「逢いたい」
「逢いたい」と
見上げた空は漆黒の中、星がほんのり見える程度。
今夜も彼は、忙しいんだろう。
「名前さーん!今日空いてませんか?」
「え?今日?」
「はい!合コンの人数どうしても足りなくて…」
後輩が目の前で両手を合わせて懇願する。合コンなんてもう何年も行っていない。そもそも名前にはリヴァイという恋人がいるから。ただ、このリヴァイは営業部長という役職というのもあるが、本来の彼は仕事人間で、優先順位は一に、仕事…というような人だから、恋人の名前のと約束もしょっちゅうすっぽかしていた。
今夜は特に約束なんてしてはいなかったけれど、早く終わるならリヴァイのマンションで待っていようかと思っていた所だった。
金曜日のアフターは、恋人たちを幸せなひと時へと導くのだから。
ただ金曜日の夜程、リヴァイが仕事で遅くなる事が多く、ここ半年金曜日に日付が変わる前に彼が仕事を終えた事などただの一度もなかった。
ならば、いいかと。合コンといっても見知らぬ男女が食事を楽しむだけだろうと、名前は「うん、いいよ。人数に入れて!」なんて笑顔で答えたんだ。
…独りで待っているよりかはマシだと。
「ありがとうございます!!じゃあ定時であがって一緒に行きましょう!」
「うん」
ルンルンで花でも背負っているかのよう、後輩がスキップしてフロアに戻っていく。腕時計の針は午後4時。
リヴァイ以外の男性と食事に行くとも思っておらず、名前はほんの少しソワソワしていたなんて。
◆
飲み屋の個室に入り、向かいあわせで座った。
後輩からは恋人がいる事を言うなと言われ、名前は当たり障りのない自己紹介を終え、後は若い子たちの好きにさせようと、適当に相槌を打って食事をしていた。
「楽しめてますか?」
一時間が過ぎた頃、席替え云々で名前の隣にきた男性にそう聞かれた。キョトンとした顔で名前は「え?」聞き返す。
「いや何となく、苗字さんだけ空気が違うと言うかーーもしかして、人数合わせで連れてこられた、当たり?」
ご名答に名前はちょっと苦笑い。仕方なく「正解」なんて答えた。
「やっぱり。俺そーゆーの分かっちゃうんす。まぁ上司に普段から人の顔色を読め!って鍛えられてるんで」
空になったグラスを端に寄せるとメニュー表をさり気なく名前に渡してそれをすぐに注文してくれた。
「素敵な上司ですね」
「あぁ敬語いらないっす。俺のが下だろうし」
「…なら私も!」
リヴァイ以外でプライベートでこうして異性と喋ることも少なかったせいか、久しぶりにこうして知らない人と喋る事に、ちょっとばかり浮かれていたのかもしれない。
「普段はめちゃくちゃ忙しくて、金曜日に合コンに来れたのなんて半年ぶりで。今日はたまたま俺たちの班の仕事が一息ついて、いつもは鬼みてぇな部長も恋人とディナーでもするかって言ってたくらいで。あぁその部長ってね、マジですげー怖ええの。いつも眉間にしわ寄せてて、口数少ないと思ったら割とよく喋るし。頭が切れて回転も早くて発想もずば抜けてて、とにかく行動が早くて最初はどんな仕事も着いていくだけで必死で…。けど気づくとみんなから信頼されてて、今じゃ俺らもあの部長を慕ってるっていう。一見ただのヤクザかって思うんだけど、その怖さの裏にちゃんと優しさがあって、尊敬してるっていうか。けど彼女はちょっと可哀想だな。俺らよりずっと早く来て遅く帰ってるんだから、二人で過ごす時間もないだろなぁ〜って。俺なら愛想つかすかも」
まるでリヴァイのようだななんて、内心そう思う名前は、とても他人事のような気がせず、なんとなく微笑ましく聞いていた。
「確かに彼女は少し寂しいかもしれないけど、後輩にそんな風に思われるぐらいの上司なら、彼女はどこか誇らしいかもしれないね」
