slowly
「すいませーん、これ修理お願いしたいんですけど」聞こえた声に店の入口を見るとバイクを抱えた男性が暑そうに汗をかいてここまで引っ張ってきた様だった。
高校一年、夏。
D&D…ここ、バイク屋で私はお店を手伝っていた。
「はい、こちらへどうぞ」
直ぐに冷房の効いた店内へと案内すると、「涼しい〜生き返るぜ〜」なんて笑った。私は奥で休憩しているドラケンくんの所へと顔を出す。
「お客さん来ました」
「おー今行く」
ポンっと私の頭に手を乗せて立ち上がると「相変わらず小せぇなお前」なんて笑って横を通り過ぎた。高身長の彼は強面の顔だけれど、根はすごく優しい事を私は知っている。そしてどこか寂しげな彼の心の奥底に私以外の誰かがいるという事も。
「あー派手にやったねぇ」
お客さんと談笑しながらバイクを点検するドラケンくんの大きな背中を見つめているだけでいい。それだけで私は幸せな気持ちになれるんだ。
「ふーん。やっぱ好きなんじゃんドラケンのこと」
聞こえた声に振り返ると、もう一人の店員イヌピーくんが私とドラケンくんを交互に見ながら小声でそう言った。カラカラとサンダルを鳴らして近づいてくるイヌピーくんに一歩も二歩も後ろに後ずさる私は苦笑いで。
「あのイヌピーくん」
「あんたさ、黙ってるだけじゃなんも変わんねぇよ?いいの?あいつモテるし」
そんな事はとっくに分かっている。私が何か行動を起こさない限り何も状況は変わらないという事も、ドラケンくんがすごくモテるという事も。はいそーですか、って行動に起こせるくらいならもうとっくにしている。
私はイヌピーくんを見つめあげると小さく言った。
「いいも悪いも、そんなんじゃないよ」
「でもずーっと見てんじゃん、ドラケンの事。さすがにドラケン本人も分かってんじゃない?」
「な!!!そんなこと、」
「ま、いーけどさ。動く気になったらいつでも協力してやっから言えよな」
クシャっと前髪を撫でられた瞬間、ほんの一瞬ドラケンくんの視線がこちらを捉えたような気がした。でもその視線はすぐにお客さんへと戻っていく。だからそれは気のせいだったんだと思うだけだった。
「名前、そろそろあがっていいぞ。今日はもう客も来ねぇだろーし」
夕方の陽が落ちる前にドラケン君はこうしていつも私を家に帰そうとしてくれる。
私はもっと手伝えるけど、私が女だからって言わずと女扱いしてくれるドラケンくんに胸がギュッと痛い。
「うん分かった」
「あー待て、家まで送るよ。俺もそっちに用事あるし」
「え、でも」
「でもじゃねぇ。送ってやるっつってんだ」
「じゃあお願い」
「おう」
エプロンを外した私は、先程のお客さんのバイクのマフラーを弄っているイヌピーくんに「お先です」そう声をかけると、大股で先を歩くドラケンくんの後に着いていく。足の長さが違うから、当たり前にドラケンくんの一歩と私の一歩の幅は違っていて、気を抜くとあっという間に差ができてしまうからいつも小走りでその後ろ姿を追いかけていく。
西陽で赤く染まった空を眺めながら半歩後ろを歩く私を、時々振り返りながらも家までの道を二人で歩く。
「学校はどうだ?」
「え?」
「学校だよ。うまくやってんのか?って」
「うん。特に問題ないよ」
「ならいい。なんかあったら言えよ。名前は大事な妹みてぇなもんだからな」
ふわりと大きな手が優しく頭を撫でる。この手の温もりが欲しいと思ってしまう私は、それをドラケンくんに伝えられずにいる。
妹か…分かっていたけれど、実際そう言われてしまうのはやっぱり少し胸が痛い。
「ドラケンくんは…幸せ?」
私の質問にほんの一瞬目を見開く。広大な空を見上げた彼は「どーだろな、」目を細めたドラケンくんは振り返ってほんのり口端を緩めた。
「みんなに、会いたい?」
「いつでも会えんだろ、あんな奴ら」
「そう、だね」
「あぁ」
それ以上ドラケンくんはもう何も言わなかった。
ドラケンくんが所属していたトーマンがどんなチームだったかは、噂程度でしか知らない。その場を一緒に見てきた訳でもないから。でもそこには私の知らないドラケンくんの顔がいっぱいあって、今みたいに穏やかに笑うんじゃなくて、馬鹿みたいに仲間と一緒に大笑いしたり、楽しく過ごしたんだろうって。腕や脚にある古傷も何もかもが、今のドラケンくんを作っていて、とてもじゃ無いけど私には受け止めきれない。
でもできるのなら、いつかはその瞳に映りたいって思ってしまう。出会うのがもっと早かったならよかったと思わずにはいられない。けれど過去は変えられない。それならば、これからの未来でドラケンくんと関わっていたいと、そう願わずにはいられないんだ。
そんな毎日が続いたある日の夜だった。
いつも通りD&Dの手伝いを終えて今日もイヌピーくんにからかわれながらも、ドラケンくんが家まで送ってくれてる。珍しく忙しかったからか、西陽は既に沈んで、漆黒な空には星が瞬き始めている。流れ星とか流れないかなぁ〜なんて思ってちょっとだけ余所見をしてしまった。大通りから一本ズレた脇道のここに、急にバイクが爆音を立てて走ってくる。それがちょうどよろけた私が車道側に出てしまった所に突っ込んできて、まばゆい光と恐怖に咄嗟に目を閉じると、ーードラケンくんの腕の中に包まれていた。
「危ねぇだろが!!!!」
そう怒鳴り散らすドラケンくんに、頭を下げる学生たち。この子達も、トーマン?ドラケンくんの頭にいる龍のタトゥーを見ると、後ろに倒れそうなぐらい怯えている。
「二度はねぇぞ、気をつけろ!!」
「はいっ、すみませんでしたっ!!」
ぺこぺこ頭を下げる彼らを見送って、「大丈夫か?」くぐもった声が聞こえた。
顔を上げる私の頬に手を添えて複雑そうに見つめ返すドラケンくん。
「焦ったマジで…」
「あの、ありがとう」
「………」
無言で視線を逸らすドラケンくんに、私は彼の事を見上げる。ドラケンくんが居なかったら接触していたかと思うけど、ドラケンくんがいる限り、守ってもらえる存在であるのは不謹慎だけどちょっと嬉しいよ。目の前で黙りこくったドラケンくんの裾をちょこんと摘む。
「ドラケンくん?」
「…失うくらいならもう好きな女は作らねぇってずっと思ってきた」
「…ーーえ?」
「けど、気持ちって理屈じゃねぇし、これからは俺が名前の事守るから…」
ドキンと胸が脈打つ。初めて見るドラケンくんの真剣で少しだけ照れたような顔だった。大きな手が私の髪をクシャっと撫でると「小せぇから妹だってずっと思ってたけど…」ドラケンくんの後ろに星が瞬いていて、ドラケンくんの低い声が耳に残る。
「うん?」
「なんでもねぇよ!」
ニカッと白い歯を見せて笑うドラケンくんにまたドキンと胸が脈打つ。まだ生ぬるい夏の夜、少しづつ秋の香りがどこからともなく私たちの間を通り抜けていく。
ゆっくりと季節が移り変わるように、私とドラケンくんの関係もゆっくりと形を変えてゆけたらいい…
その笑顔をこれからもずっと傍で見続けたいんだ。
-fin-
SPECIAL THANKS LOVE Re♡
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