「早く早く」
「待ってよ、そんな急がないでも」
「だってあたし一秒でも多くリョータと同じ時間過ごしたいんだもん」
バタバタと走って居酒屋の階段を駆け上がる。
大学のある駅前にあるそこ、居酒屋チェーン店でバイトをしている同じ大学の同級生、宮城リョータの事が好きなあたしは、こうして大学が終わるとリョータのバイト先へほぼ毎日のように顔を出していた。
バスケットの奨学金で大学に通うリョータは、母子家のお母様の負担を軽くするべく、何個かバイトを掛け持ちしていた。沖縄で育ったリョータ。同じ様に沖縄で生まれ育ったあたしは、これから先もずっとリョータと一緒に居るんだと思って疑わなかった。けれどそんなあたしの願いは消え、気づけばリョータは沖縄の地から居なくなり、神奈川の湘北高校バスケ部のポイントガード宮城リョータとして、世にその名を広めた。
高卒と同時に半ばリョータを追いかけて神奈川に上京したあたしは、バスケをしつつバイト三昧なリョータと再会して今日に至る。初恋は実らないなんてよく言うけれど、そんな迷信あたしは信じない。
外見がチンピラちっくなリョータだけれど、知っているの。本当の本当は物凄く人一倍優しいって事。雨の降っていた幼き日、傘を指して子猫を抱いていたリョータを偶然見つけたあたしは、声をかける事すら忘れて見とれていたんだ。
その優しい笑顔に。
いつかその笑顔の先に自分がいたい――
そう思わずにはいられなかった。
自動ドアが開くとお店にチャイム音が響き渡る。新規のお客が入ってきたこの合図に店内に居る店員の視線が一気にこちらに飛んでくる。
「いらっしゃい、ってまたお前か」
季節は春から夏に変わりゆくこの時期、夜はまだ夜風が涼しくて心地が良いにも関わらずこの居酒屋の中はむおんと暑く、リョータは着ているTシャツを肩まで捲り上げていた。自慢の筋肉がガツンと見えてかっこよさ半端ない。そんな姿を見れるだけでもあたしの胸はトクンと音を立てる。
「今日も来ちゃった!リョータっ!!」
そんな雄感丸出しな腕に絡みつくあたしをさり気なく振り払って片眉下げる呆れ顔のリョータ。
「毎日毎日よく来るねお前」
「ひどーい。リョータに逢いに来たのに。終わるの何時?待ってていい?」
「だーめ。飯食ったらさっさと帰れって」
ちょっとぐらい冷たくされても気にしないもん。そもそもリョータをよく知らない大学内の人達は勝手に怖い人扱いして近寄らないけれど、ここは違う。ある意味戦場!!
「お兄さーん!これおかわりちょうだい」
「あ、はーい。今すぐ」
あたしから離れたリョータはカウンターに座って飲んでいるOL女二人組の所に行くとジョッキを受け取った。
「お兄さんこの前もいたよね?ねぇ、ここのお勧めってなあに?」
「俺最近入ったんスよ。ご贔屓にしてやってくださいね。お勧めはこちらです」
「じゃあそれちょうだい!」
「ありがとうございます」
…悔しい。
大学って枠から一歩出て社会人と混ざるとリョータは年上女からめちゃくちゃモテて、それでいて軽くあしらっている。すこぶる悔しい!!あんな色気あたしには欠片もないかもしれないけど、リョータを想う気持ちは絶対の絶対に負けないんだから。
「名前?目が死んでるけど大丈夫?」
遅れてやって来た友人ハルとその彼氏のヤスくんがいつものテーブル席に着くあたしを見て苦笑い。
「大人は大人に恋して欲しい!わざわざ年下のリョータに色目使わないで欲しい…」
視線の先ではリョータがOL女と話していて、それを遠目から見ているあたしの心はモヤつく。この戦場内だとどんどん脳内がどす黒くなっちゃう自分をどうにも止められずにいた。
「はは、名前ちゃんはリョータが大好きなんだね」
ヤスくんがハルと見つめ合ってニッコリ笑ったことなんて気づくはずもない。
飲み始めて早二時間…といってもあたし達はまだ未成年だからエンドレスで柚子ジンジャーを頼んでいるけれど。
「りょーた?どーいう字書くのぉ?」
嫌な猫なで声にあたしの視線はさっきからずっとあのカウンター席から話せない。手の平を出してリョータに指文字で名前を書かせようとしているOL女。やだな、やめてよ、リョータの手そんな気安く触んないでよ!リョータもそんな簡単に触らせないでよ。
