その噂を耳にしたのは事が起こった一週間後のことだった。
「おい空閑どうなっているんだ、お前達は」
「なんのことだ?オサム」
日本で初めてできた友達であり、今は良き仲間とうか、同じ隊の隊長オサムがオレを困惑したように見て、眼鏡の下のその顔を歪めた。
近界民であるオレを受け入れてくれたオサムは、どんな奴にも面倒見の鬼で、まぁそれがオサムって奴なんだろうとオレは思っているけど。そんなオサムが「いいのか空閑、お前このままで…」肩に手を乗せて焦ったように顔を近づけられるけど、なんの事だかさっぱり分からず、オレは小首を傾げた。
「苗字さん、隣のクラスの男に告白されたって。噂で聞いたけど、その男はどうにも素行がよくない…そんな男に苗字さんを取られてもいいのか?」
オレより完全に焦っているオサムが、まさかそんな事を思っていたとは知らなかったな。正直オサムはこーゆー色恋に疎いと思っていた。そしてそんな事を心配してくれていたとも。そういや誰かが言ってたか、名前が告白されてたって。
オサムと一緒のボーダー組織に入ったオレを快く歓迎してくれたのが同じ年の名前だった。好きになるのにそれ程時間はかからなかった。事情があって玉狛支部に住んでいる名前は、よく笑う可愛い奴で、オサムに気づかれるぐらい名前を好きだと態度に出していたつもりだったけど、どうやら本人にはあまり伝わっていなかったのかもしれない。
さて、どーするかな。
「おう、おかえり」
玉狛支部の名前の部屋に先回りして待っていたオレを見て、目を見開く名前。
「遊真!なにしてんの?」
部屋に入るなり制服の上着を脱いでハンガーにかけた名前はベッドの上で漫画を読んでいたオレにほんのり自嘲的な顔を覗かせた。
「うんまぁアレだ、顔を見にきた」
ジッと真っ直ぐ名前を見上げるオレに、名前は息を呑むように固まっている。ストンと太腿の横に垂れていた手をゆっくりと自分の頬に添えると、恥ずかしそうに照れた顔で「…えっ、顔?」可愛らしい声と共に名前の少し困ったような笑顔がオレに届く。
「おう。最近任務とランク戦ばっかで名前の顔をちゃんと見ていなかったからな。だから顔を見に来た」
「…そっか。えへへ、どう?可愛い?」
めちゃくちゃ照れながらも、指で頬っぺたを突き刺して首を傾げる名前にドキっとオレの心臓が高鳴る。ヤバいなその顔、わざとやってんのか?男心くすぐる…というかその顔、独り占めしたくなるじゃないか…
ひとり、悶々とする心を隠して名前の頭をフワリと撫でた。
「めちゃくちゃ可愛いぞ」
「…ありがと!久しぶりに聞いた、遊真の可愛いって言葉。何か照れるね」
ザ、日本人!というオサムとは違い、オレは思ったことはだいたい言葉にする性格で、好きだなって思ったら好きだって言うし、可愛いと思ったらその都度可愛いって言ってきた。だから名前にだって何度となく「可愛い」って言い続けてきたんだが、ここんとこ色々忙しくて名前の事を疎かにしていたと言われれば、ノーとは言えなかった。
照れる、と言って恥ずかしそうにオレの隣から立ち上がって「アイス食べる?」部屋を出て行こうとする名前を引き止めるように後ろから手首を掴んでそのままギュっと腕の中に抱きしめた――
「遊真?な、なに急に?」
震える声で聞かれるが、オレは無視して後ろから名前の柔らかい色素の薄い髪に顔を埋めた。強烈に鼻を掠める名前のキャンディの様な甘い香りにオレの全身の体温があがるようだった。
「告白されたんだろ?」
「え…知ってたの?」
「まあな。今日オサムに聞いた」
「そっか。…付き合って欲しいって…言われたよ」
小さくでも、しっかりとそう言う名前。悔しいのか悲しいのか、オレの心がかき乱される気分だ。それを紛らわすようにギュっと名前を抱く腕に力を込めて言葉を続けた。
「断ったのか?それとも、OKしたのか?」
万が一ここで名前に遊真には関係ない!と言われても今更オレは引き下がれない。でも名前はそんなことを言うつもりはなかったようで。
「付き合っていくうちに好きになってくれればいいって。前向きに考えてほしいって…言われたよ」
