答えは3番!
「少しの間、勉強を見てあげて欲しいの」大学三年の夏だった。
母のパート先の同僚の息子さんの家庭教師を務めることになった私は週一回、そこに出向いている。
中学三年生だという場地圭介くん。厚底眼鏡と七三のピタッとした長めの髪を一つに纏めていて、きちんと制服を着こなしている至って真面目な生徒だ。
「場地くんここから間違っちゃってるかな。ほらこれ。ね」
「あ、本当だ。やり直します」
彼はとことん漢字が苦手の様で、数学とか英語とかの前にまず漢字の練習からだ…と、漢字練習ノートを彼に渡して練習させていた。存在しない漢字をよく作り出していてちょっと面白いなぁなんて思っちゃう私は家庭教師失格なのかもしれないけれど。
時々、顔に傷を作ってくる場地くんは、とてもじゃないけど喧嘩をするようには見えない。=誰かに虐められているんじゃないかと睨んでいる。そして今日も口端が紅くなっているのを見て私は眼鏡の下の綺麗な顔が可哀想…なんて小さく溜息をつく。
それに気づいた場地くんが、「苗字先生、何かあったんですか?」いやそれこっちの台詞だからって微笑む。
「場地くんは、人の心配より自分を大事にして」
「は?」
なんの事?なんて顔で眉間に皺を寄せる彼にそっと口端に指を当てた。切れ長の場地くんの瞳が大きく見開く。
「ここ、また紅くなってる。ねぇもしかして、高校生とかにカツアゲされたりしてない?それともジャイアンみたいな同級生に虐められたり…とか?」
年頃の子だから、あまり余計な事を言ったら傷付いちゃったりするかなぁと思い、控え目に言いたい所だけど、もしも本当に虐めだったら何とかしてあげたいとも思っている。とはいえ私なんかの力じゃどうにもできそうもないと言うのに。それでも子供を守るのは大人の役目であって、私だって大人の仲間入りぐらいしているから、彼を守る義務がある。じぃっと見つめる先、場地くんがいきなり大声で笑い飛ばした。
「え、なんで笑ってる?」
「いや悪い、今時ジャイアンはねぇーだろ」
…誰この子。
なにその口調…。急に口調の変わった彼を引き気味で見るも、その綺麗な顔を寄せるとニーっと八重歯を見せて笑った。
「カツアゲもジャイアンもねぇから安心して。悪いが喧嘩で勝てねぇ奴はマイキーだけだから」
「マイキー?」
どこかで聞いた事のあるような、ないような名前だった。なんだっけ?どこだっけ?脳内で答えを探すも見つからない。だけど場地くんの口調が変わったのはその一瞬だけで、次の瞬間にはいつもの真面目な場地くんに戻っていたから私もそれ以上の追求はやめた。
虐められてる訳じゃないならいいかと。
◆
間もなく大学が夏休みに入ろうとしていたその日、サークルの飲み会があって終電間近だったのもあって駅に向かって速歩で歩いていた。久しぶりに飲んだアルコールのせいか、急に気分が悪くなって道の途中でしゃがみ込む。あの終電に乗らないと帰れないのに、目が回って視界が狭まってくる感覚にとてもじゃないけど立ち上がれなくて、「おねーさんどーしたの?」蹲る私にか、そんな声が聞こえた。
「ちょっと気分が」
「大丈夫?家まで送ろうか?」
しゃがんだせいでさっきより少しだけ回復したけど、まだ胃がムカムカしている。ゆっくりと目を開けると、真っ暗だった視界に光が入ってきた。目の前には特攻服を着た男の子。げ、今どき時代錯誤の暴走族じゃん!
東京卍會と書いてあるそれに身を包んだ金髪の小柄な子が心配そうに見ている。左腕の刺繍には壱番隊副隊長の文字が入っているその子に「結構です」と伝えるも、「でも終電行っちゃったよ」なんてあっさりと言われた。分かっていたけど脚を止めた時点で。
「とりあえずベンチで休みなよ、俺水買ってくるから」
「…すみません」
こんな事になるなら途中で烏龍茶に変えればよかった。でもせっかくの飲み放題だし飲まなきゃ損!なんて思って調子にのったのが悪かった。今どき時代錯誤の暴走族の子に助けて貰うなんて失態だ…なんて思うも、とてもじゃないけど駅まで辿り着く気力さえなかった。
言われた通り、ベンチに座ってまた蹲っていると、「苗字せんせー?」聞き覚えのある声に顔を上げる。目の前には大きなバイクに跨って特攻服を纏ったロン毛の少年。見知らぬ人がなんで私の名前知ってんの?
