定時間際、受付の電話が鳴った。
うちの病院は地域の保護活動にも参加していて、春は猫の繁殖が多く、外で産み落とされた猫の保護が1日に数件入ってくる事も多々あった。
ちょうどあがろうとしていたタイミングでその電話を受けた私は場所が近くだったせいかすぐ様捕獲器を持って車を走らせると、土手の高架下に蹲る猫を見つけた。捕獲器を置いて近寄る私に逃げもせずその場に佇んでいる猫の周りには生まれて数週間経っているだろう子猫もいた。餌を与えるとスリスリと脚に匂いを擦り付ける親猫は、私を見てニャアと鳴く。
「よしよし、赤ちゃんも一緒に保護するからね」
そう言って捕獲器に入れようとすると、慌てて逃げ惑う親猫。そのまま川の淵まで行ってまたニャアニャアと鳴いている。近づくと猫が鳴いている訳がすぐに分かった。大きな岩場の向こう側に虎模様の子猫が震えて動けずにいる。浅瀬の川でも子猫のいる所は少し流れが速く、一体どうしてそんな所に行ったのか不思議なくらい。キョロキョロと当たりを見回すも助けてくれそうな人はおらず、仕方ないやるしかないと腹を括った。
今私が逃げたらあの子はきっとすぐに死んでしまう。いつからあの場所にいたのかは分からないけれど、あの小ささで親から離れて生きてはいけない。それにきっと低体温で今にも命の灯火が消えかかっている様に思えた。
正直、泳ぎは得意じゃない。ついでに言うのなら水も苦手だ。川は浅くても流れが速い分溺れる事もあるのだと自分に言いかせると私は羽織っていたカーディガンを脱いでデニムの裾をあげた。何よりあの子の命を最優先しなきゃと、一歩川に脚を踏み入れたら、ツルっと滑ってその場でバシャンと尻餅をつく。物の見事にずぶ濡れ状態で逆に緊張が解けたのか、ゆっくりゆっくり川の真ん中ら辺にある大きな岩場へと歩を進めた。
まだ夏になりきっておらず、水は冷たい。早くあの子を助けなきゃって一心で最後の一歩を踏み出して岩場に到着した。ミャアミャアか細い声で泣き喚く子猫を掴んでシャツインした胸元に入れる。そのままゆっくり戻ろうとした瞬間、また足元がツルっと滑る。ヤバい、転倒する!そう思って何とか転ばないようにバランスを取ろうと動く私は、次の瞬間ものの一秒で川岸へと連れて行かれたのだった。
「無事か?つーか、何してんだよ、ンなとこで」
聞き覚えのあるその声に顔を上げると、ヒーローのコスチュームを既に脱いでいる爆豪勝己が私を抱き抱えている。
「あ、ありがとうございます。この子が岩場に居たから助けなきゃって思って…ーー怖かったぁ、よかった溺れなくて」
ふぅ〜と息を吐き出して、私は胸元から子猫を取り出した。一瞬ギョッとした顔をした爆豪勝己は「子猫か」ふわりと子猫を撫でる。確か、爆破が個性の彼は私より遥かに体温が高そうで。
「あの、この子低体温で危険なんです。温めてくれませんか?病院まで一緒に来ていただけたり、しませんか?」
「構わねぇ。今日はもう終わりだし」
てっきり面倒だと断られるんじゃないかって思っていたから、届いた返事に思わず固まってしまう。でも彼はそんな事気にもしておらず、捕獲器に入れた親子猫をなんなら反対側の手で持ってくれた。
変えの服もないから仕方なく私は落とせる汚れは落として車に戻ると爆豪勝己と親子猫を連れて病院へと急いだ。
「先生、この子川の岩場で震えてて低体温なんです、急ぎで看てください!」
タオルで包んで爆豪勝己と一緒に院内に入ると、先生は爆豪勝己を見て驚いた顔を見せたもののすぐに処置してくれた。心配だからと親子事今夜は病院で預かってくれる事になり、私は漸く安堵の息を漏らした。
「あの、大丈夫そうです。ありがとうございました。とても助かりました」
頭を下げる私に爆豪勝己は「お前、名前だろ?」いきなり名前で呼ばれてドキンと心臓が音を立てる。
「この前の個性…なんで名前はこっちの世界にこねぇんだ?お前なら活躍できる場がもっとあんだろ」
そうだ、私はこの人に自分の個性を使ったんだった。
まるで私と話す事を待っていたかの様、爆豪勝己は静かに私の隣に立った。
確かにヒーロー事務所に行けばこの個性は大いに使えるのかもしれない。いや、どの道無理だろう。自由にコントロールできるのなら私だって人の役にたつ仕事がしたいと思った。
「爆豪さん。私は今の仕事を自分で選んで誇りをもってやっています。確かにヒーローは凄いです。この前も今日も貴方に助けて貰わなかったらまた違う現実になっていたと思います。でも…この力はコントロールとか制御とか難しくて…沢山の人に共有できるものじゃないんです、だからすみませんがもう私には関わらないでください」
その場で頭を下げると私は何か言いたげな爆豪勝己を残して病院を後にした。