守ってあげる

「なんだ、大したことないじゃん、三輪の女」
 すれ違いざまにそう言われた。え?私のこと、だよね?振り返ってみると、あっちもこちらを振り返っていて、目が合った。あれサッカー部の先輩だよね、確か。やっぱり秀次に恨みでもあるのだろうか?

「元気ないな、どーした?」
 ポンッて背中を叩かれた。お昼休みパンを買いに行って秀次の教室に顔を出すと既にお弁当を食べ終えている。少し物足りなさげに見えるから、今程買ってきた焼きそばパンを彼に差し出すと嬉しそうに100円をくれた。今時彼氏とお昼を過ごすなんて笑われるかもしれないけど、一週間のうち水曜日の今日だけは一緒に食べるって決めて食べている私達。
「そんなことないよ」
「本当だな?嘘ついたらキスすんぞ?」
 たぶんだけど、ボーダーとかにいる人達にはあんまり見せることのない秀次のこーゆう素の顔、私の前ではわりとよく見せてくれる。だからそんな言葉も普通に言ってくる秀次は、ちょっと面白そうに机に肘をついて私を見てくる。言ってもいいのだろうか?秀次が嫌な気持ちになるだけだよね。黙りこくる私に秀次がそっと手を伸ばした。
「なんかあるなら言えって」
 前髪に触れた手が温かくてその瞳は優しい。いつだって私に優しい秀次につい甘えてしまう。だから、ふぅと一つ息を吐きだして私は前に座っている秀次を見つめ返した。
「大したことないじゃん、って」
 そう口にした瞬間、目の前の秀次の目つきが一瞬で鋭くなった。私達をまとう空気も荒々しく胸がドクンと音を立てる。半分以上残っている焼きそばパンを机に置くと秀次はジロリと私を捉える。
「なに?どーいう意味?」
 …やっぱり、怒るよね?完全に据わった目で私を射抜くように見つめてくる。困ったな、言うべきじゃなかった。でも今更後に引けなくて。苦笑いのまま私は致し方なく続けた。
「大したことないじゃん、三輪の女…とすれ違いざまに言われました」
「誰に?」
 ド低い声でそう聞かれて、思い浮かべるさっきの先輩。言ったらどうなる?チラリと秀次を見ると瞬きもしないで私を見ている。目力強すぎて倒れそう。言わなきゃ私がやられる?
「確か、サッカー部の先輩」
「あいつらか、クソ野郎。許さねぇ」
 すぐに誰の事か分かったのか、ポンッと私の頭に手を乗せると立ち上がって歩き出す。秀次はボーダーでもA級の隊長だし、正義感の強い所もあるせいか、不良と呼ばれる人種とも色々とぶつかる事があった。そしてサッカー部のあの先輩もどちらかといえば不良と呼ばれる人種に近かった。なにかと秀次に対して嫌味を飛ばすことも見受けられたけれど、彼女である私と一緒の時はあまり相手にしてないことが多かった。それは秀次の優しさだって思っている。ボーダーだと迅さんや他の人に対してもあれこれ言う秀次が逆に可愛いなんて不謹慎ながらも思ってしまうのは秘密だけれど。完全に戦闘態勢に入っている秀次を慌てて追いかけた。
「待ってどこ行くの?」
「人の女馬鹿にされて黙ってられるか」
「私はいいから!気にしてないから、やめよう?」
「無理だ。他人にとやかく言われたくねぇ。お前は胸張って俺の彼女だって言ってろ」
 …嬉しいけど、嬉しいけど、喧嘩はよくない。でも力じゃ到底適わなくて、こうなった秀次は止められない。3年の教室に乗り込んだ秀次は、先輩の苗字を大声で叫んでそのまま勢いよく一発殴りかかった、目にもとまらぬ速さで。けれど次の瞬間、秀次は思いっきり両足を広げたまま後ろにぶっ飛んだ。机にぶつかったというよりは、鼻を殴り返されたのか、鼻血が吹き出している。周りにいた生徒から悲鳴があがるけど、秀次はそんなのお構いなしに先輩を殴り続けた。
 
 ◇◇◇

「大丈夫?」
「痛くて死にそう」
 救急車で病院に運ばれた秀次は鼻の骨が折れていた。顔がちょっとだけ変形しちゃって、包帯でグルグル巻きにされてしまった。治療を終えて出てきた秀次を見て泣きそうな私の隣に座ってふわりと肩を抱く。トリオン体ならこんなの痛くも痒くもないのに生身の喧嘩は当然ながらキズモノだ。口の半分程まで巻かれたせいで言葉を発するのも辛そう。
「嘘、全然痛くねぇよこんなの。こんな包帯巻きやがって大袈裟なんだよ。だから泣くなよ。って、泣かせてんの俺か、悪かった心配かけて」
「ううー。無茶しすぎ…」
「はは、ごめんって。けどお前のことはこれからもずっと守ってやるから安心しろ」
 鼻を固定するため顎まで巻かれたグルグルの包帯の中、優しい言葉に悔しいけど好きだと思わずにいられない。こんな愛情深い人そういないよね。手を伸ばして秀次の頬に触れる。痛々しく巻かれた包帯の上からそっと頬をなぞれば秀次の視線が私を捉えた。
「つーかこれ巻いてるからキスできねぇじゃん、ちょっとこれ外して?」
 瞳は優しく笑っていて、私が怖くないようにって空気を和らげてくれているのが分かった。人には冷酷とか怖いとか影で言われる事もあるみたいだけれど、私の前ではこんなにも優しくて愛に溢れている。
「痛いよキスしたら。今日は我慢ね?」
「は、無理。外してよ」
「だーめ」
 目の前で分かりやすく肩を落としてしょんぼりする秀次の黒い髪をふわりと撫でて、包帯の上からそっとキスを落とした。
「ありがとう」
 触れるだけのキスの後、秀次の首に腕を回して抱きつく私を、やっぱり優しく抱きしめ返してくれた。あぁ私は幸せだ…なんて実感してしまうんだ。