偶然の出逢い

人口の約八割が特異体質を持って生まれてくるこの世界は、悪に戦うヒーローが正式に職業化されている。
ヴィランだけを野放しにしているわけではなく、自分の個性を使って悪さをしようとしている奴は沢山いた。その全てに立ち向かうヒーロー達は幸せの象徴であって、生きていく上で必要不可欠だ。
個性を大っぴらにして派手に戦闘するヒーロー達を尻目に、私苗字名前はひっそりと生活していた。

ーーそう、今日この時までは。


「えっと、これは…」

目の前には目を閉じて意識を失いかけているヒーロー。こんな片田舎にもちゃんとヒーローは来てくれるんだと分かったのはいいけれど、一体全体どうなっているの?
動物病院に務めている私は急患もなかった為、お昼を買いに外に出ていた。大通りの方が騒がしいから何かと思って見に来てみれば、どうやらヴィランが現れた様子。制服を着た警察官とパトカー。他にも数人ヒーローがいるようだけれど、この人はいきなりこっちに飛んできたと思えばピクリとも動かなかった。
数年前の雄英体育祭等でテレビ放送されていたのを見ていたから知っている。この子は爆豪勝己。ちゃんとヒーローになっていたんだ。学生の頃は相当荒れていたようだけれど、そんな彼も今や市民を守る一人だ。

「あの、大丈夫ですか?どこか痛みますか?」

身体を揺するけれど、全く反応がない。見たところ小さな擦り傷や火傷のような怪我はあるけれど、命に別状はなさそう。脳震盪を起こして意識を失っているんだと思われる。ぺちぺちと頬を何度か叩いたけれどやはり反応はなかった。ここで大人しくしていればそのうち目を覚ますだろう。けれど彼はヒーロー。そしてまだ戦いは続いている。すぐに加勢したいに違いない…ならば…
私はキョロキョロと辺りを見回す。幸いな事に煙が上がっていてよく見えない。クリーム色の彼の髪をやんわりと撫でるとそっと顔を伏せた。

パチっと目を開くとすぐ様起き上がったヒーロー。

「いって、…あ?おいお前、大丈夫か!?怪我はねぇか!?」

自分の怪我云々よりも私の心配をしてくれるヒーロー。

「私は無傷です。それより大丈夫ですか?脳震盪を起こして意識を失っていましたよ」
「俺はどうってことねぇ。ここは危険だから保護して貰え、」

言葉を止めたヒーローはハッとした顔で私を抱きしめる。何事!?そう思った時にはもう何かが爆発していて…彼のお陰で私は難を免れた。

「す、すみません。あの、」
「あぁ、悪いな」

スッと離れたヒーローは、肩から血を流している。黒いコスチュームが敗れて露出された筋肉質な太い腕はたぶん折れていて、ダラりと血が流れ落ちてくる。

「あなた、怪我!!」
「別にどうってことねぇよ。それよりまた爆破に巻き込まれたらもう助けてやれねぇ。誰か保護できる奴いねぇのか、クソッ、…なにしてる」
「いいから黙って」

彼の傷口に舌を這わせる私をゾッとしたように見下ろしている。そりゃそーだ。見ず知らずの女に傷口舐められるなんて有り得ない。
だけど数秒後、彼の腕は骨折も傷も何もかもが治っていて…

「お前それ個性か?」
「…ええ。たぶん治ってると思うので、骨折も。その傷全て治せますが、治しますか?」

かすり傷と火傷を見て小さく問うと瞬きを一つすると、真っ赤な瞳を私に真っ直ぐ向けた。

「右脚の捻りも全部」
「今すぐ治せ」
「なら目閉じて下さいね?」
「はぁ!?」

有無を言わさずヒーローの肩に腕を伸ばすと、背伸びをして彼の唇に自分のを重ねる。一瞬怯むように一歩後ずさったものの、無言でそれを受け止める彼の舌に自分のを絡ませると、無意識なのかそれに応えるように彼も舌を絡ませた。爆豪勝己は頭の回転も速いって聞いたことがある。だからこの人は私の個性のあり方を一瞬で理解したんだと。ほんの少し戦場から離れるように口付けを深めると、彼の傷口はどれもこれもが塞がっていく。

「完治しました。それから私の抗体も貴方に入ったので、怪我もしにくくなるはずです」

不思議顔でその場で身体を動かすヒーローは、私を見て薄い唇を開いた。

「名前…なんつーんだ?」
「え、」
「どこで仕事してる?」
「…そこの、動物病院ですけど」
「名前は」
「…苗字名前です」
「助かったぜ苗字名前。そこまで送る」

ひょいっと抱えられると彼は手から爆破を出して空を舞った。すぐに病院前に下ろされる。何かを言うものかと思いきや、もう彼はこちらを振り返ることも無く戦場へと飛んで行ってしまった。
火の粉はこの病院の方までは来ていない。今のところヴィランもこっちには来ていない。きっと大丈夫、爆豪勝己が守ってくれるに違いない。
何故だかそんな確信があった。

この出逢いから3日後、私はまた彼と偶然出逢うことになるなんて思いもしない。