結婚願望
女の幸せ=結婚なんて方程式は絶対に有り得ない…と、名前は思っている。
週休二日の初日である土曜日は、社会人にとって貴重な休日である。それが一人暮らしというならば、溜まった洗濯物、布団も干したいであろうし、部屋の掃除、食材の買い出し…ありとあらゆる事をたったの2日間で行わなければならない。
1週間みっちり仕事をして週末は自分の為だけの時間…そこにオトコなんてさらさら必要ないと常々思ってきた。
地元の友達とのタコパに呼ばれた名前は、尽く断り続けていたせいで等々痺れを切らした友人たちが一人暮らしである名前のアパートに乗り込んで来た。
まるで抜き打ち調査か、家宅捜索か、呼び鈴と共に大荷物を持ってきた友人たちに自宅をジャックされた。まだ掃除機もかけていないし、布団も干していない名前の部屋にズカズカと上がり込むご迷惑な友人たちが、人の部屋を物色して「ま〜だオトコいないの?」なんて言うんだ。
結婚して子供を産んで、その子供も一緒に連れて来て部屋の中はハチャメチャ。
物は落とすは汚すはでとてもじゃないけど冗談でも笑えなかった。
それでも大人だから大人だからと作り笑顔で半日を過ごした名前に、友人たちは笑顔で帰って行った。
誰一人として、名前の仮面の下の般若のような鬼の素顔に気づくことなく。
話した内容と言えば、家事を手伝わない旦那への文句と姑への愚痴。子供の幼稚園、保育園、小学校の行事の面倒臭さ、ママ友グループLINEの面倒臭さ、あげく、最終的には旦那との夜事情…ーー何故独身の名前がそれを聞かされなきゃならなかったんだろうか。
そもそも、愚痴っているがみんなそれぞれ自分で選んだ道なんじゃないだろうか?
結婚相手も、子作りも、自分で決めた事なんだろうに、なんでそんな無責任に文句を垂れているのか不思議でならなかった。後出しジャンケン程馬鹿げたものは無い。
確かに世の中には理不尽な事は沢山ある。
それでも、幸せだと信じた先の未来をまるで見せられているようで、名前は結婚という未来を今だ見れずにいた。
だけれど、あまりにうるさすぎたせいか、独りになった途端、急激に寂しさに襲われた。こーゆう時、心を許せる恋人がいたら、少しはいいのだろうか?
そう思っていない訳でもなかった。
「オイ雨雲背負ってんぞ、ひでぇ顔だ」
諸々大掃除を終えてスーパーに買い物に行こうにももう閉まっている時間で、仕方なくコンビニで今夜のご飯を買おうととぼとぼと歩いていたら、そんな声がして振り返る。
「なんだーリヴァイか」
「てめぇ、せっかく声掛けてやったのになんだその態度は」
サンダルをカラカラ鳴らして歩く柄の悪いリヴァイを横目で見た名前は、話す気力もなく力なく笑うとそのままコンビニに入った。
名前と同級生のリヴァイ。お互い独身で同じ地元で一人暮らしをしている2人はアパートも近くて、こうして偶然会うことも時々あった。
「オイ名前!」
追いかけるようにコンビニに入ってきたリヴァイが名前の横に立つ。
「なーにぃ?今日ユイやエリ達がきて疲れてんのよー。ミヤコなんて安定期だろうけど身重で来たんだよー。タコパってたこ焼き機わざわざ持ってきて子連れで私の部屋を荒らして帰って行ったから今の今まで掃除してたの。お陰でご飯買う時間も作る時間もなくてコンビニだよ。しばらくたこ焼きはいいやってくらい食べたんだよねぇ」
たらこスパゲティを手に取るとそれをスコっと籠に入れた。それから缶チューハイと、食後にアイス。それを手にレジで会計を済ませてコンビニを出た、リヴァイも一緒に。
「また集まってたのか?」
「そう。もうよくない?正直私、あの子達の話聞いてても何も楽しくなかった」
嘘ではなかった。そんな名前の言葉にリヴァイはいつ買ったのか、コンビニ袋の中には缶チューハイが数個入っていて「うちで飲むか?」そう誘った。
特に予定もない名前は一つ息を吐き出してから大きく頷いた。
◆
リヴァイは名前の話を全部全部聞いてくれていて、相槌一つ打ちはしないけれど、それでも言葉を遮ることなく聞いてくれていた。
そういえば、こうしてリヴァイとサシで飲むのは初めてかもしれないと、名前はリヴァイの綺麗に掃除されている部屋を見て溜息をつく。
