「…士郎くんなんで?」
日直の仕事って面倒くさい。ここぞとばかりに先生にあれやこれやと押し付けられてやっと終わりを迎えた。ふと壁時計を見れば針はもう18時を回っていた。へとへとになりながらも下駄箱へ向かう私の目に飛び込んで来たのは一学年下の菊地原士郎だ。下駄箱に寄り掛かるようにしてそこにいる士郎くんは私の声にこちらに向き直した。その顔はなんてゆうか…
「遅い」
物凄く無愛想に発せられたその一言。当然ながらその表情も声同様に物凄く無愛想。元々表情があまり無い人だけれど。それでも待っていてくれた事が嬉しくて私は数歩の距離を駆け寄った。今日は日直だから遅くなる事は承知の上だったから士郎くんに待っててとは言ってないし、そもそもいつだって私のことなんて置いて帰っちゃう人なのに、こんな風に時々士郎くんは私を甘やかす。そしてたぶん、その理由は…
「どいつだよ」
「え、なにが?」
「君に告ってきたの」
ムスッとそう言われて思わず頬が緩んだ。彼の珍しい行動に緊張していた筋肉が緩んでいくのがわかる。先日私は同級生に告白された。人伝いに呼び出されて「付き合ってくれない?」と言った同級生の下駄箱をそっと指さした。次の瞬間、私の手首は士郎くんに握られていて、そのまま告白した同級生の下駄箱を背にトンってまさかの壁ドン。ドキドキしたのは当たり前で、告られた事が士郎くんにバレていたことが恥ずかしくも嬉しいなんて。だから心配してこうして待っててくれたの?もしかしてヤキモチ妬いてくれた?普段素っ気ない分、時々こうして気持ちを態度で示すように行動を起こす士郎くんがめちゃくちゃ可愛く思えた。
「士郎くん…」
「教えてやった?君の気持ち」
やんわりと私の髪を撫でる仕草が珍しくてドキドキする。その強い視線で見つめられるとこの世のもの全てがどうでもよくなる。肩まで伸びた私の髪の毛先をくるりと指でもて遊ぶ士郎くんにコクッと頷いた。
「うん。好きな人いるからごめんって…」
「へぇ、君、好きな奴いるんだ?」
怒ってるの?少しムスッと見える士郎くんに、目の前にいるよ!そう言えば許してくれるだろうか。というかむしろ士郎くんはそれを言わせようとしている?絶対の絶対に私の気持ちなんて分かりきっているくせに。毎日士郎くんに逢いに行っているのは私の方なのだから。
「ねぇ答えて。君の好きな奴って誰?僕の知ってる人?」
やっぱり士郎くんは私に言わせようとしているんだって。下駄箱に貼り付けるように握られていた手首。握っていた手を緩めた士郎くんは、私の指に絡めながらゆっくり下に下ろした。指にきゅっと力を込めると士郎くんが私の肩に顔を埋めた。柔らかな猫っ毛が私の頬を掠めた。
「士郎くんだよ。士郎くん以外の人は興味ない」
私の言葉に顔を上げた士郎くんは、まるでご名答!そう続きそうに口端を緩めた。でもふわりと笑うだけで私の指を絡めたまま一歩脚を踏み出して身体ごともう一度下駄箱に押し付けた。距離を詰めた次の瞬間、士郎くんの甘いキスが私を包み込む。勢いよく触れたわりに優しいキスに胸がきゅんと音を立てた。
「僕の彼女に告るなんていい度胸なのは認めてやるけど、気に入らないよね」
唇を離した後、やっぱりムスッとした顔でそう言った。もう私の視界には士郎くん以外入らなくて、ゆっくりと私から離れようとする士郎くんの繋がった指を引っ張ってぎゅっと抱きつく。
「ちょっと、手離してよ。…抱きしめてあげるから」
手を繋いだまま士郎くんに抱きついていた私の耳元にそんな言葉が届く。仕方なく手を離してすかさず士郎くんの腰に腕を回してぎゅっと抱きつく。
「はぁ…。人の気も知らないで」
面倒そうな声がしたけれど、約束通り士郎くんは私の背中に腕を回してその場で強く抱きしめてくれる。
「君、心臓の音さっきから煩いよ」
「だって、嬉しいんだもん。士郎くんにヤキモチ妬かれて」
「は?誰がいつヤキモチ妬いたって?」
「ふふふ。素直じゃない。士郎くん温かいね」
「カイロ代わりにしないでよ」
きっと今は何を言っても否定されるんだと思う。でも結局私に優しい、私に甘い士郎くん。ほんのり顔を上げれば目が合う。据わった目で私を見つめた後、無言でまた顔を寄せた。だから私も無言で目を閉じる。ちゅって唇が触れ合うと胸の奥がきゅんと掴まれる。
「もっとして」
「…馬鹿じゃないの、」
そう言いながらも真っ赤な顔で何度となく私の視界を埋める士郎くんが、やっぱり大好き。