アップルキス


「次、これ。これ解いてみ?」


トンって指を机についてジッとあたしを見つめるのは級長の颯ちゃん。

大阪から高校入学と同時に引っ越してきた颯ちゃんは、頭も良くてスポーツも万能で、リーダーシップもあって、すぐに人気者になった。

令和元年夏。苦手の数学で赤点を取ったあたしは、補習を受けることになって。今日は先生が体調不良でプリントを残すと帰ってしまった。

代わりに現れたのがこの颯ちゃんで、あたしの前、机に反対向きで座るとそのまま説明を始めたんだった。

一つ解けたからって、次の問題に差し掛かったもののさっぱり分からない。

てゆうか、こんなに近くに颯ちゃんがいてさっきからあたしの心臓はバクバクしていて集中なんてできやしない。


「あれ、止まった?もう分からん?」
「…さっぱり分からないかも、」
「ちょー貸して。」


シャーペンを奪い取った颯ちゃんは、そのままプリントに計算式を書いていく。


「字、綺麗だよね、颯ちゃん。」
「え?ほんまに?それむちゃくちゃ嬉しいわ。けどそんなん褒めても飴ちゃんぐらいしか出えへんで?」


ニカッてドラ焼き形に口を大きくあけて笑うと、ポケットから本当に飴玉を出したんだ。レモンとイチゴとアップルの3つ。


「アップル食べたい!」


颯ちゃんの手の平に乗っかってるそれに手を伸ばすも、スッと後ろに下げられた。ジーッと見つめるあたしにニヤリと口端を緩めたんだ。


「これ解けたらやるから、チャレンジせえよ?」


トンって指さしたそこには、書き忘れていた名前欄。え?顔をあげたあたしの前、飴ちゃんを袋から取り出してパクッと口に入れちゃった。


「…颯ちゃん?あの、」
「ちゃんと書けたらご褒美やんで。」


トクンと心臓が脈打つ。それが何を意味しているのか分からないほど馬鹿ではない。ないけど、なんかもうよく分からない感情が溢れ出しそうで、ほんの少し震える手でそこに自分の名前を書いた。


「正解。よくできました。んじゃご褒美な、」


カタンって机の上であたしの手に颯ちゃんの手が重なる。細身だから小さく見えるけどその手は思うよりずっと大きくて温かい…


「颯ちゃ、ンッ…」


カタンってまた音がして、颯ちゃんの腕があたしをホールドする。

アップル味の生温い唾液が飴と一緒にあたしの口に流れ込んできてそれをゴクリと飲み込む。


「…花火大会一緒行こうや、ユヅキちゃん。」
「…それって颯ちゃんの彼女として?」
「うん。彼女になってくれへん?俺の。」
「なんか順番違うけど、」


そこまで言うと苦笑いで「ごめん、先にちゅーしてもーた。ずっと好きやった、ユヅキちゃんのこと。」そこまで言って恥ずかしいのか目を逸らす颯ちゃんだけど、好きだったのはあたしも同じで。


「じゃあもっとちゅーして。あたしも好き。」


カタンって颯ちゃんの手があたしの後頭部を押さえて引き寄せる。キュッと颯ちゃんの腕に手をかけると汗ばんでいてすごく暑い。

ジトっとした空気の中、そのまま飴ちゃんが溶けてなくなるくらいに何度もそれを2人の口に入れ替える高度なキス。それを知ってる颯ちゃんを、ちょっとだけずるいと思ったなんて。


初めてのキスはアップル味…