@ 始まり
女に困ったことは一度もなかった。だいたいの女は俺がにっこり笑えばみんな「八木くん八木くん」と寄ってくる。自分が人よりモテているのは分かっていて、落とせない女なんてきっといないんだろうって思っていんだ。「勇征!外回り行くぞ!」
朝からテンション高い同部署の片岡さん。まだ33歳で部長という役回りの片岡さんは小柄な体形なのに何でかでかく見える。その生きざまは俺には眩しすぎる程で、とてもじゃないけど真似できそうもない。ストイック中のストイックな体育会系の片岡さんはいつもみんなに囲まれていた。
片岡さんの部下に、いや営業一課に配属されて一ヶ月もたたないというのに残業が増え、飲み会が増え、わりと身体は疲弊していた。明日休みだけど、「勇征!聞いてんのか!?」ポカっと腕を殴られて片岡さんを見ると不満気な顔で。
「あぁはい、えーっと、すいませんなんでしたっけ?」
俺の言葉に「こら」って笑う。この人が怒る所を俺はまだ見たことがない。前部署の山下さんによると、めちゃくちゃ怖いって言っていたけど。
「明日、開けとけよ!花見だからな」
「え、明日?ですか?」
「そーだよ。先週言ったろ、受付の女の子と、営業ニ課と合同の花見だって。お前忘れてたの?」
八重歯を見せて苦笑いを零す片岡さん。まぁ忘れてたんだけど。特に予定もないしいいけど。
「それって休日出勤扱いになります?」
「なるわけねぇだろ。けど参加しとけ、受付嬢も楽しみにしてんぞ、勇征と話すの」
パチンと指を鳴らして笑う片岡さんはそういや恋人いんのかな。
「片岡さんは、彼女いるんすか?」
「俺?いねぇよ。誰かいい子いないかなぁ〜とは思ってるけど」
モテそうなのに。普段はおちゃらけてて喋りやすいし、でも根は真面目そうだから仕事もきっちりやるし。
「気になる人ぐらいいないんですか?」
「突っ込むね、勇征」
フッと眉毛を下げて微笑んだ片岡さんは、「何の話〜?」突然横から腕を組まれて現れた部長補佐の苗字さんを見てコントか?ってくらい飛び上がって後ろに下がった。
「名前おまっ、いつからそこにいた?」
「今だよ。なんか楽しそうに話してるから何の話かな〜?って。ね、八木くん」
ふわりと苗字さんが笑ったらセミロングの髪が揺れて金木犀みたいな香りがした。片岡さんは目を泳がせていて、いつもの余裕が隠れている様に見える。
「明日の花見の話です。受付嬢と仲良くしろ、的な事を」
「勇征、勇征、」
苗字さんを後ろに隠して俺に目配せをするけど、何のことやらさっぱり分かんない。
「ふ〜ん、受付嬢ねぇ。なに?狙ってる子でもいんの?まさか、ネコ?」
「違げぇわ。あんなアバズレ誰が狙うか!」
「へぇ〜今日ネコとご飯行くから伝えとくわ。飲み過ぎないようにだよ、ナオ。じゃあ行くね、八木くんまたね〜」
ひらひらと手を振って甘い香りを残して小さくなる苗字さんの後ろ姿に、大きく溜息をつく片岡さん。
いやさすがに分かりやす過ぎだろ…。
「頼むから誰にも言ってくれるな、勇征」
その言葉に、やっぱりそうなんだと確信した。あの片岡さんが片思いしている苗字さんは、いったいどんな人なんだろう?
――始まりはただの興味だった。
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