満ちない夢のまま*1

バイト先の居酒屋で大学のサークル飲みが行われていた。大部屋があるここはよくよく色んなサークルやら企業での歓送迎会等に使われることが多く、そーゆう日はめちゃくちゃ忙しい。早番バイトにしといて良かったと思いながら、20時過ぎにバイトを切り上げた私はそのままその大部屋飲みに参加していた。

「万次郎くん珍しいね、サークル飲みに参加するの」

真っ先に手招きしてくれた万次郎くんの隣に座るなり、何故か彼は私の太腿に頭を投げ出して目を閉じる。

「無理やりケンちんに連れて来られたんだよ俺。つーかみんな飲み過ぎだよねー。もー俺お腹いっぱい。名前に癒されたいの」

ちょっとよく意味がわからないけど私の太腿で寝の体制に入る万次郎くんのクリーム色の毛をやんわりと撫でると閉じていた目を開けて「もっと撫でて」なんて可愛く甘えてきた。だから私は言われた通り万次郎くんの髪を撫でてあげると口端を緩めてまた心地良さげに目を閉じる。

「とりあえずお腹すいてるから私食べてもいい?」

誰に言っているのか、そう言うと万次郎くんが握っていた私の手を仕方なさげに解いた。両手が空いたことでテーブルにある残り物の唐揚げやらホッケやらに手を付け始めた私の前、トイレに行っていたんだろうナホヤくんが座った。

「あれ?いつ来たん?」

私を見てそう聞くその顔はいつものスマイリー笑顔満載。

「ちょうど今!20時上がりだったの」
「おーなるほど!んじゃ改めて乾杯」

ビールジョッキを私のカシスオレンジのグラスにコツッとくっつけると手にしていた枝豆を私の口元に運んでくれる。口を開けた私に食べさせてくれるナホヤくんは不意に腕を伸ばして私の髪を撫でた。
なんだこりゃ。

「酔ってる?」

私の問いかけにニコッと黒い笑顔を向けると「そこそこ」なんて言うんだ。ビールだけでそんなに酔うかなぁ?なんて思うも、ナホヤくんの横にはワイングラスも置いてあって、なるほどと納得した。よく見ると、焼酎やら日本酒やらもナホヤくんの座るテーブルの前に色々置いてあって、完全にちゃんぽんじゃんって苦笑い。いくらアルコールに強いといってもそんだけちゃんぽんしたら潰れるよね、普通…。飲み屋でバイトしているせいで、酔わない飲み方はだいたい身についていた。そして、こーゆうちゃんぽん飲みはだいたいみんなトイレ行きだ。だけどナホヤくんの顔色は全く変わることなく、血の気の引く事もなく至って通常通りに見える。

「大丈夫?」

一応聞くと「へーきへーき、飲もうぜ」なんて笑うんだ。だから私は万次郎くんを膝に乗せたままナホヤくんと二人で飲み始めた。

「そう言えばソウヤくん今日いないね?」
「あーアイツ今日デートだって」
「へぇ!いいなぁデート…私もしたい」
「あ?名前旦那いねぇの?」
「いないよー。去年別れてからずーっと独りですよー」
「なら俺が旦那になってやる」

何を思ったか、ナホヤくんが笑顔で自分の頬を指差した。いやいくら酔ってるからって酷くない?そんなの。

「酔ってるナホヤくんに言われてもねぇ」
「ばーか。酔ってても選んでんだよ俺は」
「それなんの説得力もないよ」
「じゃあ何すりゃ信じるよ?」

いつも笑顔のナホヤくんのちょっと真剣な顔はドキンとしてしまう。てゆーか真剣な顔のナホヤくん初めて見たかも。いつも言い方悪いけど、ヘラヘラしてるから…

「うーん。日を改めて?」
「はぁー無理。俺さ、ずーっと見てたんだよねぇ名前んこと」

テーブルの上、頬杖をついたナホヤくんの顎を支えている手とは反対側の手が私の手をキュッと握った。まさかのロックオンにやっぱりドキドキする。オレンジ色の髪の毛の下から覗く目が大きく見開いている。それは双子の片割れソウヤくんと同じ大きな目で。いつも目を細めて笑っているから気づかないけど、ナホヤくんの大きな目は一度絡むと視線を外せない。ジィッと見つめるナホヤくんは、テーブルの上で私の指に自分の指を厭らしく絡める。見つめ返す私の頬にその手が移動すると、更に心拍数があがった。

「ナホヤ、くん」
「んー?」
「なにごと?」
「なにが」
「手、」
「ダメ?」
「だ、だめ!離してよぅ」
「やだね〜名前可愛いもん」

…いくら酔ってるからって、言っていいことと悪いことがあると思うの。そーゆー可愛いとか、気持ちのない子に言っちゃだめなのに。勘違いされても怒れないよ!なんて脳内ではめちゃくちゃ饒舌に喋っているというのに、私の口から出る言葉なんてなくて…

「ナホヤくん、ほんとに」
「抜け出さねぇ?二人で」

う、どーしよ。ナホヤくんのことそんな風に思ってなかったのに、アルコールが入ってるせいか、私まで熱くなってしまう。無駄にドキつくのはナホヤくんが嫌じゃないからなんだろうか。もう後五秒ぐらい見つめあったらイエスと言ってしまいそう…なんて浮ついた事を思っていたんだ。

「スマイリー諦めろ。名前は俺んだ」

聞こえた声と唇に触れた温もりに身体が固まった。
私の後頭部に手を回してロックオンしている万次郎くんが、私の膝から起き上がって、あろう事か唇を塞がれた。生温い万次郎くんの舌が唇を割って入ってくるから、それだけで私の酔いが身体中に回ってしまいそうで…

「ンッ」

小さく万次郎くんの胸を押すけどビクともしない。酸欠になりそうなキスが終わる頃には私は違う意味でクラクラして、ぶっ倒れる私をナホヤくんの片手が支えたんだ。
私の上でバチバチと火花が散ったのが見えた気がした。