寂しさに負けそうな夜

「リヴァイー!見て見てこれ、タピオカ!確か日本でめっちゃ流行ってるんだよ、これ!ねぇ、飲んでみる?」

時々ハルのインスタにあがっていたこの奇妙な飲み物。
シガンシナは田舎だから何もかもが遅れている。ただ広い土地があるがゆえ、研究所だったり大学だったりがそこに集っていた。よく言えば古き良き西洋という所だろうか。
目の前に差し出されたそれに、当然ながら顔を顰めたリヴァイは「いらねぇ」と私の手を元に戻した。

結局、荷物持ちをかってでてくれたリヴァイのお陰で、リヴァイの買い物は何一つしていない。それでもそれを当然の事と思ってくれるリヴァイは、やっぱり優しいオトコだと思う。

「美味しいのになぁ」

「その気持ち悪りぃクソみてぇなもんがなきゃ飲んでやってもいいがな」

「ふふ。紅茶は大好きだもんね、リヴァイ!あ、ねぇ今日同期がうちでホームパーティーするんだけど、リヴァイも来ない?」

答えなんて分かっているけれど、せっかく荷物持ちをしてくれている手前、申し訳程度に聞いた。
なんせリヴァイは私の同期があまり好きじゃない。
だから絶対に来ないって分かっている、

「断る。ユヅキの同期と飲んだらクソが出ずらくなりそうだ。…だが、ユヅキの家には興味がある。あいつらが帰ったら部屋に行こう」

…こーゆう事、さらりと言ってのねけちゃうのちょっとズルいよなぁ。私たちもうカレカノでもなんでもないのに。
立ち止まった私はついリヴァイをガン見してしまって、それに気づいたリヴァイが怪訝に私を見返す。

「それは…上司として?それとも、」

口を噤んだ私の手を不意にギュッと掴むとリヴァイは「それとも、なんだ?言え、」…軽く引っ張られた後、歩道の外を車が横切った。そうやって女扱いしてくれるのも、リヴァイだけなんだよ。

「興味があるのは、家なのかな?って、」

本音を隠そうとしてもリヴァイに隠しきれたことなんて一度もなかった。途中まで言いかけた言葉は最後まで言わせられる…それがリヴァイだった。だから私はリヴァイに嘘はつけない。

「なにが言いたい?」

「別に。ただ、別れた女にもリヴァイは優しいよねって少しだけ申し訳ないなって」

「ほう。戻りたいのか?ユヅキは…」

トクンと胸が小さく脈打つ。けれど私は左右に首を振る。

「戻らないよ。だって私、愛とか恋とかやっぱり分からない。寂しい時に抱きしめてくれる人がいればそれでいいと思っちゃう」

昨夜の実弥みたいに。あんな風にまた実弥が抱きしめてくれればそれで満たされてしまう。
リヴァイが傍にいなくとも、私は前を向いて歩いてはいける。
なんとなく、リヴァイの顔が見れなくて俯く私に「そうか」と、リヴァイが呟いた。

どんな顔なのか、どんな気持ちなのかも分からない。私に対して欲しい言葉をくれるリヴァイだけれど、リヴァイの本音は私には一つも見抜くことなんてできずにいる。
きっと本物の恋人同士ならば、リヴァイの本音も分かるのかもしれない。でも私にはそれが無理だった。だからそれなら恋人でいる必要は無いって。
そんなくだらない事にリヴァイを巻き込む事はできないと思った。無駄な時間を過ごすぐらいなら、ちゃんとリヴァイの本音が分かる女を選んで欲しい…なんて。

「なら、寂しくなったら俺を呼べ。抱きしめるぐらいしてやる」

思いもよらぬそんな言葉に思わず俯いていた顔を上げた。そこには真っ直ぐに私を見つめるリヴァイがいて…スッと伸びてきた大きな手が私の頭を優しく撫でた。

「答えになってないじゃない」

小さく言葉にした気持ちにリヴァイが答えることは無かった。






シガンシナの同期が揃ってやって来たのは19時を過ぎた頃だった。
あれからリヴァイと別れてタクシーで帰ってきた私は買ったものを全てクローゼットに入れた。
サシャが来るからケータリングはいつもの倍を頼んでいて、それが時間ごとにやってくるからダイニングに並べて置いた。
飲み始めて1時間が過ぎた頃、漸くハルが疲れた顔で帰ってきた。
サシャとコニーが暴れたせいで部屋がすこぶる汚く、ハルが言わんとしている事が分かったけれど、今すぐ片付けても絶対また汚すと分かっているからほおっておいてる。