「なるほど!部長もそーいう相手を選んでるのかもなぁ。けど全く想像できねぇ。あの人が女の前でどんな態度とってるのか、」
「そんなにクールな感じなの?」
「そうそう。あー写真あったかな?見る?」
スマホのカメラロールをスクロールしていく彼に、興味津々でそれを覗き込む名前。無心で見ていた名前に、「あったあった、この人」指を止めた彼が見せた写真に時が止まった。
「ーーリヴァイ」
「え?」
名前の横で、苦笑いを返した彼。それで気づいた。名前は鞄の中に入れっぱなしにしていたスマホを取り出す。そこには久々にリヴァイからの着信があって。LINEを開くと【飯でもどうだ?】誘いのメッセージが入っている。
今日に限ってまさかのお誘いに、自分がいかに馬鹿かと思い知らされた。
「もしかして、苗字さんがリヴァイ部長の彼女?」
「ジャンくん、ごめんね。私帰る!」
財布から出した諭吉を後輩に渡して「足りなかったら後日払うから、今日はごめん!」盛り上がっている話の最中に割って入ってごめーん!と思いながらも名前はバッグとコートを取ると、それを片手に抱えて飲み屋を出た。
心臓が爆音を立てていて、開いたLINEのページで恐る恐る通話ボタンを押す。
【名前か】
「うん。ごめん気づかなくて…」
【構わない。今どこにいる】
「後輩に誘われて食事してて」
【そうか。ならそれが終わったら逢わねぇか】
「もうお店出た。今すぐリヴァイに逢いたい…」
今まで忙しい恋人に逢いたいと
でも違う…ーーこんなの違う。
【名前…】
「リヴァイに逢いたい、今すぐ逢いたい!!逢いに来て!!」
【どこにいる】
「駅前のパラディって飲み屋」
【すぐ行く】
それだけ言うとリヴァイは通話を終了させた。
あー言ってしまった。今まで良き彼女を演じてきたのが全部台無しだと自重的に笑う。
ただ、電話口のリヴァイの声は思ったより面倒そうには聞こえなかった。それが唯一の救いなんじゃないだろうか。
こんな我儘な女…愛想つかれてしまうだろうか。
そんな名前の心の内を落ち着かせようと、行き交う人の群れから2、3歩下がって空を見上げた。
「困ったな、もうリヴァイしか愛せないのに」
「オイ何の話だ、」
「え?」
聞こえた声に振り返ると名前の腕を掴んで少しばかり強引に胸に閉じ込めたリヴァイ。
久しぶりの感触を確かめる間もなく出た言葉。
「ねぇ早過ぎない?」
「当然だ」
息一つ切れていないリヴァイは、それでも頬は火照っていて、やっぱり全力疾走して来てくれたんだって分かる。
「まぁアレだ。名前の呼び出しに答えられるよう駅近くにいた。今日に限って仕事に目処がついて…もっと早くお前に伝えるべきだったな、悪かった」
ぎゅ、ぎゅ、って言葉と共に抱きしめてくれるリヴァイの背中にぎゅうっと腕を回して抱きつく。ほんのり香る汗の匂いに強烈な色気を感じた。
それにより、名前の理性が乱される。
あ、やば。キスしたい…。まるで抱かれている時のような発汗に胸が熱くなっていく。
「オイ名前」
「好き」
「あ?」
「好きよリヴァイ」
「…寂しい思いをさせた。俺の責任だ」
名前の耳を掠めるリヴァイの声が少しだけ掠れていて、彼を困らせてしまっているんだって思ったけれど言葉を止められない。
なんならこんなになるまで待たせたリヴァイが悪いとすら思えた。グリグリとリヴァイの肩に顔を埋め込む名前をまたぎゅっと強く抱きしめる。
「もう離れたくないよリヴァイ」
「あぁ」
「もっと逢いたいよ」
「分かってる」
「分かってない!分かってないからずっと寂しかった。だから今日も合コンの人数合わせだって」
「あ?なんだと?」
リヴァイの言葉に固まった。
そして思うーーしまった、ボロが出た、と。
