三ツ谷くんの香水の香りのする部屋で座ろうにもどこに座ればいいのか分からずウロウロとしていた私に、ポンとベッドの上にあったクッションを下に落とした三ツ谷くんは、洗面器に入れた氷をドンと部屋の真ん中に置かれた丸テーブルの上に下ろした。
それから勉強机の横に置かれたアクセサリーケースを指差すと「好きなの選んでいいよ。あーでも18kがいいからこの上段のやつな」覗くとそこには吃驚するくらい沢山のピアスがあった。いつも同じの付けてるように見えるけれど、ストックはいっぱいあるんだと溜め息が漏れる。
「これ可愛い…」
手にしたのはダイヤのついたシルバーのピアス。シンプルででも煌びやかに光沢を見せているそれはとても高貴に見えた。けれど三ツ谷くんは苦笑いでそれを止める。
「プラチナだったかな〜それ。ファーストピアスに慣れたらそれやるよ。だからさ、最初はこっから選んで」
眉毛を下げた三ツ谷くんが上段のゴールドを指差すから私は肩を竦めて小さく頷いた。
物色すること一分。手にしたそれに三ツ谷くんはニッコリと微笑んだ。
「それな。どっちから開ける?右?左?」
「右!右に二つ開けたい!」
「え、二つ?とりあえず一箇所開けるから、慣れたらもう一箇所開けなって」
「うん!そしたらもう一箇所は三ツ谷くんとお揃いにしたいなぁ」
何気なく言ったんだった。別に意識してるとかそんなんじゃなくて。一つだけのピアスが少し寂しげに見えたから。でも当の三ツ谷くんは垂れ目を大きく見開くと、ふぅ〜と息を吐き出した。胡座をかいて座り、伸びてきた手が私の耳朶を氷で挟む。冷たい刺激に顔を顰めると三ツ谷くんがぬいっと近づいてきた。
「そんな可愛い顔で言われたら普通の男なら即押し倒してるぞ、苗字。お前は隙がありすぎだ。言っとくけど…俺も一応オトコだからな!」
キョトンと目をぱちくりさせる私に三ツ谷くんの低めの声が鼓膜にこびり付く様に届いたんだ。
「え、三ツ谷くんはそんな事しないよ」
「そこまで信用しきられてるのもどーなの俺、オトコとして見られてねぇって…」
ブツブツと独り言の様に自嘲的に笑いながらも三ツ谷くんはまた小さく溜息を漏らす。
「ちょっと自分で氷持ってて」
「あ、うん」
だいぶ感覚が無くなってきた耳朶。三ツ谷くんから氷を受け取るとそれをまた自分で氷につける。
三ツ谷くんは大きめの安全ピンを取り出すと、それをライターで炙り始めた。ゆらゆらと燃ゆるライターの火の向こう、三ツ谷くんと目が合うと苦笑いで目を逸らされる。
「耳痛てぇ?」
「んーもう感覚無いかも」
「そっか。なら後少しだ」
しばらくライターで炙った後、消毒液に付けて安全ピンの雑菌を落とした三ツ谷くんは、そろそろって私の手から氷を奪い取った。押したり引いたり抓ったりで耳朶の感覚を確かめていて、全てに首を横に振る私を見て一つ大きく息を吐き出す。
「じゃあ穴開けるから、動かないでね」
「う、うん…」
「怖ええ?」
「うん」
「だよな。あーまぁ俺の服でも脚でもどっか掴んでていいよ。それから1回プチッて鳴ると思うけど、その後思いっきり奥までぶっ刺すから。ちょっと痛てぇだろーけど、我慢してな?」
丁寧に説明をしてくれる三ツ谷くんの声が緊張でよく聞こえない。とりあえず首をコクコクと上下に振って、私は目を閉じる。その際むんずと三ツ谷くんの制服の裾をギュッと握りしめた。
「そのまま目ぇ閉じてろ」
「うん」
「じゃ、いくぞ」
ギュッと目を強く瞑ると三ツ谷くんの指が強烈な強さで耳朶を掴む。感覚はないけれど、何か掴まれているような気はして、ほんのりチクンとした様に思えた瞬間プチっと耳に音が入る。あ、鳴った。そのすぐ後耳に何かが入り込んでくるようだった。ほんのり薄目を開けると三ツ谷くんの真剣な顔が近くにあってドクンと胸を大きく脈打つ。耳がジンジンと熱く、痛さは感じなくともジクジクしているような感覚でポロリと涙が一粒零れ落ちた。
「悪ぃ、そんな痛え?」
慌てた様に手を離す三ツ谷くんは、手鏡で耳朶を見せてくれる。そこには私が先程選んだ紫色の小さなピアスが綺麗に刺さっていて…
「か、可愛い!!三ツ谷くんありがとう!」
「いや、よかったよすぐ入って」
赤くなっている耳朶はちょっと可哀想だけれど、突き刺さったピアスを見ると自然と頬も緩んでしまう。手鏡片手に何度も耳に刺さったピアスを見て何度も微笑んだ。
「左も開けるぞ」
三ツ谷くんがまた氷を耳に宛ててくれて、私はコクリと小さく頷く。
「三ツ谷くんのピアスは誰が開けたの?」
「俺のはドラケン〜」
「あ、トーマンの人か。そっか三ツ谷くんって本当にトーマンなんだよね。さっきも追いかけられたし…」
急に現実的に思えて何故か気分が落ちた。そんな私を見て三ツ谷くんはポンと頭に手を乗せる。
「さっきはマジで悪かった。一緒に居る時は絶対ぇ守るから安心しろよ」
一緒に居ない時に狙われる事なんてあるのだろうか?
トーマンは勿論だけど、女が族に入る事はまずない。だけど、トーマンのメンズと仲良くしている女子がもしもこの先狙われる事になったりしたら、私は三ツ谷くんと距離をとったりしちゃうんだろうか…。
ギュッと三ツ谷くんの制服の裾を握る。さっきピアス開けた時に掴んだその場所を強く握りしめる。
「苗字?」
「三ツ谷くんともっと仲良くしたい」
「…苗字…」
「族なんて、怖くないよ私」
顔をあげた私の前、眉毛を下げた三ツ谷くんの顔は少し困っている様に見えたなんて。
何も言う事なく三ツ谷くんはほんのり自嘲的に笑うと、ポンと頭を撫でた。それからまた氷で耳を冷やして、炙った安全ピンを消毒液に付けると、その後左の耳朶のピアスホールを開けて、18kのファーストピアスをぶっ刺してくれた。
神経に触れると失神する事があるなんて事を聞いた事もあるけれど、三ツ谷くんは腕がいいのか器用なのか、失神する事もなく、しばらく雑談した後、妹たちを迎えに行くついでに駅まで送ってくれた。
帰り際に薬局でコットンと消毒液を買う私を監視するみたいに腕組みして見ていた三ツ谷くんは、なんとなく複雑そうな顔を見せていたけれど、私が近寄るとすぐにいつもの三ツ谷くんの笑顔に戻った。
「なんかあったら連絡して」
そう言って三ツ谷くんはLINEのIDを教えてくれて、その日私のスマホに三ツ谷くんが友達追加された。