そう言いたいのに言えなくて。所詮あたしはただの同級生。同じ大学ってだけでリョータの想い人でも彼女でもなんでもない。
「ヤスくん、リョータって年上女にモテてた?」
高校が同じだったっていう二人。目の前のこの人は過去のリョータを沢山知っているんだろう。それだけでもあたしからしたら羨ましいと思える。あたしは恋なんて知らないであろう幼い頃のリョータと、大学生になった今のリョータしか分からないから。
烏龍茶をグビっと飲んだヤスくんは視線を一度あたしから外すと、OL女と話しているリョータを見てから視線をあたしに戻した。
「どーなんだろね。まぁでもリョータはマネージャー一筋だったからな」
過去の女事情も知ってるんであろうヤスくんから聞き出した男バス時代のリョータの恋の相手はずっとマネージャーの子だったとか。自分で聞いたくせに分かりきった事実に虚しくなる。軽く落ち込むあたしに気付いたハルがヤスくんの頭をポカンと叩いた。
「お似合いだよ名前とリョータくん。自信もって!わたしが応援してる」
ニコって微笑んでハルはポテトをあたしの口に運んでくれた。それをパクリと食べて視線をリョータに移すとOL女とまだ話していて、やっぱり心が痛い。
「ありがとハル。あたしおトイレ行ってくる」
箸を置いて立ち上がりOL女のいるカウンター席の後ろを通ってもリョータがあたしに気づく事なんてない。
けれど。トイレから出ると壁に寄りかかったリョータがあたしを待っていたのかトイレ前にいて。出てきたあたしを見て小さく溜息をついた。
「ジュースで酔っ払ったの?」
「…別に」
なによ今更。さっきまでOL女と楽しくやってたくせに。急に心配そうな顔しちゃってさ。こんな時、素直になれたらって心底思うのに。感情を殺してあたしがブスッ面で言うもんだからリョータの顔からも表情が消える。
「あのさ。あんま言いたくないんだけど、もう帰れよ。んでもう二度と来んじゃねぇ。頼むからさ…――迷惑なんだよ」
吐き捨てるようにそう言われて思わず顔を上げる。見上げたリョータの瞳はほんのり揺れている。なんとなく悲しそうなリョータの表情に心がぐらつく。それでも下がった眉が動く事もなく、ただ静かにあたしの返事を待っている。心底悔しかった。リョータにそんな悲しそうな顔をさせる自分が。それでもあたしはリョータの傍に居たいと思うのはダメなんだろうか…。
「別にリョータに迷惑かけてない」
結局、素直になれないあたしはリョータの言葉を無視して通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。物凄い力で握られて「痛い」…「悪りぃ」すぐに離してくれたけど。
「頼むから帰ってよ」
そんなに迷惑?見上げた先のリョータの顔は複雑で。
「…あたしはただ、一分一秒でも長くリョータと同じ時間を過ごしたいだけなのに」
ヤバい泣きそう。潤んだ目をリョータに見られたくなくて、咄嗟に髪の毛で顔を隠した。
「名前…」
「迷惑かけてごめんなさい!!OL女みたいに色気なくてごめんなさい!!めちゃくちゃ好きでごめんなさいっ!!!」
もう焼けっクソ。泣くの我慢して声震えちゃって馬鹿みたい。大声で叫んだからみんなが注目してるのが分かる。全速力でその場から逃げるようにテーブルに戻ったあたしは、自分の鞄を取って「ハルごめん先に帰る」そう言うとお金も払わず居酒屋から出て行った。
マジですんごい迷惑じゃんあたし。今頃リョータがあたしの代わりにヘコヘコ謝ってるんだって思うとやり切れなくて涙が溢れた。今まで一度だってあんな風に完全に拒絶された事はなかったのに。いくら「帰れ」って突き放されてもリョータは優しいって心のどこかで思っていたから安心していたのに違った。あんなに困った顔されるなら来なきゃよかったよ、こんなとこ。
バタバタと居酒屋の出口を出て外階段を降りると堪えていた涙が一気に溢れる。駅に行かなきゃなのに足が動かなくて壁に手を着く。
「名前っ!!」
動けないあたしの後ろから聞こえたハルの声に安心してまたぶわって涙が溢れてくる。ボロボロ馬鹿みたいな泣き顔で振り返った先、ハルの後ろに見えたんだ。
