「―――俺とその、疑似恋愛をしてはくれないだろうか?」
昨夜、煉獄先生にそんなことを言われた。
その瞳には嘘偽りなんてものは一切なく、真実だけを述べているのが見なくとも分かる。わたしの知る煉獄先生はそういう人なのだから。
「…あの、」
「すまない!困らせるつもりはないんだ。だが今のままでは俺はお見合いはおろか、女性とお付き合いすることすらでき兼ねる。…名前先生にその様な困った顔をさせたいわけではないのだが…俺はあくまで名前先生を今、素敵な人だと思ってしまっている。だからその、」
真っ直ぐすぎて直視するのも申し訳のない想いに、本当は断ればいいと分かっているのに、わたしは煉獄先生の手をキュっと握りしめていたんだ。
「分かりました。疑似恋愛の相手になります。わたしで良ければ…――ですが、一つだけ。いつか後悔する日がくると思うんです。本当の想いじゃない恋愛なんて、虚しくて馬鹿げている。だから、その時はいつでも言ってください。わたしはその時までの繋ぎ程度の女だって、お忘れないように。」
「そんな事にはなるまい。…俺は名前先生を本気で愛したいと思っている。」
そんな素敵な言葉を貰えるような、いい女じゃないんです、わたし。
そんなに真っ直ぐな目で見つめられていい女じゃないんです、わたし。
「…嬉しいです、その言葉だけで。」
本当に煉獄先生が愛してくれたら、わたしはこの矛盾した呪縛から抜け出せるのだろうか…?
誰か、助けてよ。
「待って、グロスがついたままです!」
部屋を出て行こうとする煉獄先生の手をそっと引き寄せた。
唇を指で何度か拭ってあげると、真っ赤な顔で小さく息を吐き出す。
「…よもや、離れがたい…。」
「え?」
「名前…もう少し一緒に居たい。」
ギュッと強くその場で煉獄先生に抱きしめられた。
実家に道場を構えている煉獄先生は、体育教師の冨岡先生に負けないであろう上腕二頭筋と胸筋でわたしを挟む。
これは、擬似恋愛になっているのだろうか?
「杏寿郎さん…。」
名前を呼ぶと「きみには勝てないな。」なんて笑いながら今指で拭いたばかりの唇をまた触れさせた。
ぎこちないキスかと思いきや、唇を甘くハムるそれに胸の奥がキュンとしてしまう。だからそのまま少しだけ舌を出すと「ンッ、」煉獄先生から甘い吐息がもれた。
「そのまま、ゆっくり絡めて…」
わたしが言うと、ゴクリと生唾を飲み込んだ煉獄先生が、わたしの舌をちゅるりと舐めとった。だから腕を首にかけてそのまま強引に舌を絡めると、しばらくして「よもや、危険だ、これ以上は!」わたしから距離をとって、ちょっとだけ肩を震わせて呼吸を整えている。
そんな姿が可愛くて微笑ましくて、ちょっとだけ虐めたくなるけれど、時間は着々と過ぎていく。
ポケットから取り出したタオルハンカチで煉獄先生の赤くポテった唇を拭ってあげると、「すまない、ありがとう。」そう言ってわたしの頭を優しく撫でた。
「はい。またいつでもお待ちしておりますね。」
「あぁ。では、」
振り返ることなくカウンセリングルームを後にした煉獄先生にクスっと笑って片付け損ねたティーカップを横の給湯室で洗っていると、後ろからギュッと抱きしめられる。
「男が一人増えてんだけど。俺聞いてないよ?どーいうこと?」
「ごめんてー。昨日帰りに色々あってそうなっちゃったの。ごめんね?」
「…全く、あなたって人は。本当に狡くて、可愛いオンナなんだから。ほら、さっきの続き…このままここでいい?」
「んッ、」
ふわりとうなじに口付けされて足がガクンとしそうになるのを彼の手が簡単に抱き抱えた。
ここは、カウンセリングルームの一角。
死角になっているここは、どこからも見つからない秘密の場所。
NEXT〜