モヤモヤの正体

いつの間にか、ピアスの穴はもうしっかりと開いていた。ファーストピアスを外しても小さく開いた穴が塞がらなくなった。変わることなくつけ続けている三ツ谷くんに貰った18kのピアスを指で触ると、まるであの日の三ツ谷くんがそこに居るかのように錯覚するなんて。
季節はもう夏に変わっていて、明日から学校も夏休みに入る。ますます三ツ谷くんに逢えなくなるんだと思うと、やっぱり私の胸はチクンと痛い。
同じ教室の中に居るのに、三ツ谷くんと目が合う事なんてほとんどなくなっていた。変わったことと言えば、柚葉って呼ばれている三ツ谷くんの彼女がよく教室に迎えに来るようになっていた。
終業式の為、体育館に移動する生徒たち。朝から何となく気分が悪く、それでも通知表を貰うだけだからって学校に来たものの、結構しんどくなっている。これもしかして熱あるかな?おデコや首に手を当ててみるけど、どこもかしこも熱くて分からない。梅雨があけて一気に体感温度が上がったんだと思う事にして私はみんなの波に紛れて体育館へと移動した。
部活で活躍した運動部の表彰式が終わる頃になると、意識が朦朧としていた。早く、早く、空気のいい所へ行きたいという思いしか脳内に無くて、校長先生の話を聞く余裕なんて今の私には欠片もない。
どうしよう、気持ち悪い…よろりと脚がふらつく。ギュッと手を握りしめてなんとか意識を保とうとするけど、それも限界で…とにかく立ってられないと思い、その場に座り込んだ。途端に視界が真っ暗になって身体が言う事をきかなくて、横たわる私をクラスメイトは吃驚してみんなが一斉に避けたんだ。ただ一人を抜かして。

「苗字?大丈夫?じゃねぇよな、せんせー貧血!俺運ぶからっ!」
「三ツ谷、先生が運ぶから」
「いやいや、触んじゃねぇよ、俺のに!!」
「おい、三ツ谷!!!」

遠くで聞こえた声が、三ツ谷くんだったらいいのにって思う。勝手に三ツ谷くんロスになった私の妄想かもしれないと目を閉じると、ふわりと身体が浮いた気がして私はその温もりの心地良さに意識を手放したんだ。




喉が乾いた…そう思った瞬間、意識が戻った。目を開けると真っ白の天井が目に入る。鼻をつく薬品の匂いにまだ頭痛のする頭を押さえた。ムクリと起き上がると「目覚めた?大丈夫?気分はどう?」白衣をきた保健の先生が心配そうに覗き込んでいる。キョロキョロと辺りを見回してもそこに三ツ谷くんの姿は無く、やっぱり私の妄想だったんだと、息を吐き出した。

「少しよくなったと思う。先生喉乾いた…」
「ポカリ飲める?」
「はい」

保健室の中にある小型の冷蔵庫からポカリスエットを取り出した先生はペットボトル事私に手渡してくれた。蓋を開けて極々と喉の奥に流し込むと、乾いていた身体に水分が入って、胃の痛みがほんのり和らいだ。

「苗字さん、寝不足だったんじゃない?」
「…眠れなくて、」
「何か悩みでもあるなら私に話してくれないかな?」

優しい笑みの先生にコクリと頷くと私は心の中にあったモヤモヤを掻い摘んで話した。
三ツ谷くんに言われた言葉の意味が分からなくて、考えているうちに朝になっていて…話したいのに関わるなって言われて、どうしたらいいのか分からなくて、結局眠れなくて…と。
話を聞き終えた先生はほんのり頬を緩ませて笑った。

「三ツ谷くんは、苗字さんが大好きなのね」

そしてそんな事を口にした。
小首を傾げる私に、先生は乱れていた私の髪の毛をそっと手で直してくれる。

「でも関わるなって言われました」
「そうね。先生が三ツ谷くんでも同じ事を言ったと思うーー大事だったら余計に」

トクンと胸が脈打つ。窓の開いたそこからは生温い風が入ってきて、ほんのりカーテンを揺らす。セミの鳴き声が止むことなく耳に入ってきて、余計に暑さを感じた。
ベッドの上の私の肩にポンと手を乗せると、「お迎えが来たみたいね」先生が楽しそうな声でそう言ったんだ。
お迎え?ママ?視線の先、ガラリと保健室のドアが開いて…「え、」私の鞄を持った三ツ谷くんがそこに居たんだ。

「先生苗字もう平気?」
「大丈夫よ!でも今日は安静にしておくこと。決してストレスになるような無理強いはダメよ」
「わーった。立てる?」

私に向かって手を差し出している三ツ谷くんは、あの日の三ツ谷くんで。この一ヶ月私の存在を無視していた三ツ谷くんでは決してない。私は三ツ谷くんの手に捕まってベッドから下りた。

「苗字さんお大事にね」
「はい」

手を振る先生を後に、私は三ツ谷くんに連れられて保健室を出た。
結構時間が経っていたのか、校舎内は閑散としていて誰もいない。三ツ谷くんは私の鞄を肩にかけて、反対側の手で私を引っ張って行く。歩くと揺れる左耳のピアスと、銀色の髪を半歩後ろから眺めながら着いていく。
下駄箱まで無言で歩く三ツ谷くん。何も言ってくれないから私も何も聞けなくて…せっかく二人でいるのに悲しくなってくる。お願い…なにか言って…沈黙が苦しくて一つ大きく息を吐き出すと、三ツ谷くんが慌てた様に振り返った。

「どうした?やっぱ具合悪い?」
「彼女さん、怒らない?」

そして、出てきた言葉はとんでもなく可愛げのない言葉だった。自分の想いとは裏腹に、こんな事を聞きたいわけじゃないというのに、自分を棚に上げて三ツ谷くんを責めてしまう。眉毛を下げて私を見下ろす三ツ谷くんは、完全に苦笑いを見せていて…ポリっと繋がっていない方の手で頭をかくと、自重的な笑みを浮かべて答えた。

「あーそれさすがに嘘。柚葉は彼女じゃねぇんだ」
「え?でも毎日三ツ谷くんの事迎えに来てるじゃん」
「んーだからそれ全部嘘。言ったろ…俺、お前への気持ちは変えらんねぇって」

よく分からないと眉間に皺を寄せると、頭痛でおデコが痛くて顔を顰めた。

「三ツ谷くんの言ってること、よく分からない。好きって言ったり、関わるなって言ったり…私はどうしたらいいの?」
「苗字…」
「三ツ谷くんの声ばっかり耳に入ってくる。三ツ谷くんの後ろ姿ばっかり目で追っちゃう。三ツ谷くんともっと仲良くしたいと思うのに、柚葉ちゃんと仲良く笑ってる姿見て、すごく悲しくて…」
「待てって苗字、」

三ツ谷くんが私の肩に手を乗せて言葉を止めた。その顔は珍しく動揺している。そして、確認するように私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「応えろよ、苗字。俺のこと、どう思ってる?」

低い三ツ谷くんの声が耳に届く。どう思ってる?そんなの…

「ーー好き、だと思う。それしかこのモヤモヤの正体に名前がつけられない」

ふわりと三ツ谷くんの腕に包まれた。安心できる三ツ谷くんの温もりに、グレーだった世界に色が入った様な、そんな不思議な感覚だった。