執筆中

「雪乃さんの泣くとこ、初めて見た」
 直人さんと何かあったって事だけは分かるけど、人に言いたくない事の一つや二つ誰しも持っている。私だって言えない事は少なからずある。八木くんの腕の中で泣きつかれて眠っている雪乃さんの腫れた瞼をビニールに入れた氷水で冷やしていた。
「男関係かな…」
「さぁ…。今日は一人で帰すわけにいかないから家に連れていきたいけど」
 思い浮かべたのは家にいる半同居人。明日会う予定だからきっと前乗りしている。言葉を止めた私を見て八木くんが「家に連れていっちゃだめですか?」新入社員ナンバー1の圧倒的ビジュアルの良い八木くんが子犬のような顔で雪乃さんを抱きしめている。雪乃さんにはお世話になっているけれど、突っ込んだ話は今までした事がなかった。
「うんだめ。やっぱりうちに連れて行く。八木くんのことそこまで信用してない、ごめんね」
 そんな言い方しなくてもよかったんだと思うけど、雪乃さんがこれ以上傷つく事になるとしたらそれは絶対に嫌だ。回避できる未来があるのなら、迷わず私はその道を選ぶ。
 雪乃さんと、腹割って話せたらいいって思う、今は。
「なら家まで送ります。それならいいでしょ?」
 その気持ちが本物でも、偽物でも、まずは雪乃さんの気持ちが大事。それまでは誰の気持ちも雪乃さんに入れない。それが私の役目だ。

 ◇◇◇

 家につくと、運良く半同居人はいなかった。ラッキーだと思い、八木くんに雪乃さんをベッドまで運んでもらう。
「俺もここにいちゃだめですか?」
 ちょっとしつこいなぁ…と思ってしまう私は冷たいのだろうか?雪乃さんを独り占めしたい訳じゃない。でも目が覚めたときに八木くんもいたら少し混乱しそうだし、何より私が二人きりで話したい。
「雪乃さんのこと、本気で好きなの?」
 大事なことを直球で聞いてみた。大人になると濁したりするけど、人の為だったら聞ける自分を少し誇りに思えた。
 あぐらをかいて座った八木くんは美顔を少し曇らせる。
「好きですよ本気で。いつも泣きそうな顔して直人さんの事見てる雪乃さんを、俺の愛で幸せにしてあげたい」
「気付いてたんだ、雪乃さんと直人さんのこと…」
「まぁ見てるから」
 口に出して聞いたことは一度もないけれど、八木くんの言う通り、直人さんを見つめる雪乃さんの顔は切ない。どうか気付いて欲しい…この気持ちに…って感情がモロに顔に出ていて、きっと直人さんもそれに気づいている。
 気づいていながら進展がないのは…そういうことなんだと。それがきっと雪乃さんの受け止めがたい現実なんだと。
「すごいね二人とも…どうして顔に出ちゃうんだろ私…隠してきたつもりなのに」
「「雪乃さん!!」」
 顔の上で手を交差して泣いている雪乃さんが震える声でそう言った。
「雪乃さん言いたくないなら何も聞きません。でも言って楽になるなら私今でも今日でも明日でも明後日でも一カ月後でも一年後でもいつでもいくらでも聞きます」
 

top  buck