今宵、ロミオになって

6限目が終わる少し前、グレーがかった空が広がる窓の外、大粒の雨が降り出した。グラウンドを濡らす雨に部活は中止だなぁと頬が緩む。雨は憂鬱であまり好きじゃない。髪の毛はうねるし水溜まりは踏んじゃうし。それでも一つだけ好きなことがあった。お気に入りの傘を広げて外に出た。向かうは駅の向こう側、大好きな三ツ谷くんのある学校だ。相合傘とかしてみたいなぁ〜なんて思いで私は部活が中止になったのをいい事に、三ツ谷くんの通う中学までを歩き出した。
すれ違う学生の中には相合傘をして仲良く歩いているカップルもいて、それを自分と三ツ谷くんに当てはめるだけで口端があがった。
早く会いたいな。急に会いに行って迷惑じゃないかな?なんて思いながらも、喜ぶ三ツ谷くんの顔が浮かんで、それだけで心が熱くなる。
他校に通う三ツ谷隆は、東京卍會のメンバーであるけれど、他のみんなとは違って普通の中学生だ。そして、私の大好きな彼氏だ。
三ツ谷くんは暴走族とは思えないくらい優しくてカッコよくて、いつだってキラキラしている。 付き合ってまだ日が浅い私たちだけど喧嘩なんて一度もしておらず、このまま毎日三ツ谷くんの事を好きになる一方なんだろうなぁなんて思っていた。
三ツ谷くんと相合傘ができるなら、憂鬱な雨すら嬉しくなっちゃうなんて、現金なヤツ…なんて思いながらも数十分歩いて駅の向こう側にある三ツ谷くんの通う学校に着いた。
LINEでメッセージを送ろうかと迷ったけど、いつも冷静な三ツ谷くんの吃驚した顔が見たくて、そのまま校門の前で待つことにした。出てくる生徒たちが誰待ち?…なんて顔で私を見るからその度に傘で顔を隠した。
手芸部の三ツ谷くん、そろそろ部活も終わる時間だと思い、出てくる生徒の中に三ツ谷くんがいないかってウキウキしていたんだ。

ーーでも。

「え」

見つめる先、傘をさして歩いてくる二人組。というか、傘無しで出てきた男子生徒を追いかけて傘の中に招き入れた女子生徒。

「安田さん大丈夫だよ俺。バイク乗っちゃうし」
「でも部長、風邪でも引いたら」
「サンキュー。でもマジで大丈夫だから、」

そんな会話が耳に入ってきて、校門前にいた私に、二人の視線も飛んで来た。だからすぐに傘で顔を隠す。そのままくるりと二人に背を向けて歩き出す。早く、早く、もっと早く前に進まなきゃ!!そう思うのに、この雨で体温が奪われていたのか、膝が思うように動いてくれなくて。

「名前っ!?」

後ろから聞こえた三ツ谷くんの声に私は膝をバシバシ手で叩いて全力疾走。だけれどすぐに腕を掴まれて、

「名前お前、どうした?」

雨に濡れた三ツ谷くんと目が合った。途端にポロリと涙が零れる。目を見開く三ツ谷くんに、「部長!!」後ろからさっきの安田さんって呼ばれた女子が追いかけてきていて、雨に濡れる三ツ谷くんを後ろから傘でさしている。なによそれ。そんなに三ツ谷くんの事大事なんだ…。

「安田さんごめん、俺はいいから」

一瞬の隙をついて私は三ツ谷くんの掴んだ腕を思いっきり振り払った。

「三ツ谷くんなんて、大嫌いっ!!!」

そう言い放ってお気に入りの傘もその場にぶん投げてただひたすら走った。土砂降りの雨の中、三ツ谷くんに背を向けて私は泣きながら走って逃げるしかできなかった。
馬鹿みたい。サプライズなんてしないでちゃんと連絡すればよかった。あんな風に自分以外の女の子に優しくする三ツ谷くんがあの学校にはいっぱいいるんだって思うと、胸が苦しくて、他校の私は三ツ谷くんの彼女である自信すら無くなってしまった。
びしょ濡れのまま家に帰った私をママは驚いてすぐにお風呂を沸かしてくれた。お風呂からでるも身体が怠くてベッドの中で横になっていた。
鞄の中でスマホのバイブ音が鳴っているけど画面を見る気になんてなるはずも無く、そのまま目を閉じた。
シーンとしている部屋。程なくしてバイブ音は消えたけれど、「名前ッ」どこからともなく聞こえたその声に思わず身体を起こした。え、もしかして幻聴?熱っぽいから幻聴まで聞こえちゃってる?…ーーなわけないよね。立ち上がった私は部屋の窓を開けてみた。いるわけなんてないのに、そこに三ツ谷くんがいたらいいのになんて思いながらも。

「あ、」
「よかった、いた…ーーなぁそっち行ってもいい?」

二階にある私の部屋。そこから直線上にいる三ツ谷くんがこちらを見上げて、何ならもう既に壁をつたって登ってきている。

「危ないよ、三ツ谷くん」
「へーきへーき、ちょっと手貸して」

あっという間に私の目の前まで上がってきた三ツ谷くん。一階の屋根の上を軽々と渡ってギュッと私の手を掴んだ。

「ごめんな、さっきは。なんか勘違いしてたかもしんねぇし。それより何より俺が逢いたかったから…」

窓の向こう側、三ツ谷くんが私の頬を手で撫でる。
そんな優しい声と、そんな優しい表情…狡いよ。怒っていた私が馬鹿みたいじゃん。何も言えず俯く私の頬を三ツ谷くんの手が上にあげて視線を交える。