ソファーの上、膝を抱えてそこに顔を埋める。色気も何もないジャージ姿の自分が妙に虚しく思えてしまう。
「で、お前はアイツらの話を黙って聞いてただけなのか?」
ほぼほぼ言い終えた名前に、リヴァイが静かに聞いた。ハイボールをゴクリと飲み込むと、喉の奥がカァっと熱くなる。
「だって、私が入る隙なんてなかったし、そもそもそんな話、結婚も出産もしてない私の前でする事なくない?完全に蚊帳の外だよ。名前は子供の面倒みるの上手いからよろしくね〜って言われた時点で私ってその為にいるようなもんだよね…」
「なら嫌だって断ればよかったじゃねぇか」
「は?無理でしょ」
「いいか名前。アイツらは確かに勝手な所はある。けどな、みんなお前を心配してるんだろう。お前アイツらの前で自分の気持ちちゃんと話してねぇだろ」
それは、問いかけるでもなく、正すような言い方だった。あの空間にリヴァイがいた訳では無いというのに、まるで見られていたかのような言葉だった。名前のグラスを持つ手が止まってリヴァイを見つめる。
「ミヤコが身重なのに来たって言ったが、裏を返せば、もし何かあったとしてもお前らと一緒なら大丈夫だって思って来たんじゃねぇのか?周りが一気に結婚しちまったのはどーしようもねぇ。だからってお前がそこでアイツらに距離も壁も作るなんて事はしなくていいんだよ。勝手にお前が自分は違うって距離作ってるからアイツらも心配して何度も何度も誘って来てんだろが。社会に出てからの友達でそんな風に気にかけてくれる奴なんか一人もいねぇぞ。名前の口から話し出してくれんのをみんな待ってたんじゃねぇのか、今日も。独りで抱え込むな、辛いなら俺にぐらい甘えても構わねぇ。何年一緒にいると思ってんだよ、クソが。それにだ、お前が結婚しねぇのはアイツらの影響云々じゃねぇ。お前自身が結婚しようと思ってねぇんだろ。本気で結婚する気なら、流行りのアプリだとか、紹介だとか出会う術はいくらでもある。面倒だと思ってるのはアイツらの影響じゃなくてお前自身だ。ちゃんと向き合え、いつまでも逃げてねぇで」
「なによ、リヴァイのくせに。正論言ってんじゃないわよ」
苦し紛れな文句を垂れるのが精一杯で。
それでも誰かにこんな風に分かっていて欲しかったんだって思えてしまう。
名前にとって、近くにいて独身でこうして話ができるのはリヴァイだけで、そのリヴァイがちゃんと名前の気持ちを理解してくれていた事が嬉しかった。
それと同時に、みんなのせいにして自分で壁を、距離を作ってしまっていた事を、今更ながら馬鹿なんじゃないかって泣けてくる思いだった。
リヴァイの言う通り、いつだってみんなは名前の言葉を待っていたのかもしれない。
それに気づかないで独りぼっちになったと思って心を閉ざしていた自分を哀れに思えた。
もしもリヴァイ以外の人が同じことを言ったなら、名前はこんな気持ちにならなかったかもしれない。
少なくとも、リヴァイはいつだって名前にも周りにも正しくいるような人だったから。
「泣くな、こっち来い」
リヴァイがソファーの隣に座って名前の頭を優しく撫でた。たったそれだけの事なのに、名前の心臓は驚くほど高鳴っていた。
蹲っていた顔を上げるとリヴァイが眉毛を下げて笑う。
「なんつー顔だ。ブサイクめ」
「うるしゃい」
「まぁでも…悪くない。俺の前では弱くていい」
世の既婚者たちよ。恋に落ちるのはこの瞬間で間違っていないよね?なんて心の中で問いかける名前は、甘えるようにリヴァイの方に身体を寄せると、迷うことなく抱きとめてくれる。
「ぐす…あったかい、リヴァイ」
「あぁ」
「リヴァイ」
「なんだよ」
「泊まっていってもいい?」
「…それはお前、」
「リヴァイは結婚しないの?」
「てめぇ」
「名前を一生面倒見てくれる素敵な人、近くにいないかなぁ?」
トサッとベッドを背に名前の視界はリヴァイと天井を捉えている。ゆっくりと名前に体重を落とすリヴァイがほんのり口端を緩めた。
「どこに目ぇつけてんだ、いるだろが目の前に」
妖艶かつ熱く揺れるリヴァイの三白眼が優しく微笑んだ。
