「なんかいい事あった〜?苗字さん」
仕事中、そんな事を聞かれた。
指が止まる。画面を見つめていた私は顔を上げて先生を見る。
「え、あの、」
「彼氏できたんだろ?確かあのプロヒーローの、」
猫と私を助けてくれたあの日、勝己が病院まで連れて行ってくれた時に先生にも会ったっけ。あの後先生に勝己の事を話したんだ。
「あーはい」
「上手くいってるみたいだね」
「顔に出てますか?私…」
「まぁそんなとこ」
無意識でニヤついてたりしたのか?と思うとそれこそ苦笑いだ。というか私、嬉しそうにしていたんだろうか?
思わず頬に手を添えて熱を確かめる。いつもと変わらぬ熱情の中に、ほんのりポッとしているのは気のせいだと思ってしまおう。時計を見ると間もなく定時の時間だった。このまま急患が無ければ今日は定時で上がれそうだ。勝己の好きな牛肉を買って今日は焼肉でもしようかと脳内を肉モードにした。
「お先に失礼します」
頭を下げて病院から出た。空は陽も落ちて星が瞬き始めている。夜風が涼しく肌を掠めて心地よい。夏から秋に変わろうとしていた。スーパーで買い物をしていた時だった、表が騒がしくなったと思ったら悲鳴の様な声と共に人がスーパーの中へとなだれ込んで来た。
「逃げろっ!!ヒーローを呼べっ!!無差別に人を刺している奴がこっちに来るっ!」
そんな誰かの声がして、ちょうど入口横にいた私は、包丁を手にした男と目が合った。やばい、逃げなきゃ!って思うのに怖くて脚が固まって動けなくて。男はそんな私に一歩一歩近づいてくる。声も出せずに動くこともできずに私はただ震えるだけ。テレビでよく見ていた、逃げればいいのに!と思っていたけれど、実際自分がそんな場に出食わせたら本気で動けないんだと今更思う。
怖いよ勝己、どうしよう勝己、
「ママー!!」
その時だった。泣き叫ぶ小学生ぐらいの女の子が走ってきて男の横を通り抜けた。だけどその女の子の背中を男は包丁で切りつけた。血がブワッ!と辺り一面に吹き出して、女の子はバタンと倒れる。それを見て皆がまた悲鳴をたげて逃げまくる。そんな逃げる奴らの方へフラフラと歩いていく犯人の男は私から視線を外してそちらへと追いかけて行く。私はやっと動いた脚で倒れている女の子の方へと走った。まだ息もあるし意識もある。
「怖かったよね。今助けるからね、」
女の子をうつ伏せにして膝に乗せると私は血の着いたそこに唇を落とす。見る見る傷が塞がってはいくけど、こんな傷を治したことの無い私はガクンと体力が持っていかれるような身体が壊れるような痛みを伴う。背中が割れるように痛い…ーーそう思ったのは本当に背中が割れていたからで。
「あれ」
「なにしてんだおまえ、」
いなくなったはずだと思っていた犯人が包丁で私の背中を切りつけていたんだ。勿論今まで背中を切られた事もない私は振り返るとこちらを見下ろす男と目が合った。
「名前ッ!!!!ぶっ殺すぞ、貴様!!!」
聞こえた勝己の声にホッと胸を撫で下ろす。よかった、ヒーロー登場だ。
「おいもう止せ!それ以上個性使ったら名前が倒れんだろ、もう子供は治ってるから、自分の傷を治せ」
「勝己、」
ギュッと抱きついて勝己の唇に自分のを重ねると少し気分が良くなった。そのまま勝己は私の背中に唇を落とす。するとやんわりと傷が塞がっていく。唇にキスをして唾液を勝己に入れる事で、そこに着いた私の唾液を背中に落としていく。
「よかった、傷が消えた。無茶しやがってェ…」
クシャッと私を抱き寄せた勝己は、ものの数秒で犯人を捕まえて警察に突き出したのだ。こんなにも怖かった私達の前で、勝己はヒーローの在り方を堂々とご披露したんだ。何もかもが違った。度胸も強さも。これが本物のヒーローなのだと思い知ったんだ。
◆
「大丈夫か」
「うん。ありがとう助けてくれて」
「…名前の個性、ちょっと訓練した方がいいのかもしんねぇな」
「え?」
「いやいい。今日はゆっくり休もうぜェ」
「ん」
勝己と一緒に家まで帰る。せっかくの焼肉もおじゃんになってしまってちょっとしょんぼり。勝己からしたらどうって事のない日かもしれないけれど、こんな日はもう二度と御免だ。
「どうした」
「うん?」
「元気がねェ」
「…ちょっと怖かったなって」
「だろーな。つーかあんな事そうねぇから安心しろ。この街でなんか起きたら俺がすっ飛んで来てやる。…こっち来い」
ソファーに座っていた勝己が手を伸ばして私を呼んだ。隣に座るとふわりと抱きしめられた。何も言わずにただ抱きしめてくれる勝己に目を閉じると勝己の唇が重なる。キュンと子宮の奥が疼く。顎に手を触れさせて角度を変えて何度も何度も唇を重ねる勝己に、私のアドレナリンも上がっていく。背中の傷ももう治っている。だけれど何となく気持ちが晴れないのはあんな出来事の後だからだろう。
トスッとソファーの上で押し倒されると、勝己のスマホが着信を知らせる。チッと舌打ちをした勝己はスマホ画面を見ると着信をとること無くテーブルに置いた。
「出ないの?」
「仕事じゃねぇ」
「でも、出たら?」
「…ーーンか用かよ」
ムスッとした顔で耳にあててそう言うと、電話口の向こう側から聞こえたんだ。
「爆豪どーいうことだよっ!!!お前女と公共チューしてたって、すげー噂だぞっ!!おい、答えろよっ!!」
私にまで聞こえる爆音だった。勝己は小さく溜息を着くと私に視線を移す。