―――リョータではなく、OL女が。
「あ、あれじゃない?あの子。ほらやっぱ泣いてる!ふは、だせぇ。あんなんじゃ釣り合わないよねぇ、リョータくんには」
ふざけんな!!!昨日、今日、出会った女にそんな事言われたくない、
「はぁ?ふざけんなよ、名前とリョータくんはねっ、あんたらが入る隙なんて一ミリもねぇんだよっ!!!邪魔すんじゃねぇ、クソババア!!!」
え、あの。どうしたハル…。
てゆうか、こんな口の悪いハルも、喧嘩売ってるハルも初めて。あたしを後ろに隠すように前に立ちはだかってOL女相手に向かっていくハル。ちょっと孤独みたいに思った自分が情けない。あたしの気持ちなんて誰にも理解されないなんて思いかけていた自分が情けない。
「ハル…」
「馬鹿にすんなっ!!名前のこと、馬鹿にすんなっ!!!」
「ハル、もうよせ!なんでハルまで泣いてんの?」
ヤスくんがあたしの代わりに罵声を浴びせるが如くOL女達に怒鳴りつけてくれたハルを宥めていて、その後ろ、今度こそ見えたリョータの姿に溢れていた涙が逆に止まりそうになる。
「お姉さんごめんね、これ割引券。またきてよ!ね?」
「えー仕方ないなぁ。ちゃんと女選んだ方がいいよーリョータくぅん」
「はは、忠告どうも」
あんな風に女を軽くあしらうリョータはあたしとは別世界の人間みたいで、それはそれでなんだか悲しい。あたしの横を通り過ぎるOL女は舌打ちをお見舞いしていったけれど、それに対してハルが「ぶん殴るぞブスが!」なんてボヤいたから怒りが半減した。
自分のために誰かが代わりに怒ってくれると、自分の怒りはわりと減るんだって分かった。あたしって人間をハル程理解してくれる友達はいないのかもしれない。
「たく、ばーか。お前言うだけ言って逃げてんじゃねーよ」
ガシッてリョータの大きな手があたしの頭をクシャクシャと撫でる。その手をぎゅうっと握るとふわりと優しく微笑んだリョータと目が合った。
「悪かったよ、さっきは」
「リョータは、あーいう女が好きなの?」
「は?そんなわけないわ。勝手に勘違いすんな、ばーか。あんなの客の一人で、それ以上でも以下でもないから」
「じゃああたしは?」
何度だって言う、リョータに届くのなら。何度だって伝える、リョータが振り向いてくれるのなら。
「名前は名前でしょ」
…はぐらかされた。
でもよく見ればその頬は紅く染まっているのが分かる。今まで見たことのないリョータの反応に胸が熱くなる。今の今まで苦しかったというのに。
「リョータが好き。リョータに俺の女って言われるように頑張るから」
ぎゅうっとリョータの投げ出された腕に体ごと巻きついてそう言うと、リョータが顔を逸らして反対側の空いた手で自分の頭を掻き乱す。
「勝手にしろ、ばーか」
なんだかんだでこうして追いかけて来てくれたリョータ。やっぱり優しいって、やっぱり大好きって、再確認した夜だった。
けれど、その距離がそう簡単に縮まる事もない――
◇◇◇
大学の講義。
一番後ろの席で爆睡しているリョータのくるくるヘアーに触れると思いの外柔らかかった。だけど数秒後、リョータのデニムの尻ポケットにあったスマホが着信の振動を鳴らしていて。眠い目を擦ってそれを手にしたリョータはほんのり目を開いてすぐにメッセージを飛ばした。それから隣に座っているあたしを見て小さく言った。
「終わったら起こして」
「…うん。今日もバイト?」
「んー急遽な。出れるシフトは全部出てぇから」
…昨日もスタンドのバイト夜遅くまでやってたからこんなに眠いんだよね?大学の講義なんてあたしだって聞いてない時も多いけれど、こんな風に寝ずにいられない事はなかった。完全に寝る体勢に入ったリョータの腕をちょこっと摘むと「なに?」ちゃんと視線が飛んでくる。
「今日はコンビニ?」
「そう」
「…あたし代わろうか?」
「…は?へーきだよ」
片眉下げて机についた肘から伸びた手の平に頬を乗せてこちらを見るリョータ。
だってその顔色。今日逢った瞬間に気づいた、体調よくないって。隠してるつもりだろうけど分かる。