「ユヅキの同居人?」

アルミンが私の隣に来たハルを見て興味津々な顔を見せた。
カウンターに座っていたジャンもこちらを見ている。

「双子の妹のハル。えーっとキメツ学園で教師してるの。ちなみに恋人はいないから、興味があったら仲良くしてやって!」

「ちょっとユヅキ、余計なことを。…ちゃんと片付けて帰ってくださいね?」

眼鏡の下の目が全然笑っていないハルを内心笑いつつも、「アルミン掃除任せた!」ポカンと背中を押すと「僕!?面倒くさいなぁ〜」なんて苦笑い。

「あーユヅキ、煙草ベランダなら吸ってもいいか?」

ジャンが手持ち無沙汰な手でカウンターをつついていたのは気づいていたから私は頷いた。ちょうど酔いが回ってきたから私もブランケットを肩にかけてジャンに続いた。

「身近にこんなセレブがいたなんてな」

すぐ様ジッポで火をつけたジャンは一度肺に入れた煙を口から横に吐き出した。私にかからないように。

「セレブって。こんなの親の財産で私の物でもなんでもないけど」

「十分だろ。そういや今日は班長は来ねぇのか?」

こちらを見ることなく声だけを乗せるジャンはさも美味しそうに煙草を吸っている。
いきなり何?ってジャンを見上げるも、ベランダの柵に腕をかけて東京の夜景に目を向けていた。
少し伸ばした顎髭が似合ってないってエレンに突っ込まれていたジャンは、私とリヴァイが別れた事を知らないのかもしれない。
特段誰かに言う事もしなかったせいか当然のようにプライベートに存在するんであろうリヴァイの名前をいとも簡単に出してきた。

「ジャン私、リヴァイとはもう…」

くるりとジャンの視線が飛んでくる。体ごとこっちを向くジャンは咥えていた煙草を危うく落としそうになったけど、指でしっかりと掴み直していて。
細い目が大きく見開くのが分かった。

「は?別れたのか?」

「うん、半年前に」

「マジかよ。なんだよそれ、んじゃ俺は半年も無駄にしたっていうのかよ、クソッ、」

その言葉にやっぱりかと思った。薄々気づいていたジャンの気持ち。でも相手があのリヴァイだと分かればそこに勝負を挑む馬鹿なんてあのシガンシナにはただの一人もいないだろう。

真っ直ぐに私の頬に伸びてきた手がそっと触れる。

「ユヅキ、お前が好きだ。俺の事見てくれねぇか?」

「直球ねジャン」

「当たり前だろ!班長以外の男になら俺は負けない!2年前からずっと、ユヅキを好きだった。今もその想いは変わらねぇ…」

リヴァイの隣で笑っていた時もずっと、ジャンは私を見てくれていたんだと、分かっていながら分からないフリをしてきた私はやっぱり罪人だろうか。

…リヴァイに逢いたい。
こんな事、思っちゃいけないんだろうけど、昼間さらりと言ったリヴァイの言葉が頭から離れない。


ーー寂しくなったら俺を呼べ。抱きしめるぐらいしてやるーー



「ジャン私…愛とか恋とか、好きとか…分からないの。ジャンは私をセレブって呼ぶけど、小さい時から両親共に外に恋人がいたから私もハルも親に愛された記憶なんてただの一度もなくて。だからリヴァイと付き合った事も、正解だったのかも正直分からない。別れた事すら、間違っていたのかもしれないし。…この先誰かを心から愛することなんて。できるのかな…」

自分の事を他人に話すのは苦手だ。
心の闇に関わらない事ならいくらでも気軽に話せる。でも…心の奥底に眠る本当の気持ちは私自身分かっていない。そんなのを他人に話すなんてことも、やっぱりできないよ。
私を見て、それでも切なく微笑んだジャンは、何も言わずにギュッと抱きしめた。
肩に掛かっていたブランケットが落ちても拾うことなくジャンの温もりに包まれていたなんて。


❀寂夜❀