まだ時差ボケが取れてなくて、あれ程寝たせいで眠くなかった。
ベッドの上では既に夢の中の実弥。酒の周りもあってさすがにぐっすり眠っている。
ベッドの下に脱ぎ捨てられた実弥のシャツだけを羽織ってカウンターキッチンの向かいにある長椅子に座って食べ損ねた実弥特製のツマミとワインを胃袋に流し込む。
カウンターに置きっぱなしだったスマホにはメッセージが数件。ワイン片手にそれを開くと思った通りの人だった。
【家が決まった】その一言と住所が送られてきていてそれをジッと見つめる私の胸はほんの少しトクンと脈打つ。
24でシガンシナの大学に移ってそこで薬学を学びながら動物病院のドクターも務めた。同じような境遇の仲間が沢山いて、その中の一人と恋人になった。
でも毎日の忙しさとすれ違いが続いて彼との未来は途絶えた。けれど今でも連絡を取り合うのはお互いに大人だから。恋人と別れたから仕事もできなくなるような女には成り下がりたくない。仕事の為なら別れた恋人とだって普通に接する。というか、そもそも彼は気まずい空気を作るような人でもなく、だから今の私たちは単なる会社の上司と部下ではあるものの、友達と呼べるような簡単なものでもなく、不思議な関係。
勿論私に未練なんて更々ないけれど、彼の事は多少なりとも気になる存在だった。
「眠れねぇのかァ?」
ベッドの上、ムクリと肩肘ついてこっちを見ている実弥。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、寝返り打ったらいねぇから」
ワインをゴクリと飲み干すと私はまた実弥のいるベッドに行く。隣に寝転がってチュッとキスを交わすと「ワイン味、」フッて実弥が笑うから「実弥の味に変えて、」そう言って彼の上に跨ると眉毛を下げて笑った。
「足りねぇのかよ」
「あら、体力ありそうに見えるけど?」
「当然だ。腰が動かなくなってもしらねぇぞォ」
「ふふ、そーゆーとこ、好きよ。」
クッて目を細めて笑う実弥が私を組み敷く。意図も簡単にシャツを奪い取られてまた甘い唇が全身に落ちる。
身体はすごく怠いのに、この快感は止められるものではないんだろうーーーー
◆
目が覚めると今度は実弥の姿がなかった。部屋の端にあるガラス張りのシャワールームから聞こえる水音にそっちに行くと案の定実弥がシャワーを浴びている。コンコンって戸を叩くと振り返った実弥に指でそっちに行ってもいい?って合図を送るとドアを開けてくれた。
「すげー部屋だなァ、たく。部屋にバスルームもキッチンも着いてるとこなんて見たことねぇよ」
緩めにしたシャワーを私にもかけてくれる実弥にギュッと抱きつくとちょっとだけ眉毛を下げた。
当たり前に萎んでいる実弥のソレに手を這わすと「おい、」って。でも私はその場でしゃがんで実弥のソレを口に含むと見る見る硬くなっていくのが分かる。壁に手をついて快楽に耐える実弥を見上げるのは楽しくて。強面のオトコの歪んだ顔は堪らないかも…なぁんて思えた。
「クッ、ユヅキっ、イッちまうッ、」
肩を揺らして大きく呼吸を繰り返す実弥の苦し紛れな喘ぎ声に私はそのまま口を離して手でしごいた。
「クソッ、う、あっ!!」
そんな声と共に実弥の欲が勢いよく飛び出てきて、そのままシャワーで流した。
「いつぶりか覚えてないって言ったけど、久しぶりだったんじゃないの?」
「うるせぇよ」
「また逢いに来てくれる?」
「…あァ」
その言葉に意味なんてない。大人だから実弥もそのつもりだって思う。こんな意味の無い付き合いを繰り返すのは馬鹿だって思う。
けれど、両親共によそに恋人がいる事は昔から知っていて、だから永遠の愛なんてないんだって思うと、恋愛することすら馬鹿らしく思える。
結局シガンシナで付き合った彼とだって長くは続かなかったから、そんなもんだと思う他ない。
だったら私はそれでいい。好きな時にそこそこタイプのオトコに甘く抱かれれば満足できる。
それでも、実弥の温もりは好きだな…なんて思えたけれど。
二人でシャワーを浴びて共同リビングに出る。
上半身裸でタオルを巻いた実弥にリビングで髪の毛を乾かして貰っていたら、寝起きのハルが漸く部屋から出てきた。
「ハル、おはよー!」
「よぉハル先生!煉獄は帰ったのか?」