「え、あの、誰?」
小さく絞り出すように言った言葉は、さっきの金髪の副隊長少年の声にかき消された。
「場地さん!!探しましたよもう。一人行動しないで下さいって言いましたよね?俺」
「おう千冬〜。悪りぃ悪りぃ、つかお前何してんだ?」
「いやこのおねーさんが具合悪そうに蹲ってたから水買って来たんすよ」
そう言うと金髪の副隊長はこちらを振り返って自販機で買ってくれたであろうペットボトルの蓋を軽く開けてからそれを私に差し出してくれた。素直に受け取りつつも脳内はハテナで埋め尽くされている。
「場地くん?」
「あー苗字先生の前ではガリ勉姿だったもんなぁそういや。そ、東京卍會壱番隊隊長、場地圭介はこの俺!」
ニカッと笑った時に見えた八重歯が、私の知っているあの場地くんと重なったーー
同時に先日場地くんの言ってたマイキーが、東京卍會初代総長、無敵のマイキーだと脳内に流れ込んでくる。
「うそお!!!!」
思わず出た大声に頭痛すらしてくる。眼鏡外して髪の毛下ろしただけでこんなに変わるもん!?てゆうか…ーーかっこいい…。ほんのり胸がキュンとしてしまった自分に気づいて首を振る。いかん、いかん、彼は中学生!年下相手にときめくな、名前!!
そうは思うけど、見れば見る程イケメンな場地くんから視線を外せそうもなく。私を知っている場地くんに、千冬と呼ばれた金髪の副隊長は「知り合いっすか?」って聞いた事で、場地くんは千冬くんに私との関係性を説明した。
「なら送りは場地さんに任せます。俺は戻りますね」
「おう〜。ありがとなー千冬!またペヤング食おうぜ」
「勿論っす!」
丁寧にお辞儀をすると、千冬くんは自分のバイクに跨って夜の闇に消えて行った。
千冬くんを見送った後、ベンチの隣にドカッと大股広げて場地くんが座ってきた。
「飲んでたんすか?苗字先生」
「あーうん。サークルのね」
「ふーん。気になる奴でもいんの?」
「え?」
「…好きな男、いんのかよ?」
何故か怒り口調の場地くんに苦笑い。そんな男いるわけないけど…
「うん」
馬鹿みたいに見栄をはった。でもすぐに馬鹿げた答えだと思い直して「冗談よ」そう言おうとしたら、場地くんは見た事のない顔で「へー」興味なさげ気に軽返事をした。だから否定も訂正もしなかった。当たり前か、中学生の彼が大学生の私に興味があるわけがない。そしてそれは自分にも置き換える事ができる。私が彼に興味を持っちゃいけないと。
これ以上、続けられないや、家庭教師。
「タクシー拾うから大丈夫、一人で帰れるから」
空気の重たくなったこの場を回避しようと私は立ち上がってそう言う。でも直ぐにクラりと目眩がして…トサッと場地くんが腕一本で支えてくれた。
「歩けねぇじゃん。送ってやっからもうちょい休んどけよ」
乱暴な口調だけれど、私をベンチに押し戻すその手は温かくて優しい。その手を欲しいと思ってしまった。強がった所で手に入らない事は決まっているというのに。
「場地くん…ごめん、今の嘘。サークルに好きな人なんていない。見栄はっただけ」
こんな惨めな顔見られたくないって俯いたらポロッと涙が零れた。アルコールのせいで一度溢れた涙は止まらなくて。もう私が泣いている事に場地くんは気づいているに違いない。こんな馬鹿な女、嫌われるだけだよね…
「なら俺も一つ素直に言う。…ーー名前を先生だと思った事は一度もねぇよ」
場地くんの腕が私の肩を抱いて、ググっと自分の方に抱き寄せた。それからゆっくりと低い声でそう言われて、思わず顔を上げる。涙ボロボロの顔で場地くんと目が合うと、クシャっと笑った場地くんの顔が遠慮も躊躇も躊躇いもなく、私に影を落とす。
「ンッ」
気づくと場地くんの舌が口内を這いずり回っていて、器用に動く舌が絡まる音と、唇が何度となく触れ合う甘ったるいリップ音が強烈に鼓膜を刺激する。ハムッと最後に下唇を甘噛みして離れていく場地くんの舌。夢中でしていたキスに自分の呼吸が上がっていた事にカァッと羞恥が襲ってくるけれど…
「もっと、して欲しい…」
恥を承知で場地くんの腕をキュッと握った。だけどスイッと目の前には場地くんの骨ばった大きな手が出てきて、それがゆっくりと動く。
「1、ここ。2、人気のねぇ公園。3、あそこに見えてるネオン街。どこがいい?」
一瞬なんのこと?なんて思うも、すぐに分かった。そして場所を私に選ばせる場地くんの楽しそうな顔がやっぱりどうにもかっこいい。相手は中学生だということを今は忘れてしまえ!と私は、3番目の指を握る。
「さ、3番!」
トクンと胸をときめかせる私に場地くんは笑顔で聞いた。「ファイナルアンサー?」と。だから私はコクリと頷いて場地くんと同じように「ファイナルアンサー」そう答えた。すると場地くんは私を横抱きして停めていたバイクの後部座席に乗せてくれた。
爆音を立てて夜の街道を走る場地くんのバイクは、私を乗せて煌びやかなネオン街へと迷い込んでゆく。
そこで待つ、秘密の時間へと想いをのせて…
-fin-
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