恋 煩 い

「おー!行く行く〜」
「それ俺じゃねぇよ、ぺーやんだろ」
「安田さん悪りぃ、ちょっと遅れるけどすぐ行くから」
「ぺーやん俺の代わりにたけみっち連れて来てやってよ」


…なんだよ、おい。なんなんだよ、おい。昨日の今日で、朝から三ツ谷くんの声が異様に耳に入る。というか、どれだけの人が喋っていても三ツ谷くんの声だけが私の耳に入ってくる。というよりかは、脳に直接響いているようなそんな不思議な感覚だった。勿論どれもこれも私に話しかけている訳じゃないっていうのに、なんでこんなに三ツ谷くんの声だけが私に聞こえるの?私の脳ミソどうなってる?
三ツ谷くんが動けばその音を耳が拾って、三ツ谷くんの後ろ姿を目で追っている自分がいて…笑ってる横顔をまじまじと見て、うわ横顔綺麗…なんて思ったら心臓がドクドク蠢いていて。そういえば抱きしめられた時、思ったよりなんか胸板分厚かったとか、三ツ谷くんの柑橘系の香水ってどこのブランド?とか、三ツ谷くんの睫毛って長いよね…とか、今更なんかリアルに思い出しちゃって自分でも訳が分からない。顔が熱い…

「どうしよう…病気かも私」
「え?マジ!?どっか痛い?病院乗せてってやろーか?」

頬に手を添えて俯いてた私をひょいっと覗き込んでそう言ったのは、今の今も脳内を占領している三ツ谷くんだ。三ツ谷くんの手が触れた肩が燃えるように熱くて火が出そう。

「みみみみみみ三ツ谷くん!!!」

ギャッと三ツ谷くんから大袈裟に離れる私を見て彼は眉毛を下げて苦笑い。降参のポーズで私から一歩離れる三ツ谷くんに「あの、違うの!」真っ赤になっているのが分かる。でもでも、離れてしまった三ツ谷くんが寂しくて…慌てて三ツ谷くんの制服の裾を握った。離れた一歩を取り返すように自分で離れた距離をそっと詰める。

「いやあのさ苗字…。そんな真っ赤な顔でそんな風に掴まれたら…期待しちまうから、な、ほら離せよ。そーいうの、俺以外にすんなよ?男なんてどんな小せぇ事でも惚れた女相手だと、ストッパー簡単に外れっから、な!」

ポンって頭を撫でられて今度は頭頂部から火が出そう。胸が痛くて、三ツ谷くんの顔が近くて見れない。

「聞いてる苗字?マジで大丈夫?」

視線を合わせる三ツ谷くんに泣きそうな顔でコクリと頷いた。頷いたものの、正直三ツ谷くんの声は耳に入ってきても意味は理解できない。私に向けられたその言葉が理解できないなんて、どーいう事よ。
昨日ドックタグを貰って、三ツ谷くんの弱点の意味を知って…そこからずっと脳内に三ツ谷くんが住み着いている。目の前のこの人はトーマンの暴走族だけれど、クラスメイトの私を守ると言ってくれて…だからちょっと調子にのっているのかもしれない、私は。あの、三ツ谷隆に惚れてるとそう言われて。

「三ツ谷くん、昨日のって、う、嘘だよね?私をからかってるんでしょ?本当は」
「昨日の?…あー弱点な。いやほんと。つか嘘つく意味ねぇだろ。…もしかして、気にしちゃった?」

三ツ谷くんの言葉に羞恥を隠して頷く。そっか…そう聞こえた三ツ谷くんの声色がほんの少し落ちた様に思えた。三ツ谷くんはなぜかCAPを手にしていて、それをスポッと私の頭に被せるとその上からよしよしと撫でてくる。

「そんで今日の苗字ちょっと変だったんだな。悪りぃ、気づけなくて。けど気にすんなマジで。俺が勝手にお前に惚れてるだけだから。俺の女になれなんて言わねぇからさ。いつも通りの苗字でいてくれよな」

ポンと撫でると、三ツ谷くんはCAPを私から取る事なく「じゃあまたな」そう言って教室を出て行った。カラカラと踵を踏んだ三ツ谷くんの上履きが音を立てている。
完全に三ツ谷くんの音が消えてから私は漸く顔を上げた。もう教室には誰もいなくて、CAPを頭から取るとそれを三ツ谷くんの机の上に戻して置いた。いつも通りなんてできそうもないし、気にしなくていいと言われた事が何故だかショックだった。私だけが三ツ谷くんを気にしていたんだって現実が恥ずかしくて、とても悲しい気持ちになった。
それでも脚は自然と手芸部の作業している家庭科室へと出向いていて、部長の三ツ谷くん以外は全員女子だっていう手芸部を覗いて笑顔で女子と喋って笑う三ツ谷くんを遠くから見ることしかできなかった。自分でも何やってんだろ?って馬鹿げているのは分かっている。でもなんとなく思う…
もしかして私は三ツ谷くんが気になってしまっているんじゃないかと。それは、人としてとかじゃなくて、そうーー男として。
今までこれといって恋愛を謳歌してきたわけではない。彼氏だっていないし、いいなぁと思う人はいても、それが好きだという感情にまでいきつかなかった。だから知らないの、こんな感情。昨日からずっと三ツ谷くんの事が頭から離れなくて、学校に着いてからもずっと三ツ谷くんを目で追ってしまう自分を。これがもしも、恋だというのなら、私は恋愛に向いていないと思う。こんなモヤモヤした感情は御免だ。

「帰ろ」

これ以上女子と団欒する三ツ谷くんを見ていたくなくて私はくるりと反転すると下駄箱のある昇降口へと急いだ。また昨日みたいにハプニングで男に捕まったりしたら三ツ谷くんは助けに来てくれるのか?なんて無駄な事を思っていたからかもしれない…昇降口から見えた正門前にバイクが数台停まっていて、昨日三ツ谷くんにぶん殴られたであろう奴らが、昨日の倍以上の人数を連れてまるで待ち伏せしている様にこっちを見ている。たぶん私の顔は割れちゃってるだろうからここで出て行ったら確実に捕まるって思った。どうしようと立ち往生している私の目の前、いつから居たのか、たぶん敵であろう奴にお腹をパンチされて意識を失った。