針の先にある希望*2
それでもどんなに怒っていてもタカちゃんは毎日、おはよう!とか、おやすみ!とか、そーいうLINEを送ってくれていたから、この日の夜もそうだって信じていた。だけれど、何時になっても私のスマホにタカちゃんからのLINEはなく、翌朝起きた後も、おはよう!の挨拶すら送られてきていなかった。
それでも私は自分から謝る気になれず、タカちゃんがそーいう態度なら私だって謝るもんか!と、意地を張る覚悟を決めた。
学年の違う私たちは、お互い意識して会いに行かなきゃ校舎内ですれ違う事もほとんど無い。お昼休みに学食へ行けばきっとタカちゃんはいると思う。時々中庭のある渡り廊下の前でタカちゃん達はヤンキー座りしてダベっている事もあるからジュースでも買いに行けば遭遇できるはずだ。だけれど私は自分から会いに行くっていうのが嫌で、それも断固としてしなかった。
タカちゃんと連絡が途絶えてから一週間、「名前ちゃん、先輩が呼んでるよ!」クラスメイトに呼ばれて、やっとタカちゃんから来てくれた!とつい嬉しくて小走りで廊下に出れば、「場地先輩…」タカちゃんと同じグループの場地先輩がニカッと八重歯を見せて笑ったんだ。
「なーにやってんのお前ら!」
廊下に背を預けて俯く私の横で、窓の枠に肘をかけて見下ろす場地先輩の顔は不謹慎にも楽しげだ。
廊下を通り過ぎる女子たちが、場地先輩の登場にザワついている事すら今の私にはウザったい。そんな女子たちに見向きもせず場地先輩は私を真っ直ぐに見下ろしている。
「なにもしてませんよ」
「その割に、毎日うぜぇくらい三ツ谷んとこ来てたのに最近全然来ねぇじゃん!喧嘩でもした?」
てっきりタカちゃんから喧嘩の理由を聞いてここに来たのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。私を見下ろす場地先輩は、超絶暗い顔の私とは正反対、ほんのり口端を緩めている。
「…喧嘩というか、作品展用に作ってたリングピロー壊しちゃって私が。それで怒らせちゃいました、」
苦笑いしたつもりだけれど、思ったより自分の中でこたえていたのか、歪んだ顔が元に戻らなくて、視界がボヤけていく。瞬きしたらそれがクリアになってまたボヤけて…やだ私、泣いてる?慌てて指で頬をつたう涙を拭えば、場地先輩が私を隠すように窓側に入れ込んで盾になってくれる。その顔は今の今まで楽しんでいた顔とは違って、ちょっと眉毛を提げて呆れた顔で。
「なんだ、なんだ、泣く程辛かったなら頼れよなー俺のこと」
ポスッと場地先輩の手が私の肩に乗っかると、そこがジンと温かくて、溢れる涙を止められなかった。
予鈴が鳴り響くけど動けなくて、みんなが各自教室に戻る中、私は場地先輩に連れられて屋上へと続く階段をあがっていた。
「たまにはのんびりサボろーぜ、名前。んな顔して授業受けたらセンコーのがビビるわ。ほら言っちまえよ、腹ん中のこと全部。誰かに話したら案外スッキリするもんだぜ?」
場地先輩の低音が私のピリついていた神経を柔らかくしてくれている様で、心の中にあったモヤモヤを全部全部吐き出したんだ。
何も言わずに全部聞いてくれた場地先輩は、スッキリした顔の私を見て静かに告げた。
「視点を変えて見たらどーだ。相手が三ツ谷じゃなきゃそんな気持ちになんねぇんじゃない?俺にしとけよ、名前」
ふわりと風が舞って私たちの間を通り抜けていく。スカートの裾が揺らめいていたからそれを手で抑えた私に影ができて、場地先輩の顔が目の前で止まった。
「ちょっと!!」
触れ合う寸前で胸を押して離れる私に、場地先輩はなんの遠慮もなくニカッと笑う。
「俺相手でも、ドキドキしねぇ?」
やっぱり楽しんでいるのだろうか。場地先輩が何を考えているのかさっぱり分からないや。
というか、タカちゃんとの事相談しているのに、鞍替えしろ…だなんて、有り得ない。
「しません!私はタカちゃんが好きです!タカちゃんがいいんです!もう、からかわないでくださいよ」
ちょうど授業終了のチャイムが鳴ったから私は屋上のドアを開けた。階段を1周した所で、目の前にある音楽室のドアがガラリと開いて中から3年生が出て来た。その中に銀色の髪を靡かせた「タカ、ちゃん…」一週間ぶりのタカちゃんは何も変わっておらず、私に気づいて一歩こちらに近寄った。でもその脚がすぐに止まる。
「待てって名前〜!」
後ろから聞こえた声と、肩に巻き付く場地先輩の腕に私の思考も止まる。
「場地と二人きりで、何してたんだよ…」
せっかく仲直りできると思ったのに、タカちゃんは私と場地先輩を軽蔑するような視線で見ている。そんな風に怖い視線を送られても仕方がないのかもしれない。
でも、違う。
「何もしてない」
「信じらんねぇ…名前が何考えてんのか分かんねぇや俺、」
そう言うとタカちゃんはくるりと私たちに背を向けて歩き出す。そんなタカちゃんを追う気になれなかったのは私で、心にモヤモヤがまた発生して大きくなる。
「何が信じられないのよ。あるわけないのに、何も…」
タカちゃんのバカッ!!!!去りゆく後ろ姿に大声で叫ぶと私はタカちゃんとは反対側に走った。だけど当たり前に追いかけては来てくれず、私とタカちゃんのLINEトーク部屋は、あれから一文字もメッセージが送られる事はないんだ。