まるでスローモーションだった。
相手をよく見て飛んでくるパンチを避けた後、三ツ谷くんの右パンチが相手の頬に突き刺さるように入ると、失神して後ろにそのままぶっ倒れた。それを数秒でここに居た6人全員ぶっ倒してしまった。一つ大きく息を吐き出した後、振り返った三ツ谷くんは息一つ切れていない。
「大した事ねぇのにいきがりやがってカス野郎共」
パンパンと手を叩くと三ツ谷くんは私の所に来て「無事でよかった」…ーー三ツ谷くんに抱きしめられるのは二度目だ。ふわりと鼻を掠める三ツ谷くんの香りも、この前と同じだ。トクン、トクンと胸が脈打っていて、とてつもなくドキドキする。
「…三ツ谷くんの弱点が私だってさっきアイツらに言われて…」
「え?マジ?いや、あーまぁ、ハハ。聞かなかった事に、できねぇよな。とりあえず送るよ」
ポスっと三ツ谷くんが私の頭を優しく撫でた手を肩に回して少し離れたバイクまで移動した。この前と同じ、自分で乗れるのにわざわざ抱き上げて後部座席に乗せてくれる。
「スカート気をつけてな」
カチッとまたヘルメットを被せて顎の下で止めてくれた。三ツ谷くんはバイクに跨るとエンジンをかけた。
「あ、待って、牛乳買わなきゃ!」
「え?牛乳?」
「うん。商店街のスーパーで牛乳買おうと出てきたの」
「はは、了解」
私を乗せた三ツ谷くんのバイクが商店街の入口で止まる。
「こいつ置いてくるからちょっと待ってて」
「え?一人で平気だよ、もうあの公園は通らないし」
「俺が嫌なんだよ!いいから待っとけよ」
クシャっと前髪を手で撫でられてトクンと胸が脈打つ。商店街の側にある駐輪場にバイクを持っていく三ツ谷くんは、すぐに戻って来た。私の隣を一緒に歩いて商店街の中の大型スーパーに入ると、「俺も買い物するわ」そういえば三ツ谷くんは手芸だけじゃなく料理も得意だった。
牛乳だけを手にしている私と違って籠に肉やら野菜やらを慣れた手つきで入れていく三ツ谷くん。物色している姿はまるで主婦の様で、安くていい物を選んでは籠に入れていった。
「今日はカレー?」
「はは、分かる?」
「うん。偉いよね三ツ谷くん。家の手伝いもして、学校でも手芸部部長だし、トーマンだし」
「いつでも嫁にいけんだろ俺」
クッて喉を鳴らして笑う三ツ谷くんに、どうしてか心臓がトクンと音を立てた。三ツ谷くんのいる右側だけ無性に熱くて…チラリと盗み見すると籠の中身を真剣な顔で確認していて、「あ、ヤクルトねぇや、マナに怒られるな」スタスタと飲料売り場へ行くとヤクルトを手にして戻ってくる。二人で会計を済ませてエコバッグに入れた食材をバイクの椅子の中に詰め込んだ三ツ谷くんは、また私を後部座席に乗せた。
「あのさ苗字、今日みてぇな事、またあるかもしんねぇ。今日はたまたますぐ近くに俺が居たから何とかなったけど…そうじゃねぇ事もあるかもしんねぇの。だからさ…これ持っててくんねぇか」
「え?」
三ツ谷くんはポケットの中からシルバーのドックタグを取り出した。私の目の前でそれをチラつかせて見せる。そこには何か文字が掘ってあって…
「俺の連絡先が書いてある。それから…中にGPSが入ってる。キメェと思ったら捨てていい。けど、鞄にでも付けてくれんなら…俺は安心できる」
分からない。三ツ谷くんの言っている事は分かるけど、これを貰う意味が分からない。そこまでして私を守る意味も…
無言でドックタグをじっと見つめる私に、三ツ谷くんは苦笑いで「あーやっぱ無し!やっぱキメェよな、こんなん」スッと三ツ谷くんはドックタグをポケットにしまい込んだ。
「なんでもねぇから忘れて」
ポンポンって三ツ谷くんが頭を撫でるとバイクに跨ってエンジンをふかす。その背中にコツっと頭を擡げて腰に腕を回す。安全運転してくれる三ツ谷くんのバイクに乗るのは少し慣れつつある。この香りも心地よい。確かに今日みたいにいきなり捕まったりしたら怖い。喧嘩なんてできないし、女だからってわいせつな行為をされる可能性もある。それは困る。…でもどうしたらいいのか分からなくて、ただ三ツ谷くんの背中にしがみつくだけしかできなかった。
「とーちゃく!」
あえて明るくそう言った三ツ谷くんは、ニッコリ微笑んで私をバイクから降ろした。家の前まで送ってくれたのは初めてで、一軒家の2階を指さして「あの窓が苗字の部屋?」なんて聞かれた。
「うん」
「そっか!んじゃあすこに明かりが着くまでここで見てるから、」
「三ツ谷くん」
ギュッと制服の裾を握ると三ツ谷くんの視線が必然的に飛んでくる。私を見ているのが分かるせいか、何となく恥ずかしくて…
「さっきのドックタグ、鞄に付ける」
キョトンと目を見開く三ツ谷くんに顔を上げる。垂れ目が真っ直ぐとこちらを見ていて...
「え、マジ?」
「うん。…守ってくれるんだよね?私のこと」
「あぁ守るよ必ず!」
「じゃあそれ、欲しい」
「お、おう」
さも嬉しそうな顔でポケットからドックタグを取り出した三ツ谷くんは、差し出した私の手の平にドックタグを乗せた。
聞いてもいいのだろうか、聞いても。
チラリと三ツ谷くんを見ると当たり前に目が合う。今まで教室でこんな風に目が合う事などなかったと思うのに、これからは私が三ツ谷くんを見てしまうんじゃないかとすら思えた。
「どうして弱点なの私…」
小さくボソッと言葉にした。もしかするとっていう疑問が一つ心にある。でもそんなのはきっと私の勘違いで…
ふわりと三ツ谷くんの手が不意に私の頬に触れた。途端にドキンと心拍数が最高潮、上昇していく。口をパクパクと動かす私に三ツ谷くんはコツっとほんのり屈んで私のおデコに三ツ谷くんのおデコをくっ付けた。
「そりゃ苗字に惚れてっからな俺が」
…トクン、トクン、トクン、トクン…と心臓が激しく脈打つ音が三ツ谷くんに聞こえてしまうんじゃないかってくらいドキドキしていて。身体中の血液が顔に集中しているかのよう、真っ赤になっていくのが分かる。動くことのできない私から離れると三ツ谷くんはくるりと私を反転させて「じゃあなぁ苗字」背中を押されるがまま、家の玄関へと入った。キッチンで夕飯の支度をしていた母に牛乳を手渡すとそのまま走って階段を駆け上がって部屋の電気を付ける。すると、家の前でバイクのエンジン音がかかって、それがすぐに遠ざかっていった。
「なによ、これ…」
胸に手を当てると自分でも笑っちゃうくらい心臓が脈打っていた。