「あたし代わるからリョータは睡眠とってよ、ね?」
ぐーを作った手を上下にぶんぶん振るとリョータが小さく息を吐き出す。
「別にへーきだよ。そんな心配すんなって」
「平気じゃないから言ってるの。顔色悪いから心配してるの」
「いらねぇよそんな心配。あ、言っとくけど余計なことしないでよ」
面倒そうな顔であたしの頭をポカッと軽く叩くとそのまま机に伏せってしまう。あくまで平気だってそう言うリョータがただ心配なだけなのに、何にも伝わらなくてもどかしい。きっとあたしが本物の彼女じゃないからだって。ハルとヤスくんみたいに本物の恋人だったのならリョータはあたしの言う事をもうちょっと聞き入れていてくれるのだろうか。またあのモヤモヤした感情が心に湧き起きる。
「リョータが倒れたらもともこうもないのに、わからず屋の石頭」
エアーパンチをお見舞してやろうとグーの手をリョータの頭上に持っていくとほんのり起き上がった顔が思いっきりあたしを睨みつけた。
◇◇◇
リョータがバイトに言った後、別の講義で会ったハルとヤスくんとカフェでパンケーキなんて食べに行っちゃって、本物カップルを前に羨ましいって思いつつそれでもモヤモヤを隠して家に帰ってお風呂に入った。心の中にあるドス黒い感情を綺麗に落とさなきゃって念入りに洗った。髪をタオルドライしながら部屋に戻ってスマホを手にする。パスワードを入力すると鮮やかな画面に視線を落とす。
「えっ!!!」
ハルからのメッセージと着信。その文字を目にしたあたしは頭から冷水をかけられたように真っ白で。慌ててハルに電話をかける。
【名前!よかった連絡ついて】
「ハル、リョータは?ラインにリョータが倒れたって、」
【うん。コンビニバイトの途中でね。ちょうどあがりの人がいたから送って貰ってアパート戻ったみたいだけど。それでヤスくんに代わりに入れないか?って連絡がきて、リョータくんの代わりにバイト行ったの】
「あ、あたし、リョータんとこ行ってくる!ハル連絡ありがと」
言うだけ言ってハルの返事も聞かぬままクローゼットの一番手前にあった服に着替えて、髪も乾かさず化粧もせずリョータの住むアパートまで急いだ。ちょうどバイトの先輩だろうか、大柄な男の人がリョータの部屋から出てきて慌ててあたしは外階段を駆け上がった。
「あのっリョータはっ?リョータは大丈夫なんですかっ?」
縋る思いでその人の腕に捕まるとキョトンとあたしを見下ろして「もしかして名前ちゃん?」名前を呼ばれた。肩で大きく呼吸をしながらも「はい」そう答えるとニッコリ微笑まれた。
「なるほどなぁ。宮城の奴、後でからかってやろ。まあー大丈夫だ、ただの過労だ。んなヤワじゃねぇだろコイツ。ただ寝不足気味だからしばらく寝かしてやりゃあ目も覚めると思うぜ」
ポンポンって肩を叩かれる。
「起きた時に栄養のいいもんでも食わせてやりゃすぐにでも回復するよ、あれは。んな泣きそうな顔すんな」
まるであたしの心の中を読み取られたようだった。きっと伝わってる、あたしのリョータへの気持ちは。
「あの、ありがとうございます」
頭を下げるとリョータの部屋の鍵を手渡された。迷うことなく受け取るとあたしは一人、リョータのいる部屋へと入って行ったんだ。
◇◇◇
薄暗い部屋。
目を開けると見覚えのある天井だった。あれ?俺バイト中だったよな、確か…。記憶を辿っていくと思い出したんだ、コンビニの品出し中にぶっ倒れたのを。大学の講義で心配そうにしていた名前。これ知ったら泣きそうだなぁ…なんて思う。突き放そうとすればする程、心の中は我儘に名前を想ってしまう。
大学で再会した幼馴染の名前は呆れるくらい真っ直ぐに俺に気持ちを伝えてきてくれて。いつしかそれを聞くのが楽しみになっていた。けど、素直に受け止めらんねぇのは、俺がこんな奴だからで。
もしも名前と付き合ったとしても、バスケとバイト三昧でろくにデートもしてやれねぇ。自分の学費を稼ぐのと、少しでも家庭の助けになればとバスケの合間に働くことを優先させちまう。恋愛なんて二の次で、今の俺にはそんな余裕なんてない。のに…――
