何でもない日の愛してる
目を覚ますと見慣れた天井だった。掛かっている布団だったりベッドだったり、至る所から彼の匂いがする。それだけで心が落ち着く、そんな存在である。
モゾモゾと寝返りをうつと、リビングの方からスリッパの音が聞こえて、カチャリとドアが開くと「起きたか」ちょっとだけ掠れた勝己の声に視線を合わせた。
「かっちゃん私」
「職場で倒れたって連絡入って、迎えに行った。覚えてねぇだろ」
覚えてないかも。コクリと頷くと勝己の手が乱暴そうにこちらに投げ出されたものの、額に触れた手は熱くて優しい。眉間に皺を寄せた勝己はチッと舌打ちを零す。
「全然熱下がってねぇな。寒くねぇか?」
そういや布団がガチガチに掛けられていて暑くて目が覚めたんだ。全身びっしょり汗をかいている。
「暑いかも。熱上がってるんだと思う」
「あぁ。ちょっと待ってろ、着替え持ってくっから」
ベッドに腰掛けていた勝己が離れていくのがなんとなく嫌で、その手を掴んで握りしめた。
「あ?なんだよ」
「…分かんない。なんでだろ」
へへって笑うも、勝己は真っ直ぐに私を見て息を吐き出す。そしてもう一度ベッド脇に腰掛けると、ふわりと私を横から抱きしめた。
「どうした名前。寂しいんか?どこにも行かねぇよ、今日は家にいる。だからンな顔すんな…」
高熱のせいで潤んだ瞳で勝己を見つめる私のおデコをピンと指で弾く。一体私はどんな顔をしているのだろう?でも離したくない気持ちは変わらなくて。なんならこのままキスぐらいして欲しいと思っている。うつったら大変なのに。熱が出るとどうにも人恋しくなるものなんじゃないだろうか。
「かっちゃんもうちょっとこうしてたい」
私の言葉に勝己はまた深く息を吐き出すと、ポスッと私の背中に腕を回した。何も言い返す事なく、背中をトントンと子供をあやすように撫でてくれるそれがとても心地よくて目を閉じて勝己の肩に顔を擡げる。
「今日は優しいね」
「あ?いつも、だろが。寝惚けてんじゃねぇ」
「ふふそうだね。いつも優しい。じゃあいつも優しいかっちゃん、お願い一つ聞いて」
「ンだよ」
「キスしたい…」
「は?」
「キスゥ〜。やっぱダメかな?うつっちゃうし、」
「…構わねぇけど、いーのか?」
「ん。したい」
言ってしまった。どさくさ紛れに、結構な言葉を。
頬に手をかけて顔を寄せる勝己に私も目を閉じると、直ぐにンチュっと唇が重なるーー。
だけれどすぐに離れていった唇が、頬と鼻の頭とおデコとに小さなキスを落とした。
「ダメ、もっとして、ちゃんと」
「馬鹿がァ、これ以上したら止めらんねェ」
一度スイッチが入ったら止まらない事は知っているし分かっている。それでも今…止めて欲しくないと思ってしまうこの気持ちはどうすればいいのだろう。ギュッと勝己の腕を握る私に、勝己の溜息が漏れた。
「どうしたんだ、てめぇ…。会社でなんかあったんか?」
慣れない仕事でいっぱいいっぱいになっていた事もあって、息抜きという息抜きもできておらず、身体に出てしまって倒れたんだと思う。
忙しい勝己に余計な心配をかけたくないって思っていたけれど…
「かっちゃんって意外とよく見てくれてるんだね」
「失礼な。ったりめーだろ。なんかあったんなら話せ。俺が解決してやる」
「ふふ、うん。頼もしいな、ありがと。でも大丈夫だよ、今のキスで全部満たされた」
「…オイ、」
「え?」
「もっかいさせろ」
「ん」
唇を突き出すと間髪入れずに唇が重なる。トサッと後頭部を抱えたまま勝己に押し倒される。口内を暴れ回る舌をちゅるりと舐めとられ…呼吸があがる。覆い被さる勝己のクリーム色の毛に指を差し込むと勝己がリップ音を鳴らして唇を離す。そのまま舌を首筋に這わせて首筋をチュッと吸い上げる。
このまま抱かれたい…そう思うけど…
「クソッ!さっさと熱下げろ。下がったらすぐ抱くからな」
乱暴にそう言われるけれど、クシャっと髪を撫でる手はやっぱり優しくて。
ほんの少し勝己の温もりに触れて気持ちが満たされてゆくのを感じた。
何かがあるという訳ではないけれど、こうしてただ抱き合って触れ合うだけでも、私の心は満たされるんだと知る。
「かっちゃん大好き」
「知ってる」
「愛してるよ」
「それも知っとんぞ」
「ん。かっちゃんも言って?」
「………ーー俺も愛してる」
スッと立ち上がった勝己は、「着替え持ってくる、」振り返ることなくそう言うと部屋を出て行った。耳が真っ赤になっていたから照れているんだって分かる。私のメンタルも弱っているんだって分かって、普段言わない愛してるが聞けた事が嬉しくて、熱で身体は怠いけれど、たまにはこんな日もありかなって思う。