言ってしまった合コンだったという事実。一秒前までとても優しかったはずのリヴァイの瞳は完全に据わって名前を、なんなら睨みつけている。ただ、そんな顔すらもかっこいいと思ってしまう名前はたぶん重症なんだろう。リヴァイという病気にはきっと勝てまい。
こうなったらもう最終手段だと、名前はリヴァイの手を引いて路地裏へと移動。小柄なくせに物凄い怪力なリヴァイを身体全部で引っ張ってくる。
「オイ合コンってなんだ?答えろ」
「答えない」
答えてやるもんか!と、リヴァイの綺麗な頬に手を重ねると、ほんの一瞬リヴァイの目が見開いた。
名前の腰に腕をかけているリヴァイの開いた脚の間に名前は自分の脚をそっと絡めた。
「名前」
名前を呼ぶリヴァイの唇に名前はそっと重ねる。目を閉じることなくされるがままのリヴァイに、一度唇を離した名前はもう一度同じように重ねた。それでもキスに答えてくれないリヴァイの唇を舌で割って口内に舌を入れ込む。ちゅって甘いリップ音と、リヴァイの呼吸音が漏れて…ーー気づくとリヴァイに両手首を拘束されていた。路地の壁を背にリヴァイの生温い舌が私の口内で激しく動き回る。下顎から歯列をなぞって舌をちゅうっと吸い上げる濃厚なキスにここが外だという事を忘れそうになってしまう。
「んうっ」
掠れた声が漏れるとちゅっと小さなリップ音を残してリヴァイの舌が離れた。
「足りない」
「言うじゃねぇか」
「全然足りないもん」
「あぁ分かった。行くぞ」
リヴァイはシレッと名前の手首を掴んだまま、路地裏から出るとすぐ様駅のロータリーにあるタクシーに乗った。
ワンメーターの距離をタクシーで走る間も握った手は離されることがなく、そんな小さな事を妙に嬉しく思ったんだ。
連れてこられたのはリヴァイの住むマンション。
玄関のドアを開けた瞬間、リヴァイの口付けがおとされる。
「悪いが優しくはできねぇぞ」
そう言いながらもちゃんと優しく抱いてくれる事を名前は知っている。
散々甘ったるく名前を抱き潰したリヴァイは、ベッドの上でミネラルウォーターをごくごくと飲み干してその薄い唇を開いたんだ。
「言いたい事があるならちゃんと言え。話ぐらいちゃんと聞いてやる」
「もう言った。逢いたかったのリヴァイに。」
「そうか。仕事が落ち着く事はこの先もそうねぇと思う。だが、名前に逢いてぇと思うのは俺も同じだ。これからは逢いたいと思ったらすぐに言え。夜中だろうが明け方だろうが逢いに行く。お前がここに来てくれても構わねぇ」
そこまで言うとリヴァイはベッド横に備え付けてあるデスクの引き出しから鍵を出した。
何のアクセサリーもついていないただの鍵。
お前に渡しておく、そう言って合鍵をくれたリヴァイ。
シーツから顔だけを出してリヴァイを見ていた名前の髪を柔らかく撫でてくれる。
どーしよう。キスしたい、今すぐ。またあの強烈な理性の乱れに名前はふぅと一つ息を吐き出して言う。
「リヴァイ、キスして」
素直に口にすればリヴァイは身体を斜めに倒して名前の唇を甘く濡らしてくれる。
一度触れ合った唇は、また何度となく重なり合ってゆく。
チラリとデスクの上に投げ出されたシルバーボックスに手を伸ばしたリヴァイ。箱に後何個入っているのかを手探りで数える。
「喜べ、あと3回はできるぞ」
クッと喉の奥を揺らして笑うリヴァイに名前は笑った。
「もう腰が痛くて3回もできない」
そう言うとリヴァイは名前の頬をムニュっと摘む。続けて囁かれた彼の言葉に、名前はゴクリと喉を鳴らすんだった。
「で、合コンに行ったのか?回答次第では3回じゃすまねぇから覚悟しろ」
発汗なのか、冷や汗なのか、なんだかよく分からない滴が名前の背中をつたったなんて。
