君を繋ぎ止める方法*1

「苗字名前です。趣味は…パワースポット巡りとか、みんなでワイワイするのが好きなので仲良くしてください」

ぺこりと頭を下げると目の前に座っている松野さんと目が合った。トクンと胸が音を鳴らす。第一印象って合コンにとって大事なもので、私の五感は目の前の松野さんに注がれている。

「俺もみんなでワイワイすんの好きだわ」

そう言ってよろしくと、松野さんは私に手を差し出してくれた。ちょっと強引な感じも好きかも、なんて思いながらもキュッと手を握った瞬間、何かが掌に入り込んだ。小さな紙切れ。私は涼しい顔して手を下げると、俯いてそれを開く。そこには彼のだと思われるLINEのIDだろうか、小さくペンで描かれていて。顔を上げると照れ臭そうに松野千冬が微笑んだんだ。
開始早々、IDを渡されたのは生まれて初めてだった。




何度目かの席替えの後、隣に松野さんが来た。あんな事しておいて直ぐに隣に来てくれるのかと思っていたのになかなか来てくれずにいた松野さん。

「やっと隣に来れた。改めて宜しくね名前ちゃん。あーと俺26だけど、タメ口で話して大丈夫?」
「あ、はい。私も同じ歳です!」
「なら名前ちゃんも、タメ口で。ついでに千冬でいいから」
「千冬くん…」

思わず名前を呼ぶと、カァッと顔を紅く染める千冬くん。さっきまで慣れた感じで話していたのに狡くない?
取引先のエンジニアだっていう千冬くん達。
可愛らしいのは外見だけじゃなく、猫と遊ぶのが趣味だって言ってた。大きな猫目と目が合う度にドキンと胸が高鳴ってしまうのは、単純に千冬くんの外見がタイプだからなんだろう。

「千冬〜邪魔してくれんな、」

そして、千冬くんと話せずにいた間私の話し相手になってくれていたのが、反対側に座っているこの乾さんだった。
眠たそうに据わった目でジッと見つめられるとドキンとしてしまう。乾さんはめちゃくちゃ目を見て話してくるのと、ほんの少し距離が近い。
人間には自分の持っているパーソナルスペースというものがあって、そこに他人が入り込むと嫌悪を感じてしまうものなのに、どうしてか乾さんのほんの少し踏み込んだ距離は私にはかえって心地が良かった。中性的な感じがするから?なのかなぁ。

「イヌピーくんこそ、散々名前ちゃんと喋ってたじゃないスか」
「イヌピーくん?」

きょとんと千冬くんの言葉を復唱した私に、乾さんは苦笑い。ビールをゴクリと飲み干した乾さんは、ちょっとだけ視線を逸らして続けた。

「昔の呼び名だよ。昔の仲間はみんな俺をそう呼ぶ」

口調は冷めているというのに、その呼び名を気に入っているように思えた。

「私も呼んでもいいですか?イヌピーくんって」
「えっ!?…いいけど、」
「やった!イヌピーくん!なんかめちゃくちゃ可愛らしいですね」
「…本当は青宗って呼ばれたいんだけど……」

ボソリとイヌピーくんが言った言葉はほとんど聞こえなかった。

「二人は昔からのお友達なんですね」
「あーまぁ」

イヌピーくんが苦笑い。話を聞くと、どうやら若い頃は暴走族に入ってヤンチャをしていたらしい。若気の至りだよって言うイヌピーくんに、千冬くんも同じような顔で微笑んだ。

「バイクとか乗ってた?」
「そりゃなー。え、乗る?乗せてやろーか?後ろ」

千冬くんがちょっとだけ表情を明るくしてそう言うから私はすぐにコクリと頷いた。

「名前ちゃん俺、バイク弄るの趣味でさ、だからなんかあっても安全なのは俺の方だよ。千冬は運転が荒い」
「は?ちょっとイヌピーくんに言われたくないッスよ。あんただって相当でしょ」
「ほらね、すぐ怒る。女の子乗せるならそーゆーの直してからにしなよ」
「な!!!!クソッ…」

真っ赤な顔でプイッと反対側を向いてしまった千冬くんに、イヌピーくんは私と目が合うと、まるでいつもの事だとでも言うかのように笑った。そしてその顔が、大丈夫と言っているようにも思えて。

「イヌピーくんって、なんか顔色が読める…大丈夫だって今言いましたよね?千冬くんのこと」

私の言葉に目を見開いたイヌピーくんが、千冬くんみたいに顔を紅くしたんだ。次の瞬間、隣に座っているイヌピーくんの手がテーブルの下にあった私の手に重なる。当たり前にドキッとした私はイヌピーくんに視線を向けると、まだ紅い頬のまま耳元に唇を寄せたから、ほんのり首を傾けると、小さく続けたーー

「名前ちゃんと二人きりで話したい…ダメ?」

それは、ここから二人で抜け出そうってこと?ギュッと重なった手に力が込められる。今にも耳にキスしそうなイヌピーくんとの距離に、完全にパーソナルスペースの中に土足で入り込んでいるというのに、私はドキドキしてやっぱり嫌悪感も不快感もなかった。
そして、見つめるイヌピーくんの長い睫毛が瞬きしてバサりと揺れる。このまま流されてもいいのかな。26歳ってそーゆう事しちゃっていい歳だよね、きっと。
抜け出した先の事を勝手に想像して、それが急激に脳を刺激すると私の身体はカアッと一気に熱くなった。

「あの私…お、御手洗行ってきます」

決めきれないというか、この空気に耐えきれなくて立ち上がった私はそそくさとここから逃げるように御手洗の方へと駆けて行った。
胸が爆音を立てているのが分かる。熱を帯びている身体は全身熱くて、言葉一つでこれ程までにときめいたのはいつぶりだろうか…

私、このままどうなっちゃうの?