「名前…俺に逢いに来てくれたんだろ?」

コクリと頷くと三ツ谷くんがふわりと微笑んだ。

「サンキュー。すげぇ嬉しかったよ。それなのにごめんな、」

優しく髪を撫でる三ツ谷くんの手が心地良い。ずっとこうしていて貰いたいなんて。

「三ツ谷くんと相合傘したくて、逢いに行った」
「マジかよ…クソッ、」
「そしたら三ツ谷くん、他の女の子と相合傘して出てきて…すごく優しい顔で優しく話してて…私の知らない三ツ谷くんみたいでーー悲しくて、胸が苦しくて…」
「ばーか」

ふわりと窓越しに抱きしめられる。だけど三ツ谷くんはそのまま私の肩に顔を埋めてギュッと抱きついていて。耳元で小さく続けた。

「大嫌いなんて、言うなよもう。マジで心臓止まんじゃねぇかと思ったわ。俺、名前に嫌われたら生きていけねぇかもよ」

ふわりと顔を上げる。三ツ谷くんの優しい瞳がほんの少し揺れている。触れてしまいそうな距離で三ツ谷くんが私を見つめていて…

「ん、言わない…」

キュッと三ツ谷くんの腕を握ってその肩に頭をもたげた。ちょっとひんやりした三ツ谷くんの身体を温めるようにそっと背中に腕を回すとゴキュっと三ツ谷くんが生唾を飲み込む音が届く。

「…ヤベぇ、名前抱きしめてっから…」
「え?」
「なぁ、目閉じろよ」

頬に添えられた手が、口元に触れていて、三ツ谷くんの視線が私の唇を捉えている気がした。急激に流れる甘ったるい空気に、私までゴクリと生唾を飲み込む。

「三ツ谷、く…」

ドキドキしながらも目を閉じる私に、間髪入れずに唇を押し付けてくる三ツ谷くん。生温くて柔らかな三ツ谷くんの唇が、私の唇に数回押し当てられた。無音で離れた三ツ谷くんは真っ直ぐと私を見つめていて…

「もっとしてもいい?」

そんな問いかけ。もっと…が何を示すのか、考える前にコクリと頷いていた。まるで私の本能がそれを求めているかのように。ほんのり優しく微笑んだ三ツ谷くんは、私の首に手を回してそのままグイッと引き寄せて唇を塞ぐ。舌で唇をこじ開けられてそのまま口内に入り込む。ヌルりとしたなんとも言えぬ舌の感触に心臓がバクバクと高鳴っているのが分かる。

「名前、舌…絡めて」

そんな囁きが耳元で聞こえて、またすぐに三ツ谷くんの舌が口内に侵入してくる。どう答えればいいのか分からない。でもそれが三ツ谷くんならば、なんでもありな気がした。だって私は三ツ谷くんが好きなのだから。舌を絡ませると三ツ谷くんが私を抱く手に力が込められて、どんどん深くなっていくそれに身体が熱くなって蕩けそう。

「んっ、三ツ谷くん」
「…名前…好きだよ」

その言葉と共に唇が離れる。
はぁ、はぁ、と肩を揺らして呼吸を整える私を愛おしそうに見つめる三ツ谷くんに、また身体の熱が集中する。

「俺さ、違うと思うんだよね」
「え?」
「今の顔と、さっきの顔。…名前を見てる時の俺の顔って、たぶん相当緩んでてさ。自分でも馬鹿みてぇに嬉しいの。そーゆー顔すんのって、名前の前でだけだと思ってる。つか、んな顔名前以外の前ではできねぇし。だからさ、自信持って俺の女やってろよ、名前は。…逢いたい時はこうして逢いにくるからさ、俺も」

不安が消える事は無いのかもしれないけど、こうして三ツ谷くんが例え部屋が二階でも逢いに来てくれるのは、私だけだって思うと、自然とあの胸の痛みは消えていた。

「うん、まさか逢いに来てくれるなんて思わなかった」
「まぁ、あんな顔で逃げられて放っておけるわけねぇし」
「それは、ごめん。でもなんかこの状況って、ロミオとジュリエットみたいだね、三ツ谷くん」
「は?」
「現代版のロミオとジュリエットは、二階のジュリエットの部屋のベランダにロミオが垣根を越えて逢いにくるの、今の私たちみたいに」

私の説明にポリポリと照れくさそうに頬をかく三ツ谷くんは、若干の苦笑いで言う。

「名前はジュリエットでいーけど、俺はロミオって柄じゃねぇよ。まぁけどーー」

そこで言葉を止めた三ツ谷くんは、窓枠に脚をかけて半分私の部屋に身を乗り出す。

「三ツ谷くん?」
「ーーけど、名前に逢えるんなら、俺はいつだってロミオになってくっからさ。だから今から部屋に入ってもいいっすか?」

ちょっとだけ楽しげに笑っているその顔も何もかもが大好き。胸がキュンとして私は三ツ谷くんを部屋に招き入れた。カーテンに隠れてまた三ツ谷くんの唇が降りてくる。

「ねぇ、このまま朝まで一緒にいようか?」

そんな台詞を言おうか、どうしようか迷いながらも、しばし三ツ谷くんの温もりに酔いしれるんだった。
雲の切れ間から覗く月明かりだけが、二人の時間を静かに見守っていた。


-fin-



SPECIAL THANKS LOVE にあ♡