瞳を閉じて愛を伝える

毎朝新聞のチラシに入り込んでるスーパーの安売りや日用品のクーポンを探すのが日課になっていた。
牛乳、卵、野菜、肉…くまなく見てからチラシを全て鞄に詰め込んで学校へと行く。これを見て喜んでくれる事だけを願って教室に入ると彼、三ツ谷隆はクラスメイトと談笑をしていた。

「タカちゃん、おはよ!」

そう声をかけると振り返って「名前、おっす」手を挙げて笑顔をくれる。耳についてる十字のピアスが軽く揺れる。机に乗っかっていたタカちゃんはポンと降りると私の所に歩いてくる。だから鞄の中にしまい込んだチラシを手にタカちゃんの前に差し出した。

「豚肉とキャベツが安いかなこっちは。でこっちのドラッグストアは洗剤がお買い得!」

二枚目のチラシを渡すとそれをまじまじと見て物色する。脳内で献立を組み立てたり、冷蔵庫の在庫を確認したりと、視線を泳がせながら朝からフル回転させている様子のタカちゃん。

「サンキュー名前、毎日悪いな、助かるよ」

ポンとタカちゃんの手が頭に乗っかる。その手が降りてきてムニュっと私の頬を摘むから胸がギュッと熱くなる。

「買い物行こうか?私」
「いや、大丈夫!状況変わったら連絡するから、そん時は悪りぃけど頼むわ」
「うん、分かった。じゃあ私行くね」
「おー。マジでありがとう名前」
「うん、バイバイ」

幼馴染って奴。
三ツ谷隆は小さい時から近所に住む私の幼馴染だ。
同じ中学で手芸部部長であって、東京卍會の弐番隊隊長という役割についている喧嘩上等な暴走族のメンバーだ。勿論関係の無い一般人には一切手出しはしないし、基本的には家族思いのタカちゃんは、幼い妹二人の面倒を見ながら不良をやっている。
今ほどタカちゃんに触れられた頬に手の平で包み込むように重ねてみた。最近タカちゃんはこうしてよく私に触れる事が多くなったのは、気のせいだろうか。緩む頬をペシペシと触りながら教室に入ると、浮かれていたのか一限が道徳から体育に変わっていた事を思い出した。ロッカーを開けるもそこに体操着は無く、昨日洗濯するのに持って帰った事を思い出す。体操着忘れた事なんて今まで一度もなく、どうしようと脳内が半パニックになっていた所に「名前」後ろからタカちゃんの声が聞こえた。

「タカちゃん、どうしたの?」
「漢和辞典持ってる?忘れたみてぇで。一限国語だから終わったら返す。貸してくれねぇか?」

ちょうど開けていたロッカーの棚に置きっ放しだった漢和辞典が乗っていたからそれを掴んで差し出した。

「5限だから国語、それまでに返してくれればいいよ」
「了解!」
「あ、タカちゃん!今日って体育ある?」
「体育?ねぇよ、今日は。どした?」
「…実は忘れちゃって、ジャージ借りたりできるかな…」
「あーあるぜ!仕方ねぇ、特別に貸してやるよ」

ニカッと笑ったタカちゃんに胸がキュンと音を立てたのは言うまでもない。


「ぶっ、デカすぎ!でもまぁいい眺めだわ」

三ツ谷って名前の入ったタカちゃんのジャージ。当然ながら私よりも大きいタカちゃんのそれは言っちゃえばジャージに着られている状態。ダボダボの袖と裾と、タカちゃんの香りに包まれて恥ずかしがる私を、満面の笑みでタカちゃんがグラウンドへと送り出してくれた。
クラスメイトにからかわれるかも?なんて思ったけど、思いの外女子たちはみんな羨ましがっている。