名前の気持ちに答えたくて仕方がねぇ。馬鹿みたいにリョータ、リョータって寄ってくる名前をこの手で抱きしめたくて仕方がねぇんだ。矛盾している気持ちに自分が一番分かっているのに、俺はアイツに触れたいと思いながらも冷たく突き放す事しかできずにいる。
「せわしねぇなァ…」
ムクリとベッドから起き上がった瞬間、強烈な違和感を覚えた。足元に軽く触れているそれは名前の手で。
「おまっ、何やってんの!!!」
投げ出された細い足と少し開いてる胸元。目のやり場がねぇ!!!眠っていたのか、起き上がってる俺を見て瞬きを繰り返すと、ふわりと名前の温もりに包まれた。
「馬鹿だよリョータ。あたしよりずっと馬鹿っ」
俺の首に巻きついてる名前の身体は震えていて。あーやっぱり泣かせちまった…なんて分かりきった事を思う。
「だな、馬鹿は俺だわ」
震える名前の背中に腕を回してギュッと抱きしめる。女を抱きしめるのは別に初めてでもなんでもねぇのに、どうしてか胸が鷲掴みにされたみたいで、泣きそうになったんだ。まるで名前の悲しみが俺に連動しているかのように。
「心配したんだからっ」
「だな」
「倒れたってハルに聞いて、心配で心配で頭がおかしくなりそうだったよぉっ」
「悪かったよ」
「全然平気じゃないじゃん」
「だな」
「このまま逢えなくなったらどうしようって思ったんだよぅ」
「それは大袈裟でしょ」
「大袈裟なんかじゃないよ、この世に絶対なんてきっとない!!」
名前の言う通りだなって。なにかにつけて絶対ねぇ!なんて人間は軽々しく口にするけど、それは間違いだと思えた。大人になればなる程、それを身をもって実感する。学生の頃みたいに怖いもん知らずな俺はどこにいっちまったんだろーか。そっと名前の背に回した手の力を緩める。離れたくねぇって名前の想いが目一杯俺に流れてくんのが分かった。
「ずっと嘘ついてきた自分の気持ちに。なぁ名前…俺はやっぱりバスケが一番だ。けどここでバスケ続ける為にもせめて自分の学費は自分で稼ぎたいと思ってる。ソーちゃんがいない分俺がアンナや母ちゃんを支えたいとも思ってる。優先順位なんてつけるもんじゃないけど、やっぱり俺はバスケも家族もすげー大事なの。だからこんな俺と一緒に居ても名前を傷つけるだけだって思ってたんだ。…けどさ、けど、どう離そうっても離れてくれねぇんだ、名前への気持ちだけは。…この世に絶対はねぇと思う。けど今の時点で俺は名前が好きだ。…恋人らしい事を望まれてもあんまり叶えてやれないかもしれない、それでも」
「いいっ!!リョータがあたしのこと好きでいてくれるなら他に何もいらないっ、他に欲しいものなんて何もないっ!!」
食い気味で名前がまた強く俺に抱きつく。ぎゅうって離れないように俺に精一杯しがみついてるこいつが愛おしくて堪んねぇや。
「めちゃくちゃかっこ悪りィ俺を好きだなんて物好きは名前ぐらいだわ」
「かっこいいもん、リョータが世界で一番かっこいいっ!」
ほんと嬉しいこと言ってくれるぜ。ふわりと腰に回した腕を回転させるように、名前をベッドに組み敷いた。パサッと名前の柔らかな髪が揺れて枕の上に乱雑に置かれた。それを指で救って口付けると名前が愛おしそうに目を細めた。
「好きだよ」
「あたしも好き」
照れくさそうに小さく呟いた名前の唇に俺は自分のをそっと触れさせた――。やっと触れられたその温もり。
「風呂上がり?」
スンと名前の全身から香るボディーソープの香りが疲れた俺の身体を癒やしてくれる。キメ細かでスベスベな肌を掌で包むように触れれば名前は心地良さげに目を細める。それが堪んなくてごくりと生唾を呑み込む。
「あ、そのまま来ちゃった。やだスッピン。見ちゃだめ」
「無理。可愛いよスッピンの名前も」
「ねぇ急に甘くなるのズルい」
「まぁストッパー外したから。ね、こっち向いて。俺の事だけ見て」
ん…とそれでも恥ずかしげに俺に抱きつく名前の顔を下から覗き込む様にまたその甘い唇に触れた。想像以上に柔らかくて何だか甘い味のする名前の唇…やべぇな癖になる。ほんのり空いた唇の隙間から舌をちゅるりと入れ込めばぎゅっと抱きつく指に力が込められて、俺の鼓膜に届いた名前の吐息に、覚醒するのに時間なんてかからないだろうと、目眩がしたなんて…。