矛盾を隠して

「新婚旅行?」

ママと千冬パパがニッコリ笑顔でそう告げた。ここに越して来てからの夜ご飯は家族4人で食べるのが日課になりつつあった。
千冬も私も夏休み中で家にいる事も多い中、まさかとは思うけどこの家に私と千冬二人きりにする気なのだろうか、この親共は。

「明日から伊豆の温泉地に2泊3日でパパとママはのんびりしてくるから、千冬と名前ちゃんも、自由に過ごしなさい」

ポロリと肉じゃがの芋が千冬の箸から転がり落ちる。テーブルをコロンと芋が転がったけれど千冬は「クソ親父、何言ってんだ!」ダンと立ち上がった。私は千冬の腕を掴んで椅子に座らせようとするけれど、その腕を振り払われてしまう。

「意味わかって言ってんのかよ、てめぇら!俺と名前、この家に二人きりにするつもりか!?」
「千冬、落ち着いて!」

それでももう一度千冬の腕を取ると、今度はチッと舌打ちをされたけれど、素直に椅子に座り直してくれた。
なんでもありなんだろう千冬パパは。そしてママはそんな自由なところに惚れたのかもしれない。だって千冬パパの隣でママはとても嬉しそうな穏やかな表情をしている。そんな顔を見せられて否定なんてできやしない。

「名前もなんか言えよ、いーのかよ、俺と二人きりで」
「いいも何も、私たち姉弟きょうだいだもの。別にいいよ、ご飯は私が作るし!二人ともゆっくりして来て」

聞き分けのいいいい子ちゃんを演じているわけではない。こんなに幸せそうなママの顔を見るのが嬉しいだけなのだ。それでも多少の矛盾した気持ちを抱えながらも、千冬と二人きりになる事を内心喜んでしまう自分がいた。

お風呂からあがると千冬が窓を開けて窓枠に座っていた。

「千冬はいい加減この現実を受け入れたら?」

私の言葉に視線をこちらに向けることなく夜空を見上げている千冬。

「俺は、そう簡単に割り切れねぇ…。姉ちゃん・・・・は別にどーって事ねぇんだろーけど、」

あの日の事を言っているのは分かってる。
確かにあの日の私たちは、思いの通じあった恋人同士の様だった。

「私が誰にでもそーゆー事する女だって思ってるよね、千冬…」

今度は無言で視線が飛んでくる。ペコちゃんキャンディーを咥えていた千冬は、それを口に含んだまま大きな目で私を見てくる。

「なんだよそれ」

意味わかんねぇ…そう続けた千冬は、着替えとバスタオルを持って無言で部屋を出て行った。
どうしたらいいんだろうか。千冬と話していると真実を言ってしまいたくなる。りゅーじと別れる気もないくせに…ーーというよりかは、りゅーじと別れる意味が無い。どの道千冬と結ばれる事は永遠にないのだから、それなら優しいりゅーじと一緒に居れればいいって。
そんな事をあれこれ悩んでいると、千冬はいつの間にか戻ってきていて、ペットボトルの水を一気飲みするとテーブルに置いてあったリモコンでテレビの電源を入れた。夏ゆえに付けた番組はちょうど心霊写真の特集をやっていて、画面に映し出された写真に二人して固まった。思わず千冬の傍に駆け寄って腕をギュッと握る。

「怖えーの?」

それから小さく千冬に聞かれてコクコク頷くとプッて笑われた。

「へ〜怖えーんだ。んじゃ仕方ねぇ一緒に寝てやろーか?姉ちゃん・・・・!」

白い歯を見せて得意げな顔で言われてムスッとしたい気持ちになるものの、一度見てしまった写真は脳に焼き付いていて離れない。からかう千冬を前に言い返せない自分がいて、私は千冬の腕をぎゅっと掴んで引き寄せた。いきなりだったせいか、想定外だったのか、千冬はバランスを崩してドサッと二人してベッドの上にダイブした。千冬に押し倒されてる状態の私…心臓がめちゃくちゃ爆音を鳴らしている。

「千冬…」

私が小さく名前を呼ぶと千冬がほんのり目を細めた。
そのまま顔を寄せる千冬に避けなきゃと思うものの、身体が動かなくて。見上げた先の千冬の瞳が熱く揺れているのを見て、私の顔も高揚しているのだろう…

「抵抗ぐらいしろよ、たく」

触れ合う少し前、千冬が私のおデコを指でペシッと弾いてそう言った。ダメじゃん私。ダメダメじゃん。完全に千冬のペースに持っていかれてる上に、理性とかストッパーとか何も無し。だけど千冬とキスしたいと思ってしまうんだ、心が。千冬に触れられたいって求めそうになってしまうんだよ、心が。ダメと分かっているのに。

「千冬」
「やめろよ、ンな声で呼ぶな」

くるりと私に背を向ける千冬は、私より余っ程この状況を理解しているんだと思えた。
この現実を、この状況を受け入れていないのは千冬じゃなくて私の方だなんて。