告白すらしていないオレは、自分を棚に上げて何だか腹ただしくなった。
付き合っていくうちに好きになってくれればいい!なんて言い訳だ。好きだから付き合うんじゃないのかよ。
「断れよ」
ボソっと一言呟くと名前が「え?」小さく聞き返した。
オレは腕の中に閉じ込めていた名前をその場で回転させて正面から向き合う。と同時、後ろにある壁に名前の背中がトンっとくっつく音がした。両手首を掴み直して名前の顔の横に手をついた。オレに手首を拘束されて身動きの取れない名前だけれど、そんなオレに対して真っ直ぐな視線を向けてくる。
「名前が好きな奴と付き合えよ…。そんな付き合ってくうちに好きになるだなんておかしい。好きでもない奴にキスもそれ以上もされたらどうするんだ?」
言ってるオレこそ、名前の唇に近い距離で話している。矛盾してるのに、止められない。
こんなになって初めて気づいたんだ――強烈に名前のことが好きだと。
「遊真のばか」
小さくそう言って名前はオレから目を逸らした。泣きそうな顔の名前は、それでもこの距離が恥ずかしいのか顔を赤らめていてそれがやっぱりどうにも可愛い。
チャンスはここだ!とオレは息を吐き出す。
「オレと付き合ってくれ。名前のことずっと見てきたオレと…」
「………」
逸らしていた視線をあげてオレを見つめる名前。その目は潤んでいてそれがまたオレの男心をくすぐる。
「名前のこと、めちゃくちゃ愛してる」
初めて伝えたオレの想い。オサムやチカ達と遠征に行く事を第一に考えているオレだけど、名前が他の奴にとられるなんて御免だ。この星にきてよかったと思えるのは、オサムやチカと出会って玉狛支部に入ったことだけじゃない。迅さんが言ってた、楽しい未来には、名前の存在が無くしてはならない。
「遊真ぁ」
「好きだよ名前。愛してる」
「遅いっ!ずっと待ってたんだから…。もう断ったよ。だってあたしが好きなのは遊真だけだもん。遊真のこと愛してるもん」
そんな可愛い告白と共に名前が自分からオレの腕の中に飛び込んできた。ふわりと柔らかい名前の身体がオレの胸に重なる。そのまま強く名前を抱きしめた。
嬉しそうに笑う名前の頬にチュっとキスをすると、目の前の名前の瞳が小さく揺れた。
それが次のキスの合図だとすぐに分かった。名前のピンク色した唇を指でなぞると真っ赤な顔で俺を見つめる。
「目閉じろ名前」
オレの言葉に視線を逸らした名前はコクリと頷いてそっと目を閉じる。それを確認してからゆっくりと名前に顔を寄せて、そのままそこに自分のを重ねたーー。
チュって小さなリップ音が鳴ってすぐに離れたオレ達。
「好きだよ」
もう一度名前を抱きしめながら唇を重ねた―――
「ンッ…遊真ッ…」
舌を絡め取るオレに名前の苦しそうな声がしたのは何度もキスをしていた最中。はぁって吐息交じりに唇を離すと、真っ赤な顔でオレを小さく睨んだ。
なんだ?と聞くと、目を逸らして小さく言うんだ。
「最初からディープキスされるなんて思わなかった…」
恥ずかしさを隠すようにオレの胸をポカポカと軽く叩く名前だけれど…。
「なんだ?ディープキスとは…」
「!!!知らなくて舌入れたの?」
「キスってそーゆーもんじゃないのか?初めてだからよく分からんが…」
「初めてって、ファーストキスってこと!?」
「そうなるな…」
「初めてなのに舌突っ込むとか…」
「なんだよ?仕方ないだろ、オレは名前が好きなんだから。愛情表現の一つだよな、キスは。それならオレは愛情込めたキスしかできないぞ。名前のこと愛してるからな。これが普通なんじゃないのか?」
「…もう。恥かしい!」
ぶんぶん顔をオレの肩に擦りつける名前にムラッとして、頬に手を添えると、借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「もっとキスしたい」
「…うん」
やっぱりめちゃくちゃ照れてる名前の腕を引いて、ベッドの上に二人で座ると、おもむろにキスを続けた―――
こんな幸せな気持ち、名前としか味わえないよな。