと思うと、自分の置かれた状況下に溜息すら漏れてしまいそうだった。
それでも名前は一つ息を吐き出すと、ゆっくりと待ち合わせ場所であるそこへと行った。
少しづつ見えてくる人影に近くまで来た名前はハッとしてくるりと向きを変えると来た道を戻ろうと足を早めた。
でもーーーー
「行くなッ!!」
リヴァイの声と腕を強く握るその温もりに足が止まった。
「離してください」
それでもそう言ってしまうのは、そこにユリアも見えているから。
リヴァイを信じる、信じないでは収まらないであろう、名前との関係。
名前の震える腕を掴んだリヴァイはグッとそのまま自分の方に引き寄せる。そしてユリアに向かって「すまない、本当に悪いと思ってる」そう告げた。
せめてユリアが嫌な女ならよかった…
だけれど、好きな人の一番の幸せを願えない本気なんてこの世にはきっとない。
リヴァイと名前を真っ直ぐに見つめるユリアは、小さく呟いたんだ。
「私の名前にバツをつけられるくらいなら、婚約破棄された方がマシです」
誰も傷つかない愛があればいいのに…そう思わずにはいられない。
名前の前で、ユリアに頭を下げるリヴァイを見て胸がいっぱいになった。
「申し訳ありませんでした」
同じように頭をさげる名前に、リヴァイは情けなくも胸を熱くする想いだった。
結局、リヴァイとユリアは婚約破棄という形で終わった。
名前との事を表沙汰にしないでいてくれたユリアには感謝しかない。
だからしばらくはこの関係を誰にも知られぬように過ごそう…とリヴァイは言ってくれた。
それもこれも、どれもが名前の為だと分かっている。
どんな守り方でも、リヴァイの愛は消えないでいてくれた事が全てだと思えた。
「それにしてもリヴァイがフラれるなんて、あなた一体ピクシス専務のご令嬢にどんな失礼な事をしたの?」
「…黙れメガネ。てめぇには関係ねぇ」
「そーやってご令嬢にもキツく当たったんだろう?リヴァイは女の扱い方を勉強した方がいいんじゃない?」
「余計なお世話…」
「ぶちょおおおお!!!傷心のぶちょお!!大丈夫ですか??心の傷は新しい恋で癒すのが1番ですよぉ!」
リヴァイの言葉を遮って登場した名前に、ハンジやエルヴィンが笑う。
「名前よ、俺を満足させる自信はあるのか?」
「あります!!女に二言はないですっ!」
「ほう。それなら満足させてみろ」
「はいっ!」
敬礼のポーズで名前がリヴァイの横につくと、フッと小さくリヴァイが微笑んだ。
いつもと変わらない日常がそこにあった。
