君と未完成な恋事情*1

「いらっしゃいませご主人様〜!」

ペコッと頭を下げて出迎えた私を見てギョッとする千冬。思いっきり顔を顰める千冬の前で私は猫耳付きのメイド衣装で「千冬ッ!」その腕を取ってギュッと抱きついた。

「もう〜やっと来てくれた。何回言っても千冬全然来てくれないんだもん!」
「ちょ、離れろ。つかなんだその格好、ンな格好するなんて聞いてねぇし許可してねぇ」

最後の方は何故か声が小さくなる千冬にキョトンと見つめ返せば、「似合ってねぇよ、ンな格好…ブス」ムカつく一言を浴びせられる。
でもその顔は耳まで真っ赤になっていて、千冬のそーゆう反応を見るのは好きだから、それはそれで嬉しいんだ。
文化祭の出し物で私のクラスはメイド喫茶に決まり、こうして女子たちはトン・キホーテで買ったメイド服を着てお客を出迎えている。
幼馴染の松野千冬とは腐れ縁ながら高校も同じで、大きくなりつつある今でも私たちは幼馴染という関係のまま今に至る。その実態は…言っちゃえば私は千冬が好き。というか小さい頃から千冬しかいない。千冬の気持ちがどこにあるのかは正直分からないけれど、それでもその他大勢の女子とは違うって思いたい。

「うわ、名前ちゃん!すげー似合ってるね!」

千冬の後ろ、花垣くんが鼻の穴を全開にしてそう言うもんだから、千冬が思いっきり睨みつけていた。

「花垣くんありがとー!千冬以外はみんな可愛いって言ってくれるのになぁ。三ツ谷先輩とか3回も来てくれたよー!幼馴染の好でサービスしてあげるね!」

空いてた席に案内して私は一度カウンターの裏側にあるバックヤードに戻った。ふぅと、息を吐いて爆つく心音を整える。馬鹿みたいに緊張したのは、千冬が好きだからなんだって。鏡に映った自分の姿を見て苦笑い。文化祭じゃなきゃできない格好だけれど、それでも千冬の好きそうなコーデを選んだつもりだ。普段と違う私を見て少しでも千冬に可愛いって思ってもらいたいって乙女心は全く伝わっていなさそうだけれど。
それでも私は気持ちを切り替えて笑顔を作るとお盆にジュースを乗せて客室フロアへと出て行く。

「お待たせ致しました〜ご主人様!こちら名前特性惚れ薬味のコーラで〜す!にゃんにゃん」

顔の横で手を招き猫のように曲げてそう言うと、千冬の目が大きく見開いて直ぐに逸らされた。その横顔は眉間にシワが寄っていてあきらかに不機嫌だ。隣の花垣くんとは大違いな千冬の態度には慣れているけど、せっかく頑張って可愛くしてるのに、もっと見て欲しいと思ってしまう。

「これ飲んだら俺、名前ちゃんに惚れちゃうの?」
「ふふふふ〜。このお薬は、自分が今一番好きな人をもっと好きになるお薬なので、花垣くんはヒナちゃんを更に好きになる薬だよ。…ーー千冬は、」
「くだらねぇ」

相変わらず横を向いたままコーラを取ってストローで飲み干す千冬の前に回って膝を着くと、「千冬?」頬に手を添えて名前を呼んだ。大きな猫目を見開いた千冬は頬に重なる私の手を無理くり剥がすと「馬鹿じゃねぇの!」真っ赤な顔でそう言った。

「なによ。せっかく千冬の為に可愛くしてきたのに。ちょっとぐらい可愛いって言ってくれてもいいじゃん!」
「はぁ!?別に頼んでねぇし、そもそも許可してねぇし。おいタケミっち、飲んだら行くぞ」

立ち上がった千冬は私の方を見向きもせず、伝票を手にするとさっさとレジ前へと移動した。ポツンと取り残された私に花垣くんが「照れてるだけだと思うよ、千冬」そうフォローしてくれて、「うん、ごめんね、なんか」自嘲的に笑う私に頭を下げると千冬の後を追いかけて行った。

「結構頑張ったのに、なによ、千冬のバカ」

悔しくて泣きそうになるのを我慢して私はバックヤードに戻った。
中学生の千冬はバイクばっかりで今よりもっと会う事もなかった。高校に入って少し丸くなったのか、こうして私との時間も取るようになってくれたのにと、ギュッと握った拳に力を入れる。唇を痛い程噛んでいると、「名前〜また三ツ谷先輩きてるよー!」クラスメイトの呼び掛けに私は慌ててフロアに飛び出した。

「三ツ谷先輩!いらっしゃいませ〜」

スカートの裾を持って小首を小さく傾げて挨拶する私を見て三ツ谷先輩は眉毛を下げた。

「すげー顔だな、どした?千冬となんかあったのか?」

優しい低音が私に届く。それだけで胸がホッと熱くなってまた泣きそうになってしまう。それを見た三ツ谷先輩は静かに立ち上がると私の腕を掴んでバックヤードへと連れて行く。

「ちょっと名前ちゃん借りんなー」

バックヤードにいたクラスメイトにそう声を掛けると三ツ谷先輩は、廊下を抜けて人の少ない中庭へと連れて行ってくれた。

「ほら、食え」

目の前に差し出された蒸しパン。手芸部の三ツ谷先輩は文化祭で色んなお菓子を作るって言ってた。三ツ谷先輩に差し出された蒸しパンを一口食べれば、温かくて甘くて、優しい味がして顔が崩れそうになる。

「ンな泣きそうな顔してんなら腹ん中のもん全部吐き出しちまえよ。特別に聞いてやるから」

ポンポンと優しく頭に手を乗せた三ツ谷先輩は、そのまま肩を引き寄せて片手で私をふわりと抱き寄せたんだ。