三ツ谷くんからの連絡はまだ来ていなかった。けれど、私を護衛してくれている人達は相変わらず居て。
確かにトーマンはメビウスをノシたはずだけれど、三ツ谷くんは今も私に護衛隊を付けている。まだ何か危険に晒される事があるのかもしれないけれど、三ツ谷くんとどうしてもお祭りに行きたいと思ってしまうのはどーしようもなかった。
こんな日に「逢いたい」と言ったら三ツ谷くんは逢いに来てくれる?
「雨、降りそうだな」
どんより曇り空を見上げた私は三ツ谷くんに逢える事を期待してこの日の為に買ったお気に入りの浴衣を着て、お祭りへと足を運んだ。
「りんご飴一つください」
真っ赤なりんご飴を一つ手に私は縁日の屋台を見て回る。
「名前!」
不意に名前を呼ばれて振り返ると息を切らしている三ツ谷くんがそこに居て。眉毛を下げて私を見下ろしている。私は逢えた喜びで三ツ谷くんの腕の中に飛び込んだ。
「三ツ谷くんっ!どうしても逢いたくて、きちゃった!」
そう言うと、ポンと頭に手が乗っかる。もしかしたら護衛隊くん達が三ツ谷くんに連絡したのかもしれない。私がお祭りに行ってるって。それで走って私の事捜してくれたんだって思うと嬉しくて、つい大胆な行動に出てしまった。それでもそんな私を抱き留めてくれる三ツ谷くんは、ちょっと肩の力を抜くように笑った。
「タイミングいーのか、悪いのか…」
「ん?」
「いや。一緒に回ってやりてぇのは山々だけど、まだ片付いてねぇんだわ、色々。俺らの抗争にお前を巻き込みたくねぇ…ーーこのまま帰れ、名前」
トクンと胸が音を立てた。
見つめる三ツ谷くんの瞳は真剣で、笑顔一つ零していない。醸し出す声も雰囲気も
唇を噛み締めて俯く私に、「頼むから、帰ってくれよ…」追い打ちをかける三ツ谷くんの言葉。
「傍に居たい…三ツ谷くんの」
ポロリと出た本音に三ツ谷くんの顔色が変わったような気がした。視線を外して辺りを見回す三ツ谷くん。それと同時に、空からは大粒の雨がポツポツと降り始めてきた。お祭りの夜に雨とか最悪。可愛く纏めた髪も、薄らとしているメイクも、お気に入りの浴衣も何もかもが台無しだ。神社の中をみんなが雨から逃げるように走ってどこかへ消えていく。私たちも大きな木の下で雨宿りをしようとそこに留まった。
前髪から滴り落ちる雨の雫が頬を濡らす。それを手で拭ってくれる優しい三ツ谷くん。三ツ谷くんだってびしょ濡れなのに私に雨がかからないようにって隠してくれていて…
「分かった、帰る」
「え?」
「一瞬でも逢えたから、それでいい」
本当はそんな事思っていない。雨だろーがなんだろーが、三ツ谷くんと一緒に居たい。三ツ谷くんが一緒なら全ての出来事が私の中で素敵な思い出に変わる。怖くても三ツ谷くんが一緒なら耐えられる。
でも、それと同時に三ツ谷くんを困らせたくないと思えた。困った顔の三ツ谷くんは見たくない。
「名前…」
「でも約束して!」
「ん?」
「用事がすんだら、私のところに帰ってきて…三ツ谷くんの居場所は私の隣だって…思いたい」
人間なんて恋をしたら、みんな我儘になってしまう生き物なんだろうか?私はどうしてもどうしても三ツ谷くんを独り占めしていたい。トーマンのみんなより誰より三ツ谷くんの傍にいたい…なんて思ってしまっている。
そしてその想いを止められない。三ツ谷くんに受け止めて欲しい…ーー困らせたい訳じゃないというのに、矛盾した気持ちに胸がチクリと痛いなんて。
ポンと頭に手を置いた三ツ谷くんは、そのまま私を引き寄せて抱きしめた。雨で濡れて冷たくなった三ツ谷くんの身体を温めてあげるように私も抱きしめ返す。
しばらく無言で抱き合っていたけど、「名前…」名前を呼ばれて顔をあげる。
「お前いい女だな、マジで。どんだけ俺を夢中にさせんだっつーの」
「…三ツ谷くん」
「少しこのままで居ようぜ」
そう言った三ツ谷くんは、私の頬に手を添えて身体と同じくらい冷たくなった唇を私のに押し当てた。
目を閉じて三ツ谷くんの唇の感触を脳に焼き付ける。ザーザーと鳴り響く雨音に紛れて、私たちの舌が絡まる音が小さく耳を刺激する。キスが深くなる程、三ツ谷くんと私の吐息が溢れて、どれくらい抱き合ってキスをしていただろうか…。
漸くリップ音と共に離れたそれは、透明の糸すら引いていてエロティックだ。
「もうちょっとだけ、」
離れてしまった事が寂しくてそう言うと、三ツ谷くんはクスっと笑って「同感だ」そう言うとまた唇をハムッと甘噛みされた。三ツ谷くんの動きに合わせて私も三ツ谷くんの唇をハムる。気持ちよくて目眩がしそうなキス。
ほんのり開いた隙間から舌を入れ込むと、口内を三ツ谷くんの舌が舐め回す。逃がさないと言わんばかりに舌を絡めとってちゅるりと吸い上げられるとすぐに息が上がる。ハァと漏らせば三ツ谷くんの舌が唇をなぞって出て行った。そのまま首筋に移動して浴衣の襟を手で広げると、鎖骨の辺りに吸い付かれる。ちゅうとそこで吸い上げた後、唇を離す三ツ谷くん。満足気に微笑んで私の頬を撫でた。
「この印が消える前に名前んとこに戻るから、俺を信じて待ってろよ」
「…うん。そしたらずっと…」
「あぁ、傍に居る。つか離す気ねぇし、名前の全部、貰うつもりだから覚悟しといて」
覚悟ならもうとっくにできている。
三ツ谷くんが好きだと気づいたその日から私の身も心も、三ツ谷くんの物でいいって思っている。
私は三ツ谷くんの首に腕を回して背伸びをすると、自分からその唇にキスをした。すぐに三ツ谷くんの腕が背中に回って交差する。0センチの距離で交わすキスにあと少しだけ酔いしれていたい。
それでも時間は止まってくれない。ちゅっとリップ音と共に「じゃ行ってくる」そう言った三ツ谷くんは、私に背を向けて雨の中走り出す。少しの後、三ツ谷くんのインパルスのエンジン音がどこかで鳴り響くのだった。