赤い運命を背負う者*1

苗字名前、アラサーの独身。
都立K学園の保健医についてから三年が経っていた。
学生時代の女友達が次々と結婚していく中、恋愛という舞台に登ることすらできない私は、まだあの別れを引きづっているのかもしれない。
自分ではもう忘れた、過去だと思っていても、ふとした瞬間に思い出してしまうんだ。
ーーここ、零とよく一緒に行ったな。

現代文の教諭をしている同期入社の藍澄アイスがこの度晴れて人妻になろうとしている今、私は一体ここで何をしているんだろう?なんて、時々妙に虚しく、この場に独り置き去りにされたように思える感覚に陥る事があった。

「恋って、どうやって始まるんだっけ?」

ボーッと一人頬杖をついていると、校庭から元気な応援合戦の声が聞こえてきた。
そっか、今日から体育祭の練習も始まるって言ってたな。
毎年K学園の体育祭は応援合戦がめちゃくちゃ派手に盛り上がる場で、今年は確か…ーー

「フレーフレー赤組」

そうだ、この声。保健室まで響いてくるこの大きな声は、三年生の煉獄杏寿郎くんだ。目の大きな彼が赤組団長だったのを思い出した。
何かと問題児も多いK学だけれど、どんなにヤンチャな生徒でもこの一大イベントである体育祭だけは全員参加という異例な行事参加率であった。

「名前ちゃんいるー?」
「場地さんっ、いいっスよ俺。こんなん唾つけときゃ治りますって」
「ダメだ、千冬は戦力なんだからこんなとこで怪我されたままじゃ青組の優勝が遠くなっちまう」

ガラリと保健室のドアを開けて脚を引きずる松野くんの肩を抱いて運んできたのは、青組団長の場地圭介くん。長い黒髪を後ろで束ねている場地くんは、千冬くんを処置室に下ろすと額にかいた汗を手の甲で拭った。そのまま体育着で顎の汗を拭うから割れた腹筋がチラリと見えて思わず目を逸らした。

「名前ちゃん千冬膝いっちゃって、これ治るよね?」

膝っ子増が真っ赤に擦りむけている松野くんは、消毒液を流すと「いってええええ!!」って大声で喚いている。

「だいぶいっちゃったね、これ。どうしたの?こんな傷…」
「騎馬戦だよ、騎馬戦!俺ら三年の名物コーナー騎馬戦!俺率いる壱番隊騎馬戦!」

めちゃくちゃ騎馬戦を連呼する場地くんは、ニカッと笑うと八重歯が見えてちょっと可愛い。ってやだ、いくら出会いがないからって生徒相手に可愛いとか思っちゃダメだよね。やだやだ私ってば。気持ちを切り替えるように消毒を終えた松野くんの膝に大きな絆創膏を貼って処置終了。

「ねー名前ちゃんこれなに?」

場地くんが私のデスクに置いてあった藍澄からの結婚式の招待状を手にしていて…慌てて私はそれを奪い取った。

「これは、友達の結婚式の招待状で…」
「招待状って?」

きょとんとした顔で私の言葉を待つ場地くん。もしかして、そーゆうの全く知らないのかな?

「結婚式って招待状がないと参加できないの。来て欲しい人にみんな招待状を送るのよ」
「ふーん」

聞いたわりに興味なさげな反応にちょっと拍子抜け。最近の若い子の脳内は理解できないかもしれない。

「いつ?いつ行くの?」
「え?」
「その結婚式」
「まだ先だけど…」
「俺も行ってみてぇ」
「へ?」
「名前ちゃんのドレス、見てぇ!」

ず、ズレてる。目をランランとさせて言うけど、やっぱり結婚式を分かっていない場地くんにクスリと笑うと「場地さん、ドレス着るのは花嫁だけっスよ」なんて茶々を入れる松野くんに、そうなのか!?なんて本気で吃驚している。場地くん成績はいまいちって藍澄も言ってたっけ、学業の方には私は専ら関わっていないけれど、これは卒業が心配になってきた。

「うーん。結婚式だからこちらも正装はしていくけど、花嫁より目立つような服は基本的にNGだからね。ただ普段着ている服とは違うドレスアップはやっぱりみんなするけどね」
「髪もあげたりするの?」

ふわりと場地くんが私の長い髪を手ですくう。後ろで一本で止めているけれど、そこから垂れた髪の毛に触れられてドキッとしたのは言うまでもなかった。この子は人との距離が近いなぁなんて。

「うんまぁ、アップするかな」
「ならやっぱ見てぇわ俺!名前ちゃんのドレスアップ!日にち決まったら教えて!見に行くから」
「ちょっと場地くん!?」
「行くぞー千冬!」
「わ、場地さんっ、待って!」
「根性で治せよ千冬〜」
「それは、はいっ!」

見送る私になのか、後ろ手で手を振る場地くんに私はやっぱりほんの少し胸がドキドキしていたなんて。
というか、ドレスアップした私を見に来るの?場地くんが?え?どーいうこと?…調子狂うな、場地くん。そう思うも、胸がドキドキするなんていつぶりだ?なんて考えたらこんな時なのに可笑しくなってしまった。

「仕方ない、校庭も見てくるか」

体育祭の練習風景は好きだった。自分の学生時代とはまた違うけれど、生徒たちが頑張っている姿は誇らしく、何だか淡い気持ちが蘇ってきそうなくらいにすら思えた。
校庭の土を踏んで歩く私は、生徒の邪魔にならない程度に少し遠くから眺めていたんだ。
運動部と、応援団と、騎馬戦と、色んな練習が繰り出されている校庭。ちょうど、赤組応援団の練習している後ろから眺めていると、団長の煉獄くんと目が合った。

「苗字先生!」

大きな声で名前を呼ばれたものだから、みんなの視線がこちらに一斉に飛んできた。

「あ、ごめんね。様子見に来ただけだから。気にせず続けてください」
「なるほど!それは心強い!先生が見て下さっているなら安心だな。ではみんな、続けるぞ」

ハキハキした喋り方は独特で、彼以外が同じ様に喋ったら絶対変だろうなぁなんて思えるものだろう。礼儀正しく私に向かってペコりと一礼すると、煉獄くんは椅子に登って後ろで腕を組むと、「フレーフレー赤組」また大きく声を張り上げた。心の中で小さく「頑張れ」と唱えると、煉獄くんの声がいっそう大きくなった気がした。