モテル彼氏

「隠岐〜呼ばれてる」
 不意に聞こえたクラスメイトの声にドキリと胸の音が鳴る。内緒にしているわけではないものの、ボーダー内でもほんのわずかしか伝えていない私達の関係。なんでもオープンな雪乃は「雪乃なら自慢するけど、オッキーが彼氏だったら」なんて言うけど、実際雪乃の心の中には風間隊長しかいない。そもそも変に詮索されるのが嫌っていうのもある。
 でも、これだけ頻繁に呼び出される彼氏ってどうなの?
 頬杖をついた手に力が入ったものの、身体は鉛のように重くて動けない。頭の中ではすんごい気にしているというのに、気づけばポーカーフェイスが得意になってしまった私は、瞬き一つせずに告白されに行く彼氏の後ろ姿を見送るのである。
「え、いいの?」
 気を使ってハルがそんな言葉をかけてくれるけれど、基本素直じゃない私は「え、なんのこと?」とぼけてみせる。
 動揺する自分とか絶対見られたくないなんて強がり。雪乃やハルみたいに素直になれればいいのにね。ほんと可愛いくないよ私。
「なんで彼女いるのに告白すんだろね。遠回しにお前は認めてない!って言われてるみたいで凄く嫌…」
 超絶ムスッとした顔で私と同じ様に机に頬杖ついてそう雪乃が言った。ん?いつもの雪乃と反応が違う?それはハルも同じに思った様で、二人できょとんと雪乃を見返す。
 一つ大きく溜息をつくと雪乃は重い口をゆっくりと開いた。
「昨日から蒼也と連絡取ってない。…大学に遊びに行ったら、女と仲良く喋ってて、なんならちょっと蒼也の事触ってて…。無言で帰って本部行ったら、今度はC級の女に話しかけられてて、…悔しい」
 自分の気持ちを言葉にするのがうまい雪乃が泣きそうな声で小さく言うから胸がギュッと痛い。風間隊長の事は、信じてるし一部では有名な人だからそーゆーの今までもあったのかもしれない。やりきれないって感じの雪乃の溜息の向こう側、雪乃の幼馴染でもある三輪秀次くんがチッと舌打ちをしたのに気づいたのは私だけかもしれない。
 確かに雪乃の言う通り悔しい、彼女として。気にしなければイイ話だって分かるけど、気にならないなんて言ったら嘘になる。素直になれない強がりガールであっても、心の奥底のもやもやはそう簡単には取れない。
「自分以外も本気で憧れちゃうぐらい素敵な人なんだよ、風間隊長も、…――孝二くんも。そんな人に選ばれてる雪乃は、誰がなんと言おうと、風間隊長の彼女だよ」
 私だって孝二くんを誰にも渡すつもりはサラサラない。クール気取っていても、孝二くんへの愛は絶対に誰にも負けない。
「ん、ありがと、美月。あ、戻ってきたよオッキー」
 ガラリと教室のドアが開いた先、孝二くんと目が合った。苦笑いを零した後、クイクイと手首を曲げて私を呼びつける。
「ちょっと行ってくる」
 椅子を押して立ち上がると、雪乃とハルの反応を見るより前に脚が孝二くんの方へと歩き出していた。
「な、に?」
「ん〜、ちょお二人きりで話したい」
 そう言うなり孝二くんは人気のない所でトリオン体になると、私を抱き上げるなりグラスホッパーを使って屋上までひとっ飛び。
 トスっと降ろされた後、換装体を解いた。
「わざわざ屋上?」
「いやまぁ、誰にも聞かれたないと思てな」
 ポスって孝二くんの手が私の頭に乗っかってふわりと撫でた。
「告白、どーだった?」
「いやそれ聞く?分かるやろ美月ちゃん。俺がOKするわけないやろ?」
「うん、分かってるけど、孝二くんの口から聞きたい」
 雪乃を見習って二人きりの時は前より素直に想いを言葉にする事が出来ていると思う。まだまだだけど。
「なんやそれ、むっちゃ可愛ええやん。当たり前に断ったわ。好きな子おるからごめんって。まぁそんで相談なんやけど、そろそろ俺等の関係オープンにしてもええんちゃう?って。告白断るのは構わへんけど、告白される回数も減るやろし…――嘘、たてまえやこれ。ほんまは俺がもうええ加減、美月ちゃんに触りたい、普通に」
 トクン、トクン、と心音が脈打つ。急に色々喋ったと思ったら最後の最後で爆弾落とされた。やばい、顔が赤くなっていくのが分かる。
 孝二くんの手が伸びてきて前髪に触れた。ドキッとして触れられたオデコが熱く熱を帯びている。
 つまり、えっと、孝二くんは私に触りたいと?
「触るというのは、どーいう…」
「あは、食い下がるやん。まぁこーゆーこと」
 ふわりと肩に手をかけられて急に孝二くんの香りが鼻を突く。
「こっち向いて美月」
 ズルい、呼び捨て。いつもは美月ちゃんって呼ぶくせに、決める所はちゃんと決めてくるんだもん、孝二くん。結局いつだって私はそんな孝二くんにやられっぱなしで勝てない。ちょろいって思われても、孝二くんには勝てない。
「いや目ぇ閉じてくれんの、さすがに照れるわ」
 触れるだけのキスの後、そんな言葉を言いながらもまた重なる唇。今度はもう少し長く。そのすぐ後にハムキスをされて、ムウっとする私の頬に手が添えられるといよいよ唇を割って舌が入ってきた。ここんとこお互いにランク戦と防衛任務続きでなかなかこんな時間が取れなかった。孝二くんロスだったのは確かで、「これ好きやんな」両耳を手で塞がれて外の音をシャットアウト。聞こえるのは孝二くんとの舌が絡み合う音と、甘くて優しい孝二くんの吐息。いつもいつも腰が抜けちゃうこのキスに、私ががくがくし始めたら孝二くんの手が解けて腰に回された。
「ほんまに可愛いね美月ちゃん」
 してやったりって顔をされて、いろんな意味で悔しいけど、私がこの人に心底心を奪われているのだからどーする事もできない。
「…いいよ、オープンにして」
「え、ほんまに?ええの?」
 こくりと頷くと私は孝二くんにぎゅっと抱きつく。当たり前に抱きしめ返してくれる優しさが好き。
「ほな教室でもチューしてもええ?」
「いや無理。それは無理」
「せやんな。さすがにそれは俺も無理。ある意味雪乃ちゃん凄いわぁ、ボーダー内で風間さんとベタベタやし。程々に見習わなあかんけど」
 孝二くんが雪乃と風間隊長みたいにベタベタするのは想像ができないけど、二人で手を繋いで教室に戻ると、三輪秀次くんに今度こそみんなに聞こえるぐらい大きな舌打ちをされたんだ。
 そしてその日の学校が終わると、校門前に風間隊長が迎えに来ていて、走って行く雪乃の後ろ姿に、また三輪秀次くんが小さく舌打ちをしたのに気づいたのはやっぱり私だけだと思う。