東京卍會

願い事、二つ


時計の針が間もなくてっぺんを指そうとしていた。なんだか眠れなくてベランダに出て星を眺めていたんだ。
学校で嫌なことがあった訳でもないし、友達と喧嘩をした訳でもない。だけれど、なんとなく眠れない夜があるって事に最近気づいた。

「流れ星、流れないかなぁ〜」
「なんだよ、願い事でもあんのか?」

聞こえた声に隣を見るとベランダのダッシュボードの向こうに金色の髪が揺れているのが見えた。お隣さんの松野さん家の千冬が柵に腕をかけてこちらを見ている。

「なんだ千冬か。てゆーかこんな夜中に何やってんのよ」
「いやそれ、名前も一緒だろ。つか俺よりお前のが危ねぇし、一応オンナなんだから」
「一応って失礼な。ちゃんとオンナオンナしてるもん」
「へぇ〜」

なんて言いながらも千冬の視線が私の胸元に移るのが分かった。勿論お風呂も済ませて寝るだけだからノーブラだ。それに今着ている大きめのTシャツはペラペラで、少し屈めば胸なんか容易に見えてしまう。思わず手を胸元に添えるも、千冬は「見ねぇから安心しろ」いいのか悪いのか、複雑だ。

「千冬は楽しかった?」
「は?なにが、」
「今年の夏…。あんまり夏っぽいことしてなくて…お祭りとか花火とかプールとかそーゆうの全部パスしてたから、今頃なんか寂しいというか、虚しいというか、悲しいというか…」
「あー線香花火やるか?残ってんだわ」

トクンと胸が脈打つ。
でもここはベランダだし…そう思うけど線香花火が物凄く魅力的に思えて「やりたい」そう言うと、千冬は「ちょっと待ってろよ」楽しそうに口端を上げると一旦部屋の中へと戻って行った。
すぐに足音が聞こえてベランダに千冬の姿が見える。

「そっち行くわ」

そんな言葉と共に、ベランダのダッシュボードを乗り越えて私の部屋の前にストンと軽々着地した。
手には線香花火が入った袋とライターが握られている。
窓を全開にしてそこに腰掛けると千冬が線香花火を一本私に差し出した。

「で、なんだよ名前の願い事って」
「へ?」
「さっき言ってたじゃねぇか、流れ星見てぇって」

そういやそんな事言ったかも。特に願い事を叶えたくて言ったわけじゃなくて、なんとなく見たかった。
都会の空にはそんなに頻繁に流れてくれはしないだろうけど。でも静かな夜は時々流れる事を知っている。
見上げた空には今夜も星が瞬いていて、夏の夜の風が私と千冬の間を音もなくすり抜けていく。

「願い事なんてないけど、なんか眠れなくて…星見てたら流れ星でも流れないかなって思っただけだよ」
「ふーん」
「そういう千冬は願い事あるの?」

私の問いかけに空を見上げた千冬。喉仏が動いてそれがなんだかとてもセクシーに見えてしまう。千冬相手にときめくなんて、今日は変な夜だな。
カチッとライターに火をつけた千冬は、私の手にしていた線香花火の先端に火をつけてくれる。数秒ジッとしていると、花が咲いたように火花を散らす線香花火に思わず頬が緩んだ。
子供の頃は団地の前でよくみんなと手持ち花火をしたけれど、大きくなる程みんなで集まることもなくなっていった。それが寂しいわけでもない。きっと大人になるというのはそーゆう事なんだと思うし。いつまでも子供の頃と同じようには過ごせない。
パチパチと小さな音を立てて揺れているオレンジ色の花火と、鼻をつく火薬の匂い。夏の終わりを予感させる線香花火に黙って見とれていた私を、千冬の大きな猫目がにゅいっと覗き込んだ。

「俺の願いは一つだけ。場地さんとこれからも一緒に居たい…それだけだよ」
「付き合ってんの?千冬たち、」
「馬鹿ッ!!そーゆう意味じゃねぇよ」

紅くなってる千冬がちょっと可愛い。どんだけ場地くん好きなんだって話。確かに場地くんカッコイイけど…

「分かってるよ〜。でも相思相愛で羨ましいなー!私も彼氏欲しい」
「だから違うっつってんだろ!それに俺はお前のこ、と…」

売り言葉に買い言葉なのか、そこまで言った千冬は、ハッとした顔で言葉を止める。めっちゃ気になるし、続き。ただ、残念ながらこの流れからいくと、千冬は私の事好きなのかもしれない…ーーそう思ったら途端に今この瞬間がめちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。

「あ、と、勝負!そう、勝負しよう!どっちが長く落ちないでいられるか、ね!」

話題を逸らしてそう言うと千冬は「いいけど」そうぶっきらぼうに答えた。

一本づつ線香花火を手にして、千冬がカチッとライターをつけると同時に先端をライターの火につけた。私の花火が先に花を咲かせていくも、すぐにそれに続く千冬の花火。

「ねぇ」
「あ?」
「私が勝ったら一つ言うこと聞いてよね?」
「あぁ。俺が勝ったら…ーー抱き…いや、言わね。勝ったら言う」

だき?え、なに?超気になる。さっきから何なんだ、千冬の奴。どんどん大きく広がってゆく私と千冬の花火。パチパチ言いながらも持っている指が緊張で軽くプルプルと震えてしまう。

「あ、もうちょい頑張れ私の花火!」
「フッ、俺のも負けんな!」

オレンジ色の火花を散らす私たちの花火は、「「あ!!」」2人同時にポトっと下に落ちたんだ。
瞬きを繰り返す私を見て千冬が前髪をクシャっと撫でた。

「しゃーねぇ、名前の願い事、一つ聞いてやる」

ニカッと笑う千冬に、私は無意識で聞いたんだ。

「千冬が勝ったらーーだき…の後はなんて言うつもりだったの?」

トクトクトクトク爆音を鳴らす心拍数の意味が知りたくて。私は千冬をジッと見つめる。また紅くなる千冬は、一度俯くと大きく息を吐き出す。顔を上げるとこう続けたーー

「俺が勝ったら、名前を抱きしめる…」
「…うん、いいよ」

火の消えた花火をウエットティッシュを乗せた新聞紙の上にポイッと落とす。
抱きしめる…そう言われたらどうしよう?なんて思っていたというのに、目の前の千冬に抱きしめて貰いたくなってしまっている私。だからそんな言葉を発した私をちょっと引き気味に千冬が目ん玉ひん剥いている。もしかしたら私は千冬とこうなる事をずっと待っていたのかもしれないなんて…。

「だから、いいよ、抱きしめても」
「マジで?」
「うん。千冬になら構わない」
「ンだよそれ、ずりーや」

ッハ!って笑った千冬は、立ち上がると私の腕を掴んで引き上げるように自分の胸に埋めた。鎖骨に唇が当たって、ベランダの向こう、千冬越しに見上げた空に、一つ星が流れた気がした。

「ねぇ千冬さ、私の事好きでしょ?」
「…言わせようとしてねぇ?」
「違うの?」
「いや、まぁそう。好きだよ」
「ふふ。よかった。嫌じゃないって事は、私も千冬が好きなのかな?」
「なぁ名前…、もう一個俺の願い、聞いてくれねぇ?」

容易に分かった千冬のお願い事に私は「仕方ないなぁ」なんて言いながらもそっと目を閉じてみた。こんな瞬間に頭上で星が流れたら最高にロマンティックだよなぁ、なーんて小さく思いながら。


-fin-