赤い運命を背負う者*2

一日の仕事を終えて帰宅しようと着ていた白衣を脱いでロッカーの中のハンガーにかけた。
だいぶ日も短くなってきて、18時を過ぎた今、外はもう星が瞬き始めていた。今日は見たいドラマもないし、走りに行こうかな…と、早々に車で自宅まで帰る。仕事着からスエットに着替えて帽子を被ると私はいつものコースをランニングし始めた。
運動不足とかダイエットとか、最初こそそんなものの為に始めたランニングだけれど、最近は走ることが前よりずっと好きになっていて、徐々に走れる距離を伸ばしている。いつかフルマラソンにチャレンジでもしてみようかと思えるぐらいに。それに、まだ若い子達を相手にしているから、衰えたなんて学生たちには通用しないだろうし、体育祭は教師の参加もあり、私たちも何かしらの競技に参加する事が絶対とされている。保険医なんて普段生徒と顔を合わせることも少ないから、ここで少しでもみんなと仲良くなれたら…なんて思っていた。
大きな公園に到着すると、真ん中にある噴水の前で脚を止める。

「あれ、煉獄くん?」

そこに居たのは赤組団長の煉獄くんだった。金色の髪だからすぐに分かる。応援団の練習をしていたのか、先程校庭でもちらりと見たが、ブレザーのK学では見ることの無い学ランを着て手を動かしていた。

「これは、苗字先生!いつもと服が違うので分かりませんでした」

ニコリと微笑む煉獄くんに近寄った。

「ここランニングのコースなの。今日は早めにあがれたから走りに来たんだけど。煉獄くんこそ、練習はもう終わったんじゃ?」
「あぁ自主練てところです。明日皆に教えるのに俺がしっかり出来ていないと恥なので。苗字先生はよく走ってるんですか?」
「うんまぁ、たまーにね。偉いなー煉獄くん!君は本当に真面目だね」

スッと手を伸ばして煉獄くんの髪を撫でると、大きな目をいっそう大きく見開いた。

「俺たち三年は今年が最後だし、なんとしても優勝したいと思ってます」
「そっか、最後だもんね」
「はい」
「応援団長って毎年モテちゃうから、煉獄くんも体育祭が終わる頃には彼女ができてるかもね」

毎年団長はそれなりに人気のある子がなる事がほとんどで、だいたいみんな終わる頃には彼女ができるだとか、変わるだとかそんな現象が起きていた。勿論第三者目線で微笑ましく見ているだけだけれど。
噴水の石段の上に腰を下ろす私に、煉獄くんはほんのり目を逸らす。

「その様な事には俺は疎いのですが…俺なんかを選ぶ物好きはそういないと思います」

確かに煉獄くんは色恋のイメージがないかも!なんて思いながらも、その真面目すぎる性格は私にとっては素敵に映る。もちろん、人として。

「好きな女の子、いないの?」
「いません」
「勿体ないなー。私が同じ歳だったら煉獄くんみたいな人に興味持っちゃうかも!」

ふふふって笑うと、煉獄くんも私の隣に腰を下ろした。

「何故、今では無いのですか?」
「へ?」
「今の歳だと、俺に興味は持ちませんか?」
「えーと、」
「苗字先生はとても魅力的です。俺はその、恋愛には確かに疎いと思いますが、年齢とか外見とかよりもっと深い所で気持ちが通じ会えたらいい…なんて思っています。それが生徒と先生だろうと、生徒同士だろうと…」

大きな目が真っ直ぐと私を見ていて、迷いなき煉獄くんの言葉に胸がドキンとときめいた。いやときめいちゃダメだろ…そう思うも、心音はドクドクと早鐘を打ってしまう。

「こ、こらこら。先生相手にそんな真面目に突っ込まない!そーゆーのは、生徒同士でやりなさい。私は君と同じ年齢に戻れる事は絶対にないし、煉獄くんの事は大事な生徒の一人で、それだけだよ」

立ち上がる私の手を、どうしてか煉獄くんはぎゅっと掴む。噴水の水が下から湧き出てきていて水しぶきがほんのり飛んでくる。こんな風に誰かに腕を掴まれること自体が久しぶりで、脳内に居座っている零の存在がぶわっと浮き出てくるようだった。無言で煉獄くんの手を反対側の手で押さえ付けて剥がす。

「苗字先生はとても魅力的です」

止めてよ、そーゆうの。
私は振り返ってニッコリと微笑む。

「煉獄くん私ね、どうしても忘れられない人がいるんだ。すごく大好きで、今もその人が好きなの。ね、だから」

君とは住む世界が違うんだよ…とは言えなかった。

「煉獄くんぐらいの年の男子は、年上の女に憧れたりするからね!そうやって生徒に魅力的って言って貰えるだけで凄く嬉しいよ、ありがとう!そろそろ行くね。もう遅いから早く帰りなさい」
「…はい」

頭のいい子だから、私が拒んだことも分かったに違いない。そして、それをちゃんと受け入れたということも。
ほんの一瞬彼に対して気持ちが変わりそうになるのを私は敢えて蓋をした。自ら不毛な恋をするなんて馬鹿げた事はしない。そして、間違いなく胸の中にいるだろう零への気持ちを再認識するのであった。