燃えゆく炎

「よぉ煉獄!週末の見合いの準備は順調か?」

ドカッと肩を叩かれて振り返ると、楽しそうな顔を向けた宇隨だった。その隣の冨岡に関しては視線だけこちらに向けている。
伊黒はたぶん甘露寺の所で、遅刻ギリギリの不死川はまだ出勤していなかった。
それがいつもの朝の風景で、だから俺の見合い話を知っているのは宇随と冨岡だけだった。

あの日、名前先生にした頼み事は二人だけの秘密という話で纏まり、それを口外することは許されない。故にここでもそれを言う訳にはいかない。
約束事一つ守れない男にだけは成り下がりたくはない。

「順調なわけないだろう。状況は何一つ変わってなどいない。そんなに楽しみなら宇隨にお願いしたいものだ。」
「馬鹿言うなよ!俺を誰だと思ってんだ?お前の代わりに惚れられても困るぜ、こっちは!女3人いるんだぜ!4人目は今んとこ望んじゃいねぇよ!なぁ、冨岡!」

ニカッと冨岡を見て笑う宇隨だが、冨岡もまた「俺には関係がない話だ。」などと興味がありそうな顔で言う。
物凄く聞いている気はするが、冨岡とはそういう奴である。
俺はそそくさと授業の準備をして社会科準備室…ではなく、体育館横にあるカウンセリングルームへ向かった。


コンコンとドアをノックする。

「名前先生、いらっしゃるだろうか?」

すぐにドアが開いて名前先生が部屋に通してくれた。
ティーカップが二つ置いてあるそこは既に先客がいたであろう空気が漂っていた。
今この部屋には誰もいないが。

「すいません、片付けてなくて。」

すぐにカップを手にした名前先生の手をそっと上から押さえた。
ふわりと香るのは彼女の髪なのか、服なのか、手首ら辺からする気がして俺は押さえた手で名前先生の手首を握ってそれを自分の鼻の前に持ってきた。

「あぁやはりココか。ここからいつも甘い香りがする。これは、金木犀だろうか?」

チラリと視線を移すと名前先生はちょっと顔を赤くして俺を軽く睨んだ。
だから慌ててパッと握っていた手を離すと小さく息を吐き出した。

「煉獄先生、そーいうの、女は勘違いしますよ?不意に手を握ったり…。そうです、ここに香水つけてるから。昔から好きなんです金木犀の香り。京都のお店でしか売ってなくていつも取り寄せてるんです。…ーーでも、ドキドキしました。」
「いや、その、すまない。無意識で。」

自分でした事だけれど、名前先生の反応があまりにも可愛くて顔に血液が集中しているのが分かる。
目の前の名前先生も俺もきっと赤面しているのであろうと。

「…名前先生、」
「はい。」
「…触れてもいいだろうか?」

そっと手を伸ばす俺に、名前先生の手が上から重なって自分の頬に持ってゆく。
スッと触れたそこは柔らかくしなやかで、心の奥底にあったであろう炎がボワッと燃え上がったのが分かった。

「もっと、触れても?」
「いいよ、どこでも。」

金木犀の香りに酔いしれて俺は生まれて初めて女性に触れたいと思った。
近づく俺にゆっくりと目を閉じる名前先生。
壊れないように、壊さないように優しく触れたそこは、甘い紅茶の味がしたーー。