「いいなぁ〜三ツ谷くんのジャージ!」
「ほんと羨ましいよ、幼馴染の名前が!」
「ねぇ本当に付き合ってないの?」
「今度三ツ谷くんも一緒に遊びに行こうよ!」

質問攻めを全て曖昧に答える私は内心かなり焦っていて。幼馴染って関係は傍から見れば普通の女子よりかは仲良くいられる関係なのかもしれない。でも…幼馴染は幼馴染であって、彼女ではない。もし今タカちゃんに彼女ができてしまったら、私との幼馴染って関係性も崩れてしまうものかもしれないなんて、そう思うだけで虚しくて…だからと言ってこの関係のままでずっといられるのか?と聞かれたら、それはそれでまた虚しい。だって私はタカちゃんが好きだから。ずっとずっと、小さい時から優しいタカちゃんが好きだった。今もその気持ちは変わっていない。いつまでもぬるま湯の中につかっていたいって訳ではないけど、今さらタカちゃんにどう気持ちを伝えたらいいのかなんて分からないんだ。

お昼休みになってタカちゃんが漢和辞典を持ってうちのクラスに顔を出した。その顔はなんてゆうか…

「なんかあった?」
「え?」
「ちょっと元気ない?」

珍しくいつものふんわりした空気を纏っていないように思えた。タカちゃんは苦笑いで私を見てその口を開いた。

「マナが熱出したみてぇで、これから迎えに行くんだわ。さっき保育園から連絡来て。買い物どーすっかって考えてて、」
「私行くよ!もうタカちゃん、そーゆう時はいつでも頼って!って言ってるのに。全部買ってくるからさ私が」
「名前ならそう言ってくれっと思って、これ」

ガサッとポケットから取り出したメモには、買うべき物がザーッと手書きで書かれていた。それを受け取って頷く。

「終わったらすぐ買って帰るから。それまでに必要な物が増えたらLINEして」
「マジで助かる、サンキュー名前」

ふわりと一瞬だけタカちゃんに抱きしめられた。えっ!?なんて思った時にはもうタカちゃんは私から離れていて、赤くなる暇もなかった。
そんなタカちゃんの後ろ姿を見送った私は、授業が全て終わると急いでスーパーとドラッグストアをハシゴしてタカちゃんに頼まれた物を買ってそのままタカちゃんの家の呼び鈴を鳴らす。
ガチャって音と顔を出すタカちゃん。

「名前、悪いんだけど夕飯作る間、マナのこと見ててくれねぇかな?」
「うん勿論。ルナちゃんは?」
「絵書いて遊んでる」
「分かった。お邪魔します」
「悪いな」

こうしてタカちゃんの家に入るのは何度目だろうか。
制服の上にエプロンをつけたタカちゃんは私の買ってきた食材で料理を始めた。
キッチンの奥にある子供部屋に顔を出すと、ルナちゃんが机に向かってクレヨン片手に絵を書いていた。

「ルナちゃん、こんばんは」
「名前お姉ちゃん!」

三ツ谷くんとよく似た優しい笑顔で出迎えてくれる。でもその隣、布団の上で苦しそうな呼吸をしているマナちゃんに視線を向ける。熱が高いのか顔が真っ赤で私はこっそり買ってきていた冷えピタを鞄から出すとそれをマナちゃんのおデコにペタッと貼り付けた。それからパジャマの中、両脇にも同じように貼り付けると「ちゅめたい」無意識でなのか、マナちゃんの呼吸が少し落ち着いた。転がっていた体温計を首元にあてると38度5部…。節々も痛いだろうなぁ…可哀想に。

「マナちゃん、ポカリ飲める?」

ストローのささったプラスチックのコップをマナちゃんの口元に差し出すと、弱々しいけれどポカリをごくごく飲んでくれた。喉が痛いのか、飲み込む時に眉間に皺を寄せているから、「タカちゃん氷枕勝手に作るね」お風呂場の桶に氷水に浸したタオルをつけてすすぐも、それでマナちゃんの身体を拭くように冷やしていく。それを何度か繰り返すうちに、マナちゃんはすっかり眠ってしまって…

「ルナ、名前お姉ちゃんとお風呂入りたい」

腕をブンブンと振りながらタカちゃんにそう言うルナちゃんに流石のタカちゃんも苦笑いで眉毛を下げる。

「諦めろールナ!風呂は後で兄ちゃんと一緒に入るぞ」
「えーたまには名前ちゃんと入る」
「あのあの、タカちゃん!!私、いいよ。タカちゃんがそっち終わったらルナちゃんと一緒に入るよ」