目を擦っていたハルが実弥を二度見、三度見ぐらいして「し、不死川先生っ!?何してるんですか、こんな所でっ!!!て、ユヅキ、何してんの、そんな格好で!!!」
実弥のシャツ一枚羽織った格好の私を見てハルの雷が二年ぶりに落ちた。
「全く信じらんない!!よりによって不死川先生とヤッちゃうなんて!絶対学校で会ったら気まずいじゃん私!もうなんて事してくれたの、ユヅキってば!」
人前で早々怒ることの無いハルも、双子の片割れ私に対してはガツガツ言う訳で。
あれから朝ご飯を食べた実弥は普通に帰って行き、二人きりになった途端、二度目の雷が落ちたってわけ。
「ハル〜。私時差ボケで全然頭動かないの。おまけに実弥に腰ぶっ壊されて、今日は1日動けません!だから早く帰ってきてね!ユヅキの為に。」
「知らないわよ!てか1人で海外行けたんだから料理ぐらい作ってたんでしょ?」
「まさか!!あっちで付き合ったオトコが家事全般得意だったから全部甘えてたけどね。」
「なっ、」
開いた口が塞がらないようハルは、額を手で押さえてぐったりしている。
双子の私たちは性格も何もかも正反対だと思われがちだけれど、本当はさほど変わらない気がする。
世間体だったり人の目を気にしているハルは、言っちゃえば世間では猫を被っていて。逆に私はその辺気にしないから素のままでいる。それを外で出すか出さないかの問題で、本来のハルは私とよく似た好奇心旺盛な女であるはず。
「いーじゃん!ハルだって煉獄杏寿郎といい感じだよね?一目見てすぐに分かったよ、煉獄杏寿郎がハルの好きなオトコだって!」
ふふふって笑うと顔を真っ赤にして黙り腐ったからその通りなんだって。
「あーでも今日みんながうちに来たいって言ってたから呼んだよ!大丈夫とりあえずケータリング頼んだから料理はこっちで適当にやるから。シガンシナの同期が揃って今夜うちに来るからハルも顔出してよね?」
「は?聞いてない!同期って、ケータリングって、」
「あ、私美容院とネイルとマッサージ行ってくるから今日は忙しいの!ハルも仕事頑張ってね!実弥に宜しく言っといて!」
ロイヤルミルクティーを飲み干した私は、コップを洗いもせずシンクに置くと、部屋に入って身支度をした。薄めにメイクだけをして久しぶりに日本の街を歩く。
「空気は不味いし人も多くてウザったいけど、この街はやっぱり落ち着くなぁ〜」
大きく深呼吸をした所でスマホのアラームが鳴る。見ると、予約の時間まであと少し。慌ててタクシーを拾い、まずは全身ほぐして貰うためにマッサージ店へと急いだ。
その後美容院とネイル。ついでに買い物をしたくて悩んだ挙句、仕方なくスマホを取り出す。
数コールですぐに繋がる低い声。
【どうした?】
「買い物に付き合って欲しいんだけど、ダメかな?」
【構わねぇが。どこに行けばいんだ?】
「銀座に」
【了解だ。着いたら連絡する】
「うん」
こんなくだらない事で呼び出す私を面倒だと思わないのだろうか?恋人でもないのに女の買い物に付き合うなんて馬鹿げた事、嫌に思わないんだろうか?
久々に付け直したネイルにテンションが上がった私は、クリスマスに彼に貰った指輪を付けていた。右手の薬指に。別れたとはいえ、これは私が欲しいとねだったデザインでそうとう気に入っている。でもネイルも何もついていない指につけるのは少し可哀想だったからずっと外していたのだけれど、もういいよね。
…少しだけ、あの頃の幸せが蘇ったように思えるのはきっと私の気のせいだろう。
「ユヅキ」
聞こえた声に振り返ると、変わらないリヴァイの姿がそこにあった。
「ごめんね、リヴァイ。せっかくのお休みだったのに。よかったらリヴァイの買い物にも付き合うよ?」
「そうか。それなら俺も見ながら回ろう」
「うん!」
微笑んでリヴァイに一歩近寄ると、まじまじと私を見つめて一言。
「いつも以上に綺麗だな、お前」
この人は、私の欲しい言葉を今でも沢山くれる唯一の人だ。
ねぇ、どうして私はこの手を離してしまったんだろう?
愛だの恋だのを信じられない私が、初めて心を許した人だというのに、どうしてこの人は他の人とは違うと思ってあげられなかったんだろうか。
それが私の唯一の罪だとしても、どうすればいいのか分からないよ。
❀色褪せないメモリー❀