針の先にある希望*1

HR終了の鐘が校舎内に鳴り響くと、みんな一斉にそれぞれの場所へと散って行く。
部活動がそれほど盛んな高校ではない為、授業が終わると皆、バイトだったり遊びに行く人が多い中、私は行き交う生徒とは反対側、3階の一番奥にある家庭科室へと向かっていた。

「名前ちゃん三ツ谷先輩んとこ?」

廊下で会った一年の時同じクラスだった友達にそう声を掛けられる。二年の私は一つ年上の三ツ谷隆くんと付き合っている。向かう方向がそっちという事もあってか、みんな当たり前に私に三ツ谷先輩こと、タカちゃんの事を聞いてくる。

「うん!顔見に行くだけ」
「えーいいなぁ!てか、ラブラブだねぇ相変わらず」
「でも今作品展の前だから忙しいよ」
「作品展なんてあんだ?でも羨ましいよ、あんなかっこいい先輩の彼女なんて!今度三ツ谷先輩達も一緒に遊びに行こうよー!」
「うーん。伝えとくね」
「やった!じゃーね!」
「うん、ばいばい」

手を振って嬉しそうに下駄箱の方へと向かう女子達が完全に見えなくなった所で私は小さく息を吐き出した。こんな風に不良なタカちゃん達とお友達になりたい子は沢山いて。彼女である私を利用して他の先輩らと仲良くなりたいって魂胆が見え見えだからウンザリしてしまう。
一ヶ月前の体育祭でタカちゃん達が大活躍したからか、こうして私をダシに使おうとする子が増えて若干のストレスを感じていた。ただ、私の中に溜まったモヤモヤはそれだけの理由ではないけれど。

「失礼します」

ガラリと家庭科室を開けるとまだ誰も来ていなかった。
でもそこにタカちゃんが居たというように、彼が今作っている作品展に出すであろう作りかけのリングピローが一つポツンと置いてあった。ウェディングベアーとリングピローを作るって張り切って言ってたタカちゃんを思い浮かべてもそれはそれは気合いが入っていてとてもじゃないけど言い出せないーーかまって欲しいだなんて。
基本的に温厚穏やかなタカちゃんは、優しい性格上私がそう言えば何かしら案を出してくれるのかもしれない。でもなんてゆうか…タカちゃんとの時間が減って寂しいって感じる私の気持ちを理解して欲しいと思ってしまう。タカちゃんは寂しくないのかな?と。
デザイナーを目指しているタカちゃんにとって、手芸部は通るべき道で、作品展という場で自分のデザインを発表できるいい機会だった。あえて難しいウェディングドレスを刺繍しようとしているタカちゃんの実力は素人目に見ても凄いと思うし、沢山の人にタカちゃんの実力を認めて貰いたいと思っている。でも今、目の前にタカちゃんが居ないってことがただ寂しいんだ。
そっと手にしたリングピロー。まだ未完成のそれは真珠のような白い玉で王冠のような形をしていてとても綺麗だった。

「お疲れ様でーす」

不意に聞こえた声に私はつい吃驚してリングピローを握る手に力を入れてしまう。無意識で引っ張ってしまった糸が切れて、切れ目からコロコロと白玉が零れ落ちてゆく。あっという間に全部が床に落ちて、せっかく精神込めて作った王冠の形が一瞬で消え失せた。

「ギャーーそれ部長の!!!」

慌ててみんなが集まってきて、零れた白玉を拾ってくれるけど、私の視線は遅れてこの家庭科室に入って来たタカちゃんに釘付けで。眉毛を下げたタカちゃんが私の上履きに乗っかった最後の一粒を指で拾い上げた。

「名前お前…」
「ち、違うの!吃驚しちゃって、本当にわざとじゃないの!」

流石に怒るよね。でもタカちゃん優しいし私の気持ち言ったらきっと許してくれるよね。

「ちょっと来い」

何も言わずに私の腕を引っ張ったタカちゃんは、家庭科室を出ると、反対側にある空き教室へ私を連れ込んだ。乱暴に腕を振り解かれる。

「何のつもりだよ名前」
「え?」
「何しに来た?」
「何しにって、タカちゃんの顔見に来ただけだよ」
「顔見に来ただけで、なんで俺のリングピローぶっ壊してんだァ」
「だからそれは違う、わざとじゃない」
「関係ねぇ、ンなこと。つーかお前さ、物壊したなら言い訳より先に言うことあんだろ?」

どうしよう、怒ってる。
私の言い分なんて聞く耳持たず?

「なによ、タカちゃんが悪いんだよ!タカちゃんが作品展、作品展ってずっとそれで私の事なんか放ったらかしで全然構ってくれなくて、」

やばい、泣きそう。これ以上言葉にしたら涙が零れてしまいそうで私は口を噤む。
目の前のタカちゃんは私に一度も見せたことのない眼力強めの視線で刺すように見ていて…

「ざけんなッ!!勝手に俺のせいにしてんじゃねぇぞォ、自分がした事の理解もできねぇお前と話すことはねぇ。悪いと思うまで俺の前に顔出すんじゃねぇ、クソがァ!!!」

ドンッ!と、私の顔の横をパンチが飛んできて、壁ドンならぬ、壁パンチを食らわせたタカちゃんに、腰が抜けてズズズとその場にしゃがみ込んだ。そんな私を振り返る事もなく、タカちゃんはドアを閉めると家庭科室へと戻って行ったんだ。

「なんでよぉっ、なんで私が…」

怒られなきゃいけないの…
初めてだった。あんな怒りの感情を私にぶつけてきたのは。でも今は恐怖と悲しみとで、何も考えられなくて、涙が止まるまでそこから動くことができなかったんだ。