そう言うとギョッとしたように視線を逸らされて、だからしまった!と肩を竦める。

「ごめん迷惑だよね、今のナシ!」

慌てて顔の前で両手を振るもタカちゃんは一つ大きく息を吐き出すとポンと私の肩に手をついて言った。

「いや、頼むよ。ルナ風呂入れてる間にマナが起きても対応できねぇし。名前がいいなら入ってくれると助かる」

何となく、タカちゃんの醸し出す空気がいつもと違うように思えたけど、気のせいかって私は「着替え取ってくる!」一旦家に帰って諸々準備をしてきた。
家事全般を一人でこなすのは簡単じゃないのに、タカちゃんは文句も愚痴も何一つ口にする事なく、やっている。私で何か手伝える事があるなら何でもしてあげたい。

「名前ちゃんは、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだよねぇ?」
「え!?」

湯船に浸かりながらルナちゃんが笑顔でそんな言葉を飛ばす。そんな話出た事一度もないんですけど。幼馴染の口約束とかもタカちゃんとは何もないっていうのに。

「あのルナちゃん?タカちゃんと私は仲良しのお友達だよ」
「うんでもお兄ちゃんは、名前ちゃんをお嫁さんにするーって言ってるよお!」

…タカちゃんが!?嘘でしょ?きっと優しいタカちゃんだから、ルナちゃん達の話しに合わせただけだろうって。
分かっているけどお風呂上がりにタカちゃんの顔を見た私の心臓は途端に爆音を立て始めた。

「あ、お先でした」

バスタオルを肩にかけて出てきた私を見てタカちゃんはニッコリ微笑んだ。手にはドライヤーを持っていて…

「二人とも、俺が乾かしてやる」

迷いなく飛び込むルナちゃんとは裏腹に、タカちゃんに髪を乾かして貰うなんてそんな事想像できなくて。慌てて一歩後ずさる私の手首を握るとグイッと引き寄せた。

「いーから座っとけ」
「でも」
「ルナと一緒に風呂入ってもらった礼だ」

そんなのいいよ…って私の言葉は、タカちゃんがドライヤーのスイッチを入れた事でかき消された。
ルナちゃんは心地よかったのか、髪を乾かし終わると、マナちゃんの横でコロンと寝転がって眠ってしまう。だから何となく気まずくて…。それでもタカちゃんの手は今も私の髪をサラサラと乾かしている。

「なぁ名前…。このまま聞けよ」
「えっ?」

ドライヤーの風音でタカちゃんの声が聞き取りにくい。何かを言っているのは分かるけど、なんて言っているのか分からなくて、カチッとスイッチを切ったタイミングで私はくるりと後ろを振り返った。

「タカちゃん、なんて言ったの?」

そう言う私に、間髪入れずにタカちゃんの顔で視界を覆われる。私の後頭部に手をかけたままのタカちゃんと、唇に触れる温いタカちゃんの唇に時間ときが止まったのかと思った。
ゆっくりと離れたタカちゃんの温もり。

「え?」
「悪い、風呂上がりのお前見てたら我慢できなくなった。…ルナからなんか聞いた?」

タカちゃんが普通に聞くから私はタカちゃんを見つめて小さく言った。

「名前はタカちゃんのお嫁さんになるって…」

照れ臭そうに自分の頭に手を宛てて笑ったタカちゃんは、「そっか、聞いたかそれ。俺の本気」サラりと言うタカちゃんは、またも顔を寄せて唇を重ねた。今度はさっきよりも長くーー。

「なぁ名前。もう幼馴染は卒業しねぇか俺ら」
「タカちゃん…あの」
「イエスなら目閉じろよ」

タカちゃんの温かい手が頬に触れて、私はそっと目を閉じた。こうして私の中でタカちゃんは、この日を境に幼馴染から恋人に変わりました。



-fin-



SPECIAL THANKS LOVE さくらら♡