トンって指を机についてジッと私を見つめるのは同じクラスの松野千冬くん。
高校入学と同時に他県から引っ越してきた私は、彼がここら界隈を取り仕切る不良グループ東京卍會の一員だったという過去を聞いたものの、千冬くんに対して怖いだとか思うことなく、単純に可愛らしい顔なのに意外と男らしい所だとか、可愛い笑顔なのにいざって時は助けてくれるだとか、とにかく可愛い顔したオトコって目線で千冬くんを意識するようになっていた。
寒さ絶頂の2月。苦手の数学で赤点を取った私は補習を受けることになって。今日は先生が体調不良の為、プリントを残すと直ぐに帰ってしまった。
たまたま忘れ物を取りに戻って来た千冬くんが先生と入れ代わる様に現れて、プリントを前に頭を抱える私を見兼ねてなのか、前の席の椅子をスッと引くと机に反対向きで座るなりプリントを眺めて大きな猫目で問題を覗き込んだんだ。
「この公式を当て嵌めるだけだぞそれ」
「え?どの公式?」
「これ。ここに書いてあんじゃん。途中まで解いてあるのに勿体ねぇ」
トンと指で私が解いてる問題をなぞる。公式があってるのか間違ってるのか途中で分からなくなっちゃって、いったん整理しようと筆を止めたけど、合ってたんだ。
「やってみる」
「おう」
なんだろうか、千冬くんの前で緊張しているというのに何故だかあんなにも意味不明だった問題が解けそうで。シャーペンをカタカタと鳴らし数字を公式に当て嵌めて計算をしていくと、「正解!やればできんじゃんお前」ニカッと千冬くんの笑顔が私に届く。思わずきゅんとしたくなるその笑顔に胸がぎゅっと鷲掴みにされたようにときめく。
「松野くんって、魔法使えるの?」
「は?なんだそれ」
突拍子のない言葉。でも本当、千冬くんがいる今はこのプリントがサクサク解けちゃいそう。
「だって松野くんが来たら解けた」
「ばーか。元々解けるんだよお前が。俺が魔法使いならもっとマシな魔法かけてるっつーの」
もごもごって後半の言葉はあまりよく聞き取れなかった。机の上で頬杖をつく千冬くんは、心なしか頬が赤くなっていて、そんな顔するんだ…ってわりと至近距離で千冬くんを見れて今更ながら私の心臓は激しく高鳴ってしまう。
そういえば今月はバレンタインがある。千冬くんはきっと沢山の女子から本命チョコを貰うんだろうと思う。私以外にも千冬くんのこと気になってる子はいるだろうし、いやそれ以前に千冬くんにはもう特定の彼女すらいるのかもしれない。そこまで仲良くないし、そんな話すらしたこともないからその辺のこと知りたいけど正直聞くのは怖い。でも言っちゃえば今って絶好のチャンスであって…
「あの松野くん…」
「んー?」
「変なこと聞いてもいいですか?」
ちらりと視線を渡せば、目を細めて笑う。ほんのり小首を傾げて「なんだよ?」って言ってくれる。私はドキドキする心音を落ち着かせようと胸に手を当てながらゆっくりと小さく息を吐き出した。
「あの、松野くんって………彼女いますか?」
「は?」
まさかの聞き返しに苦笑い。小っ恥ずかしくて2回も言えない。だって自分が真っ赤になっているのが分かる。身体中の血液が顔面に集結している感じがして最早涙目。
「え、彼女いるかって聞いた?」
なんなら目ん玉大きく見開いて頬杖をといた千冬くんは私の方にほんの少し身体を寄せてそう聞いた。だからこくりと頷くと、ポンと頭に手が乗っかる。え?顔を上げれば思いの外赤い顔の千冬くんが「いねぇよ」って答えたんだ。
そしてこう続いた――
「気になってる奴はいる。今目の前に…」
トクンと胸が大きく脈打った。
私も千冬くんも無言で、誰もいない放課後の教室は暖房もついていないから寒い。それなのに私の身体はぽかぽかと熱くて…
「わた、わた、わたし!?」
数秒してやっとそんなマヌケな声が出たなんて。
「苗字はいねぇの?彼氏とか気になってる奴とか…」
「いる!私も今目の前に、いる…」
どーしよう!勢いで告っちゃった。沈黙が気まずい。ゴクリとつばを飲み込みたくなるのを我慢している私に、千冬くんが「あのさ…」不意に机の上できゅっと手を握られてしまった。
「じゃあ俺ら付き合うって事でいい?」
思いがけない急展開に心音が爆発しそう。千冬くんの猫目が真っ直ぐ私を見つめていてほんのり瞬きを繰り返している。長い睫毛がそっと伏せられるだけでドキドキして、私はまたこくりと頷いた。その瞬間、目の前で千冬くんがぐだーって机に伏せった。金髪の分け目から見える後頭部にすらドキンとする。
「緊張した、マジで。つかよかったー。ほんとに俺でいいの?」
腕に頬を乗せて寝そべったまま視線をこちらに向ける千冬くんの耳は真っ赤で。私はそのピアスのついた耳にそっと手を伸ばす。ほんのり触れると千冬くんがバッと身体を起こした。
「苗字?」
「ずっと千冬くんのこと見てた。だから夢みたい…」
「夢じゃねぇよ。俺だって…名前のこと見てた」
机の上で握られる手は2月だというのに汗ばんでいる。千冬くんの言う緊張が私にも伝わってくる様に思えた。トクン、トクンと爆音を鳴らす心音がよりいっそう大きくなったのは、千冬くんの言葉があまりにもストレートだから…。
「あのさ、…ちゅーしてぇ」
「えと、はい…」
窓から射し込む夕陽が千冬くんの金髪を凄く綺麗に映し出していて、カタンって音と制服が擦れる音に私はたまらず目を閉じた。すごく千冬くんに見られている気がしてどーしようもなくドキドキする。眩しかった夕陽が千冬くんで隠れて暗くなったと同時、唇に触れた温もりに最高潮胸がときめいた。触れ合うだけで心臓がぎゅっと掴まれる。
「やべ、とまんねぇかも」
そんな言葉のあと、また千冬くんの唇が触れた。ハムって唇を甘く噛まれて脳まで痺れそう。何がなんだかわからないけれど、千冬くんの唇は想像以上に柔らかくて心地が良い。
「千冬く…」
「…好きだ」
甘く掠れた低い声が私の鼓膜に届いた。
今年のバレンタインはハッピーな予感しかない。